第33話 責任

 

 町の近くまで行くと、俺の姿を確認したらしく大きな歓声が上がった。

 みんな俺達に向けて手を振っている。

 町の危機だったからだろう、その分反動が大きいようだ。


「みんな不安だったみたいだな。良かった」


「あっはっはっはっ! 勇者の凱旋だな」


「今はただの冒険者さ。でも……いつか」


 そう呼ばれなければならない。

 それが世界を変える一手になる筈だから。


「ロード様ならなれます。私も……あなた様のお力になってみせますから」


「ああ、ありがとう……レヴィ」


「熱いのぅ……」


 ヘラクレスにニヤニヤと茶化される。

 なんだかみんなに言われてるな……まぁいいけど。


 町の入り口には既に人だかりが出来ており、俺達を出迎えてくれていた。

 ヘラクレスが元"巨人"を入り口近くに放り投げると、町の人達から「おお……」と感嘆の声が漏れる。


「さて、戻るとするか。もう十分だろう?」


「ああ、ありがとうヘラクレス。また頼りにさせてもらうよ」


「うむ。次はもう少し歯応えがある奴にしてくれ。ではな所持者よ。また会おう! あっはっはっはっ!」


 豪快に笑うヘラクレスを手帳に戻し、町の人達の歓声を浴びながら町へと入る。

 多くの人に声を掛けられたり、拍手されたり、中には俺に握手を求める人すらいて、なんだか不思議な気分だ。

 ひどく照れ臭いが、ありがたく応じさせてもらった。

 その様子を見ているレヴィがニコニコと嬉しそうだったので、俺はそれだけでも満足だったのだが。


 町の人達と色々話していると、冒険者を引き連れたテネアさんが歩いて来た。

 冒険者のみんなが笑顔で俺を労ってくれて、またそれで嬉しくなってしまう。


「おかえりロードくん。そして、町を守ってくれてありがとう。今この町の平和があるのは君のおかげだ」


 俺というより全部ヘラクレスがやったんだけど……まぁ、結果的に町に被害が出なくて良かった。


「俺は頼りになる仲間を呼んだだけですけどね。でも、町が無事で良かったです」


「なんにせよ君の力さ。この右腕もね」


 そう言ってテネアさんはまた右腕を差し出す。

 固い握手を交すと、テネアさんはニコッと笑った。



 ―――――――――――――――――――



 冒険者ギルドに入り最上階にあるテネアさんの部屋へと案内されると、そこにはランナさんと初老の男性がいた。

 俺の姿を確認すると、ソファーから立ち上がり深々とお辞儀をする。


「おかえりなさいロードくん。こちらはヒストリア町長のダグレイドさんよ」


 町長さんがわざわざ?

 なんか申し訳ないな……。


「町長のダグレイドです。この度は、町を救ってくれてありがとうございます。おかげで助かりました」


 白髪の非常にダンディな人で、かなりガタイがいい。

 元冒険者なのかもしれないな。

 力や人気があった冒険者が、町長になることは珍しくない。


「いえ、お力になれて良かったです」


「ダグレイドさんもロードくん達もとりあえず掛けて下さい。ランナ、何か飲み物を頼むよ」


「かしこまりましたー」


 ランナさんが部屋を出て行った後、俺達は2人掛けのソファーにそれぞれ座り、低い机を挟んだ正面にダグレイドさんとテネアさんが座った。


「さて、ロードさん。実は私が来たのは、お礼を言うことももちろんなのですが、あなたに色々とお話を聞かせて頂きたいと思ったからなんです。もちろんテネアにもね。今回の件、あなたはどう思われますか?」


 今回の件、つまり"巨人"がヒストリアを狙っているかのような行動についてだろう。


「そうですね……色々おかしいとは感じています。"巨人"が現れた時、近くには村がありました。それを襲わずに、真っ直ぐヒストリアに向かうのは通常あり得ない。それ以前に、二つ名持ちがなんの警戒もなく現れたこと自体疑問ですね」


「やはりそうですか……テネアも同じだろう?」


「ええ。奴らは……モンスター達は馬鹿じゃない。この町にはたまたま他のAランク冒険者が出払っていましたし、衛兵も例の行事で居ませんでしたが、奴がそれを知り得ることは出来ない筈です。本来ならば、仮にロードくんが居なくても討伐は出来ていました」


「そうなるとフレイムワイバーンもおかしいですよね。町の近くに現れたら、討伐隊が来ることくらい分かっているのに」


「うむ……やはりロードさんもそうお考えでしたか。インフェルノワイバーンに関してはたまたまかもしれませんが、フレイムワイバーンとサイクロプスに関しては、何か意図を感じるのです」


 ダグレイドさんはそう言うと情報誌を取り出し、机の上に広げて俺に見せてくれた。


「"各地でモンスターに異変!? 町を狙う二つ名達!"……? これって……」


「ええ、この町だけではなく、世界各地で同じようなことが起きているんですよ。大体は討伐されましたが、中には甚大な被害が出た町もあります」


 記事によると、襲われた町はヒストリアと似たような町が多い様だ。

 所謂いわゆる大都市とまではいかないが、それなりに大きな町の名がいくつも書いてある。


「ドラゴンか魔物かの違いはありますが、どれも状況が似てるんです。通常、それなりに大きな町を襲うのは、知能の低い向こう見ずな魔物やドラゴン。それらは大した強さを持ちません。無論町に被害は出ますが……ほぼ間違いなく討伐されます。頭のいい二つ名持ちやSランク以上の強力なモンスターは大きな町を狙いません。何故なら地方の村や町を襲ったり、ドラゴンなら低級の魔物を、魔物なら低級のドラゴンを喰った方が効率がいいですから。または、たまたま出会った冒険者とかをね」


 確かにダグレイドさんの言う通りだろう。

 奴らは無駄を嫌う。

 いかに無駄なく魔力を喰らい、自身を強化するかが奴らには重要なのだ。

 もちろん中には少し変わった奴もいて、自分の力を誇示するかのように町を襲う二つ名持ちもいたりするのだが。


 まぁ、モンスターにも性格があり、思考はそれぞれ違うということだ。

 それにしても、なんだかこうして考えてみると、人間と変わらない部分もあると思ってしまう。

 確か以前にも似たような考えを持ったことがあったな。


「世界に何か異常が起きている……私はそう考えています。平和な時代が長かった反動が今になって現れ出したのかもしれません」


「確かに……」


 ここ2千年程は大戦、つまり魔族や竜族との大きな戦いはなかった。

 むしろ人間同士の戦争の方が多かったくらいだ。

 今は下火になりつつあるが、それでも小競り合いが続いている国同士は多い。


「嫌な予感がするのです。元冒険者としての勘、ですけどね」


「はい……人間同士が争っている場合じゃないですよね。なんとかしないと……」


「私があなたと話したかったのは、あなたが非常に優秀な冒険者に成り得ると感じたからです。これも勘ですがね。でも、結構当たるんですよ。もちろん悪い予感もね……ところで、ロードさんはこの後どうされるおつもりですか?」


「数日滞在した後、首都に行くつもりですが……」


「やはりそうですか……この町の人間としては出来ればあなたにいて欲しいが、それは傲慢でしょうね。ではロードさん、くれぐれもお気をつけて。そして出来れば世界の異常を正して頂きたい。あなたなら……それが出来る気がします。やっぱり勘ですがね」


 ニッと笑うダグレイドさんと握手を交わす。


「自分に出来る限り、頑張ります」



 ―――――――――――――――――――



 その後はランナさんが淹れた紅茶を飲みながら、首都までの道や首都の話を聞いてその場は終わった。


 ギルドから宿へと帰る道すがら、俺はふと考える。

 世界の異常を正す、か。

 無能といい今回の件といい、世界の異常に気付けば気付く程、自分に何が出来るのか不安になる。

 けど、気付いた者には、それに気付いた責任があると俺は思う。

 見て見ぬ振りは出来ない。

 それに、俺は1人じゃないから。


「ロード様」


 不意にレヴィに手を握られた。

 柔らかい手だ。

 それに温かい。


「考え事をされながら歩くのは危ないです」


「そうだな……でも、おかげで手を繋げたからラッキーだ」


「む……ずるいですね」


「何が?」


「なんでもありませんよー」


「なんだよー?」


 この温もり……きっと誰しもに大切な人がいる筈だ。

 気付いた俺には、それを守る責任がある。

 モンスターに襲われて、大切な人を奪われた人を。

 理不尽な概念に人生を捻じ曲げられ、救いを求める無能と呼ばれる人を。

 俺に出来ることを……レヴィとみんなと一緒に。

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