第32話 ヘラクレス

 

「出てきてくれ、ヘラクレス!」


 手帳から巨大な棍棒と大弓が現れる。

 両方を手にすると、まるで血が沸き立つかのように全身に力が漲った。


「す、凄い力だ……持ってるだけでこう……エネルギーが湧き上がるような……」


「ええ、私まで感じますよ……」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ヘラクレス 世界樹の棍棒、ヒュドラの大弓


 伝説の大英雄ヘラクレスが用いた棍棒と大弓。

 2つとも彼の自作であるが、死後ヘラクレスは神格化され、伝説の武器として後世に残った。

 ヘラクレスは武器に名前を付けなかった為、これらの武器は総称して彼の名前で呼ばれている。


 ヘラクレスはその剛腕故、力に耐えられる武器が存在しなかった。

 そこで世界樹ユグドラシルの巨大な枝から棍棒を作り出し、己の武器として使用したのである。

 世界樹の力により決して折れることのなくなった棍棒を振り回し、彼は数多あまたのモンスターを叩き潰したという。


 また、大弓も同じ世界樹の枝から作られており、更にヒュドラの革を纏わせていることで矢に猛毒を付与させることが可能となっている。

 剛力無くしては引くことは出来ない弓であるが、それ故に飛距離、威力共に他の追随を許さなかった。


 持ち主は生命力が上がり、多少の傷ならば一瞬で治癒してしまう力を得る。

 また、身につけているだけで腕力が爆発的に上昇する効果を持つ。


 ただし、女性には攻撃することが出来ない。


 武器ランク:【SSS】

 能力ランク:【SSS】



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「でかいな……大丈夫かこれ」


 棍棒と大弓の大きさは、俺の身体とそう変わらない程ある。


「あ、意外と軽いです。木だからですかね? 2つ合わせて120キロしかないです」


 120キロしかって……。

 なんだか感覚が狂ってる気がするが……まぁ確かにバルムンクに比べれば軽いんだよな。

 なんにせよ、生命魔法がかけられるならそれでいい。


「む、ロード様お急ぎを。意外と速いですあいつ」


「げ、結構近づいてるな。急ごう」


 どちらに生命魔法をかけたらいいのか分からず、とりあえず棍棒にかけてみたのだが、生命が与えられた感覚がない。

 まさかと思い大弓にも生命魔法をかけると、2つの武器が金色の光を放ちながら宙へと浮かんだ。

 

 俺はまだ生命魔法の対象を一つしか取れないが、生命魔法がかけられたということは恐らく2つで一つとみなす武器なんだろう。

 同じ枝から作られ、また、同じページに2つの絵が描かれていることからもそう考えられる。

 どうやら2人分の魔力を使わないと駄目らしい。

 それだけ力が強いということなのだろうか?


 そんなことを考えている間に、2つの光が空中で混ざり合いさらなる輝きを放つ。

 光の中で徐々に形が出来上がっていったのだが……。


「で、でかいよな?」


「大きい……ですね」


 今までの人とは比べものにならないくらいの大きさに膨らんだ人型が、ズンっと大地に降り立った。

 身長は俺の倍以上、4メートル近くはあるだろうか。

 髪は燃えるように赤く、美しいウェーブがかかったそれは、まるで獅子のたてがみを彷彿とさせた。


 そうして現れたのは……まさかの女性だった。

 しかもかなり美人。

 茶色い胸当てと腰布だけというシンプルな姿は、己の肉体を見せつけているかのようだ。


「ぬっ……?」


 ゆっくり目を開いた彼女は、周りをキョロキョロと見渡した後、目の前にいる俺達に気付いた。

 どうやら俺達が小さすぎて見えなかったらしい。


「なんだそこにいたのか。全く気がつかなかったぞ所持者よ! あっはっはっはっ!」


 豪快に笑うなぁ……っていうか奴に気づかれ……てる!

 振り向いて"巨人"を見ると、もの凄い勢いでこちらに走り出していた。

 さすがにバレたか……!


「よ、よろしくヘラクレス! あのっ……!」


「皆まで言うな所持者よ。あれを屠ればよいのだろう? 万事任せておけい」


 ヘラクレスは、本当に馬鹿でかい胸をドンと叩き、背中に背負った弓を抜いた。

 弓を引き絞ると、ギギギッと何かを強引に引き裂くような、そんな音を奏でている。

 すると弓から巨大な光の矢が現れ、ヘラクレスは更に弓を引き絞り大きく息を吸い込んだ。


「やぁやぁ! 我が名はヘラクレス! 我が姿に恐れをなさぬ、その意気やよし! だがそれは、蛮勇以外の何物でもない! その愚行、死して尚その身に刻むがよい!」


 あまりの大声に俺とレヴィは耳を塞ぐが、それでも凄まじい声が鼓膜を揺らしていた。

 ヘラクレスが手を離した瞬間、爆風が俺の身体を叩く。

 そうして放たれた光の矢は"巨人"の肩に突き刺さり、その衝撃で"巨人"は軽々と吹き飛ばされ宙に舞った。


「あ、あの巨体が……」


 空中でグルグルと回転した"巨人"は、地面に頭から叩きつけられる。

 マ、マジかよ……。


「あ、毒を塗るのを忘れておったわ! まぁよいか! 所持者よ、ちと頭蓋を砕いてくる!」


「あ、ああ……」


 弓を背中に背負い、腰にぶら下がった棍棒に手をかけてヘラクレスは大地を駆け出した。

 速いなんてもんじゃない。

 まるで風だ。


「あ、レヴィ! 俺達も行こう!」


「あっ、はいっ!」


 もう色々と凄すぎて呆然と見つめていたが、一応行かないと。

 "巨人"は既に起き上がり、頭をぶんぶんと振っている。

 あれだけの衝撃を受けてはさしもの二つ名持ちもたまらないだろう。


「ほう……でかいな!」


 あっという間に"巨人"の目の前に立ったヘラクレスが嬉しそうな声を上げる。

 それはまるでおもちゃを目の前にした子供のようだった。


 ヘラクレスも俺達からすればもちろん大きいのだが、"巨人"はその3倍はある。

 眼前に立つヘラクレスに対し、"巨人"は臆することなく右腕を振り上げた。

 ヘラクレスは右腕に棍棒を握りしめてはいるが、それをただ黙って見ている。

 そして、"巨人"の巨拳がヘラクレス目掛けて振り下ろされた。


 ドンッとヘラクレスの頭部に拳が叩きつけられた……が、全く効いていないのか、ヘラクレスは微動だにしない。

 それどころかヘラクレスの首すらピクリとも動いていなかった。

 マジかよ……。


「ふむ、見掛け倒しか。つまらん……」


 そう言い放つと、ヘラクレスの右腕にあった棍棒が唸りを上げ、"巨人"の両足を吹き飛ばした。

 消えた足のあった空間にストンと半分になった"巨人"の上半身が収まり、"巨人"も含め、俺達はただただ驚くことしか出来ない。


「ガァッ!?」


「あっはっはっはっ! だいぶ縮んだのう。では、あの世で誇るがいい……貴様の蛮勇をな」


 次の瞬間、"巨人"は"巨人"でなくなった。



 ―――――――――――――――――――



「悪いなヘラクレス。運ぶのまで手伝ってもらって」


「なんのなんの。潰れたから軽いものだ。足は消し飛んでしまったしな」


 ヘラクレスは頭から叩き潰された元"巨人"の腕を引きずりながらまた笑う。

 この人強過ぎるだろ……。


「ところでヘラクレスはなんで俺に力を貸してくれる気になったんだ?」


「ん? そうさなぁ……所持者の中に光を見たから、といったところかのう」


「光を?」


「うむ。なかなかないぞ。その様な光はな。我が作り手と同じ光だ」


 大英雄と?

 それは褒めすぎだろう。


「そんなことはないと思うが……でも、ありがとう。これからもよろしく頼むよ。で、何かやりたいこととかある?」


「やりたいことか? 決まっておる。強者との戦いよ。それ以外に興味はない」


 なるほど。

 単純明快だな。

 それはそのうち叶えられるだろう。


「分かった。強い敵が出たら君を呼ぶよ」


「ああ、そうしてくれ。しかし、自分で戦える日が来るとは思わなかったぞ。いやぁ所持者には感謝しきれんわ! あっはっはっはっ!」


「喜んでくれて嬉しいよ」


「それにしても、ヘラクレス様がこんなに美しい方とは思いませんでしたね」


「おいおい……お主が言うと皮肉にしか聞こえんぞ?」


「い、いえ! 本音です!」


「俺も綺麗だと思うぞヘラクレス」


「そ、そうか? なら素直に喜ぶとしよう! あっはっはっはっ!」


 豪快で裏表のないいい人だな。

 頼り甲斐のある心強い味方がまた増えた。

 町も救えたし言うこと無しだ。

 そうして俺達はゆっくりとヒストリアへ戻っていった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「んー、あれヤバイね。あっさり負けちゃったよ?」


「ふーむ。どうしたもんかねぇ。判断に困るなぁ」


 彼らにとって"巨人"がやられることは予想通りだった。

 または予定通りと言ってもいい。

 要は捨て駒である。

 しかし、あんなにあっさりと負けることは予想外だった。


「最初のはクソ雑魚だったのにねー」


「そうなんだよねぇ。で、2人目は強すぎる」


「あれ何かなぁ? 召喚魔法っぽいよね?」


「だなぁ。召喚魔法だろうねぇ」


「どう報告する?」


「んー……まぁ、ありのまま? っていうかさ、あの女見たことあんだよなぁ」


「デカイの?」


「いや、メイド。どこだったかなぁ……多分数千年前なんだよなぁ……うーん……」


「魔族なんじゃない?」


「かなぁ? あのお方に報告しよっかねぇ」


「じゃ、帰ろっか」


「ま、サイクロプスは駄目だったけど、他は良かったし……帰ろうかぁ」


 そう言うと、彼らは一瞬で姿を消した。

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