第31話 二つ名

 

「テネア様が……?」


『と、とにかくギルドまで来て! お願い!』


「わかりました。では後で」


 どうやらのんびりとはしていられないらしい。

 ギルドマスターは確か、Aランク以上の冒険者でなければなれなかった筈だ。

 その彼がやられたということは、かなりまずいことがあったということになる。


「とにかくギルドに行こう」


 俺達は必要な物だけを持ち、部屋を後にした。



 ―――――――――――――――――――



 ギルドに到着すると、俺達を見つけたランナさんに医務室へと案内される。

 そこにはベッドに横たわり、荒い息をするテネアさんの姿があった。

 そして……彼の右腕の肘から先が無い。


「テネアさん……!」


「あ、ああ……君達か……ちょっとドジっちゃって……来てもらってすまないね……」


「テネア様いったい何が……?」


「その前に治そう。エクスカリバー!」


 エクスカリバーに生命を与え、彼女を召喚した風にする。

 初めて見る俺の魔法に、ランナさんもテネアさんも驚いているようだ。

 召喚魔法は大体獣を生み出すからな。まぁ、なんとか誤魔化すか。


「エクスカリバー、テネアさんを治してくれ」


「承知した」


 魔法の鞘を使い、エクスカリバーはテネアさんの事象を巻き戻す。

 するとあっという間に右腕が生え、身体中の傷が元に戻っていった。

 やっぱりすごい力だ。


 怪我をする前の状態に巻き戻ったテネアさんは、ベッドから身体を起こし、失った筈の右腕を不思議そうに見つめていた。


「ありがとうエクスカリバー」


「なんのなんの。では魔力を回収してくれ主人あるじよ。無駄にすることはなかろう?」


「悪いな……また呼ぶよ」


「うむ。ではな」


 エクスカリバーから魔力を抜き、彼女を手帳にしまうと、テネアさんがはっと我に返り口を開いた。


「こ、こんな力が……君はいったい何者なんだ……?」


「只の召喚魔法使いですよ。それより、いったい何があったんですか?」


 掘り下げられる前に話題を変えた。

 深く詮索されると説明が長くなるからな。


「あ、ああ……かなりまずい状況だ。特別討伐対象のサイクロプスが現れたんだよ」


 特別討伐対象……所謂いわゆる二つ名を持つモンスターか。

 モンスターにも個体差があり、その中でも強力なものは二つ名、つまり異名が付けられることがある。


 甚大な被害を及ぼし、何度も討伐に失敗した挙句、姿を隠したモンスターには大体二つ名が付けられ、特別討伐対象としてリストに載る。

 リスト載ったモンスターは、常に依頼が出されている様な状態となり、倒せばギルドの評価がかなり上がるという訳だ。


「サイクロプスの討伐依頼があってね。近くに任せられる冒険者が丁度いなかったから僕が行ったんだ。サイクロプスは何度も単独で倒しているし問題ないだろうと思ったんだが……現場で発見したのは"巨人"だった」


「"巨人"……ですか? 確か通常のサイクロプスも5メートル以上ある巨体だった筈ですが」


 サイクロプスは一つ目の魔物だ。

 レヴィが言うように、5メートルを超える巨体を持つ人型の魔物で、強靭な肉体と鋭い爪を武器とする。

 巨体でありながら俊敏に動き、人間を遥かに凌駕する腕力を持つ。

 しかし、特殊な能力を持たない為、討伐ランクはあまり高くない。


「レヴィくんの言う通り、通常のサイクロプスも大きいよ。でも、"巨人"はその倍以上ある。目撃者は離れて見てたから分からなかったんだね」


 なるほど……。

 それでもテネアさんはギルドマスターとしての責任感から挑んだのだろう。

 きっとガガンさんのように。


「通常のサイクロプスならBランク依頼だ。だが二つ名持ちは大体一つランクが上がる。けど、Aランクの僕がこのザマだからね……奴はそれ以上だ。複数人いれば話は違ったんだが、奴の爪がかすっただけで腕が飛んだよ……ランナ、通達は?」


「既に出してます。ですが、間に合うかどうか……」


「間に合う? どういうことですか?」


「僕が奴に挑んだのは責任感もあるけど……この町に向かって移動していたからなんだ。右腕を失い、勝てないと踏んだ僕は……町に知らせる為に逃げた。僕の魔法は転移魔法、マーキングした場所に一瞬で移動することが出来るんだ。もちろん距離に制限はあるけどね。数メートル移動するだけならマーキングはいらないから、それを使って戦うんだ」


 その時一瞬でテネアさんがベッドから消えた。


「こんな風にね」


「わっ!?」


 背後から声を掛けられびっくりしてしまった。

 一瞬で背後に……すごい魔法だ。


「これでマーキングしてあったこのギルドまで飛んだんだ。悔しいけど……あのまま死んでいたら誰にも伝わらずに町が襲われてしまうからね……」


 そういうことか……確かに二つ名持ちのサイクロプスが町に来たら大変なことになる。

 だが変だな。確か二つ名持ちは通常より身体が大きいこともそうだが、知能が高いことが多い。


 先のインフェルノワイバーンも、知られていれば二つ名持ちになっていただろう。

 狡猾に残忍に……ひっそりと身を隠しながら餌を喰らっていたんだ。

 だからこそ長く生き、魔力を蓄えて強くなった。


 だが、今回の"巨人"はおかしい。

 今まで隠れていた筈なのに、堂々と町に向かってくるなんて……。

 これでは自ら討伐してくれと言っているようなものだ。

 それとも……余程自信があるということか?


「なるほど……分かりました。俺達がやります」


「うん……正直、現状では君らしか任せられる人が浮かばなくてね……特別推薦は後で出す。この町を……守ってくれ」


「分かりました。早速向かいます」


「マーキングをしたかったんだけどそんな余裕がなくてね……でも、奴が来るであろう方角は分かる。もちろん無理はしないでくれ。無理だと判断したら逃げて構わない。時間を稼いでくれるだけでもいいんだ。その間に、僕は他の冒険者と町の防衛を固めておくからさ。あ、そんなことより君に言わなきゃならないことがあったな……右腕をありがとう。君のおかげで、またこの町の為に頑張れそうだ。本当にありがとう」


 ニッと笑うテネアさんと右手で握手を交わし、俺達は現場へと向かった。



 ―――――――――――――――――――



 目撃されたのはヒストリアから20キロ程離れた村らしい。

 村を襲われると思った村人が緊急で依頼を出したらしいのだが、"巨人"は村には目もくれず、真っ直ぐヒストリアを目指して移動を続けたとのことだ。


 俺達は平原を走り、サイクロプスが来るであろう方角に向けて進んでいた。


「何故村を襲わなかったんでしょう……普通なら魔力を喰らう為に真っ先に襲い掛かる筈ですが」


「気まぐれ……とは言えないかな。モンスターが魔力を喰らうのは本能だし、襲わない理由にはならない」


「ええ、最初からヒストリアを目指していたと考えるのが自然ですが、その理由が分かりません」


「まぁ、考えても仕方ないかもな。とにかく討伐するのが先決だ」


 それにしてもフレイムワイバーンといい、二つ名持ちのサイクロプスといい、何かおかしい。

 モンスターにも普通に知能があり、力のないモンスターはあまり町に近寄らない。

 小さな村や町ならありえることだが、これくらい大きな町に近寄れば、自身が討伐されるかもしれないことぐらいは分かっている筈だ。


 町を確実に殲滅する力があるなら分かる。

 だがテネアさんが言うように、2匹ともAランク冒険者が数人いれば討伐出来るレベルだろう。

 はっきり言ってそこまでの脅威とは言えない。


 そんなことを考えながら走っているとレヴィが急に立ち止まり、俺を連れて近くの草むらに身を隠す。

 そして、レヴィの見る方向に……それはいた。


「ロード様……見えました」


「ああ、この距離だと大きさがよく分からないが……」


 確かに一見すると、ただのサイクロプスが歩いているように思える。

 だがよく見ると明らかに遠近感がおかしい。

 平原の真ん中を"巨人"が悠然と歩いている。

 それはなんだか異様な光景だった。


「うん……やっぱりでかいな」


「はい。体長12メートルあります。こちらとの距離はおよそ2キロほど。まだ気づかれていませんね」


 12メートル……4階建てのヒストリア冒険者ギルドと変わらないのか。

 改めて大きいことが分かる。


「よし、新しい人を呼ぼうか。変わったページがあるんだ」


「変わったページですか?」


「うん。同じページに2つ武器が描かれているんだ。弓と棍棒がね。まぁ、確かにこの人と言えばこの2つだろう」


「ああ、確かにありましたね。伝説の大英雄の武器が」


「同時に出てくるのかな? まぁ、名前が大英雄のそれだし絶対に強い筈だ」


 1万年前、人間と魔族と竜の戦いの際、魔族にも竜にも恐れられた大英雄がいた。

 彼は自作した棍棒と弓矢を使い、巨大な魔物を叩き潰し、空駆ける巨竜を撃ち落としたという。

 あまりの強さと彼自身が巨躯であったことから"神の化身"とまで言われた大英雄。

 その名は……。

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