第28話 ランク

 

「うお……そいつは……」


「この人ならいけるかな?」


「ああ、旦那が使っても問題無く洗い流せるよ。というか……そいつ自身が力を使ったら山が流されちまうかもよ……」


「そ、そんなに?」


「うん……だってそいつやばいもん。つーかよく力を貸す気になったなって感じ。結構気難しいから」


 かつて海の神が振るったという伝説の槍は凄まじい力を持っているらしい。

 それにしても気難しい、か……今度生命を与えたら色々聞いてみよう。


「力を貸してくれ、トライデント」


 手帳から三又の槍が徐々に姿を現わす。

 金色に輝く3本の鋭い切っ先には返しがついており、貫いた獲物を逃さないという強い意思を感じる。

 は青く、やはり海を連想させた。


「ロード様、並べでおぎまじだ」


 鼻を摘みながら、レヴィが冒険者達を地面に並べてくれていた。

 ご苦労様……。


「ありがとうレヴィ。ちょっと離れていてくれ」


 力を込めるとトライデントの力が分かる。

 本当に……凄まじい力だ。

 上手く扱わないと、逆に怪我をさせてしまうかもしれない程に。


「水よ!」


 俺の言葉とともに、トライデントの矛先から大量の水が溢れ出した。

 勢いよく放たれた3つの水流が、冒険者達にまとわりつく胃液を軽々と洗い流していく。


「おお……あ、でもなんか……これ海水だ」


「んー……まぁ、大丈夫だろ。旦那、俺こっちから治していくからよ」


「ありがとうソロモン。ところで力は大丈夫か?」


「ああ、まだ大丈夫だ。でも、一応これ終わったら帰るわ。旦那に何かあっても嫌だし」


「分かった。じゃあ先に聞いておくけど、なんかやりたいことあるか?」


「あーそうだなぁ……」


 ソロモンは冒険者達を治しながら空を見上げ、何かないか考えているようだ。

 その隣ではレヴィがせっせと冒険者達の身体を拭いている。

 その布はいったいどこから……?


「うん、やっぱり……可愛い女の子に囲まれたい」


 欲望の塊じゃないか……。

 でもまぁ、彼が望むなら叶えてやりたい。


「分かった……多分首都にそんな店があるよ。今度行こう」


「ほ、本当か!? ひゃっほー! ありがとよ旦那!」


 見た目は渋いのになぁ……。

 ま、喜んでるならいいか。


「お礼に勧誘しといてやるよ。旦那に力を貸せば、願いが叶うかもってな。よく話す奴が何人かいるからさ。それに、俺自身も旦那のこと気に入ったしな」


「ありがとうソロモン。助かるよ」


「そりゃ俺のセリフだってば。ナハハ!」



 ―――――――――――――――――――



 全員の応急処置をしてもらった後、彼を手帳に戻した。

 いきなりこき使ってすまないと彼に謝ったが、自分で力を使えて嬉しかったと笑ってくれた。

 頼りになる人がまた増えたな。


 その後暫しばらくすると、冒険者達が目を覚まし始めた。

 まだ混乱していた彼らに何があったのかイネアさんが説明して回る。

 やがてハガーさんが目覚めてイネアさんと言葉を交わした後、彼は俺の下に歩み寄ってきた。


「すまねぇ……助けられちまったみてぇだな……」


「無事でよかったです。痛みはまだありますか?」


「いや、大丈夫だ。そんなことより君には……申し訳ない」


「まぁ、実際Dランクですし……」


 ハガーさんも単純に俺のことを心配してくれたのかもしれない。

 まぁ、ガガンさんのことは別だが。


「ガガンのことも謝る。節穴だったのは俺の方だ。本当にすまない」


 彼は深々と頭を下げる。

 正直そう言ってくれるだけで満足だった。


「勝負は当然君の勝ちだ。なんでも言ってくれ」


 そう言われてもなぁ。

 分かってくれただけで別に構わないのだが……。

 あ、そうだ。


「じゃあ……ガガンさんは節穴じゃなかったって、みんなに広めて下さい」


「え? そ、それでいいのか……?」


「その為に勝負を受けたので。それ以外の理由はないです」


 そう言うと、ハガーさんは顔を手で覆った。

 なんだか少し心配になるくらいに落ち込んでいる。


「……情けねぇのは俺だった様だ。本当に情けねぇ……はぁ……本当にすまない」


「そ、そんなに落ち込まないで下さいよ……もう大丈夫ですから」


 すると周りの冒険者達までため息をつき始めた。


「ハガーだけじゃねぇ……はぁ……申し訳ない」


「私達……間違ってた……本当にダメね……」


「ごめんなさいロードくん……私あなたに酷いこと言った……ガガンにも……」


「も、もういいですから! 元気出していきましょう! ね!」


「インフェルノワイバーンはそこそこ強い部類に入りますし、皆様が気にすることはないですよ。まぁもっと強いのはいますが。ロード様が強過ぎるだけですのでお気になさらず」


 いやレヴィ、慰めになってないから。

 あと、さりげなく俺を持ち上げなくていいから。

 みんな余計暗くなってるじゃないか……。


「と、とにかくみなさん山を下りましょう。ギルドに報告しないと!」


「うん……あ、じゃあこれ運ぶね。せめてそれくらいさせて」


「え? 運ぶんですかこれ」


「ああ、ギルドへの報告に使うんだ。まぁ全部持っていく必要はないんだが、ドラゴンの素材は色々役に立つからね。特にこいつみたいな上位種はな。町も近いし運んじまおう」


「通常の討伐依頼なら、モンスターの一部を持ち帰ればいいわ。持ち帰る部位は不正を防ぐ為に大体決められているから注意してね」


「以前は誰かが倒したモンスターの死骸から素材を切り取って、それを使って依頼を達成する奴もいたんだ。だから今では厳しく見られるんだよ」


 なるほど。

 やっぱり先輩の話は為になるな。

 それに、説明する時みんな少し元気になっているし、このまま色々話を聞かせてもらおう。


「でも、こんなでっかいの……みなさんはどうやって運ぶんですか?」


「いい魔法があればそれでいいけど、無ければ価値が高い部位だけ持ち帰るしかないわ。あとは……運び屋を雇っておくとかかしら。その代わり連絡用に高価な通信魔石が必要だけどね」


 ふむふむ運び屋かぁ。一応覚えとこ。

 あと、やっぱり通信魔石を買わなきゃな。

 あると便利だし。


「今は人数もいるし、浮遊魔法使いが仲間にいるから俺達が運んでおくよ。これだけのサイズだ……かなりいい金になるぜ。せめてもの罪滅ぼしだ。やらせてくれ」


「あ、でしたら向こうにも真っ二つになったワイバーンがいるのですが、あちらもお願いしていいですか?」


「いやレヴィ、カドゥケウスに頼めばいいからさ。みんなはどうしてるのか聞きたかったんだよ」


「あ、なるほど。失礼致しました」


「え? 2匹いたの……?」


「カドゥケウスって……?」


 長くなるからやりながら説明しよ……。



 ―――――――――――――――――――



「ありがとうカドゥケウス。また頼むよ」


「いつでもお呼び下さいロード様。ではでは」


 小さくしたワイバーンを運び、ギルドの前で大きくしてもらった後カドゥケウスを手帳に戻した。

 ワイバーンの死骸を一目見ようと既に多くの野次馬が集まっている。

 噴水広場の大半を占拠した2匹のワイバーンに、みんな興味津々のようだ。

 2匹いたのは当然ギルドも予想外だったらしく、死骸を確認しに来た受付嬢のランナさんも頬をヒクつかせている。


「マ、マジなのこれ……フレイムワイバーンはともかく、インフェルノワイバーンがいたなんて……つかでっか」


「2匹ともロードが討伐したんだ。俺達は小さくなったワイバーンを運んだだけさ。まったく……とんでもないよロードは」


「マ、マジ……?」


「まぁ、一応……」


 1匹はバルムンクだけど。

 まぁ2匹目もバルムンクと言えばバルムンクなんだが。


「とんでもないルーキーが現れたわねぇ……とりあえず依頼完了の手続きしちゃって、報酬を渡すからついて来て。あと、多分ギルドマスターから話があるわ。というか間違いなくね」


「呼んだかい?」


 突然ランナさんの背後に茶髪の男性が現れた。

 驚いたランナさんが飛び跳ねている。


「うわっ! テ、テネア様……驚かさないで下さいよ! いるんならいるって……」


「いや、すまないねランナ。窓から見てたんだけど、ついつい気になってさ。それにしてもこれ、君がやったの? 凄いねぇ……」


「あ、はい……」


「ロードくん、この人がヒストリアのギルドマスターであるテネア様よ」


 この人が……。

 銀色の鎧を纏い、腰にはレイピアを差していた。

 優しい顔をした人で、かなり若い様に見える。


「さて、ロードくんと言ったね。今君はDランクだが、君の討伐したインフェルノワイバーンはAランクの相手なんだ。だから本当は君にAランクをあげたいんだけど、ギルドにも決まりがあってね。ランクを上げるのは、最高でも2ランク上にしか出来ないんだよ。まぁ例外もあるけどね。とりあえず僕の権限で君をBランクと認めよう。これからも精進するように」


「は、はい! ありがとうございます!」


 いきなりBランクになれるとは思わなかった。

 よし、この調子で頑張ればいつか……。


「じゃあランナ、後は任せたよ」


「はーい。さ、行きましょうロードくん。手続き手続き」


「あ、はいっ」

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