第26話 ソロモン

 

「あら……おかしいわね」


「どうしたバルムンク?」


「うーん……あんた確か……」


 その時激しい爆発音がラピス山脈に鳴り響いた。

 どこかで戦闘が始まっている……!


「やばっ……急ぎましょ!」


「ああ!」


 尚も激しい爆発音が断続的に聞こえ、段々とその音に近づくと人の叫び声も聞こえてきた。

 どうやら劣勢らしいことは、その声の種類が増えることで伝わってくる。

 バルムンクに続いて山道を駆け抜けると、赤いワイバーンと戦う数人の冒険者達の姿が見えた。

 俺達のいる場所からはまだ少し距離がある。


「フレイムワイバーンか……なかなかのサイズね」


「全長20メートル、体高5メートル。フレイムワイバーンでは大きい部類に入りますね。赤い鱗と口から吐く炎の息吹ブレスが特徴です」


 冒険者達は次々に魔法を打ち込んでいたが、フレイムワイバーンにはあまり効いていないようだ。

 それどころか、逆に強靭な尻尾による攻撃で1人また1人と数が減っていく。


「Bランクとはいえ、あまり練度は高くないですね。あれではフレイムワイバーンを倒すのは無理です」


 ある程度の人数に分かれて探索していたのだろう。

 発見したはいいが、功を焦って仲間を呼ばずに攻撃を開始した結果、フレイムワイバーンの強さを見誤ったようだ。


「目だ! 目を狙え!」


「や、やってる……きゃあっ!?」


 まずいな……あのままだと全滅する。

 急いで彼らの下へと向かうが、バルムンクは俺達とは違う方向に駆け出した。

 何か考えがあるのだろう。


 俺は手帳からブリューナクとアイギスを取り出す。

 アイギスは足が遅くなるが、ブリューナクの力で相殺すれば……!


「ま、また息吹ブレスが来るぞ! 防御魔法を……!」


「もうやられちゃったわよぉ!」


 フレイムワイバーンの身体が大きく仰け反る。

 赤い鱗に覆われた胸がこれ以上ないくらいに膨らみ、体を前に投げ出すように勢いよく巨大な炎の塊を吐き出した。


「う、うわぁぁぁぁぁあ!」


「きゃぁぁぁぁぁあ!」


女神の絶対防御アイギス!」


 俺は彼らの前に立ち、アイギスの障壁を発動した。

 凄まじい炎だがアイギスの障壁に阻まれ、その熱さえ俺には届かない。


「お、お前……」


「怪我人を連れて下がるんだ! 急げ!」


「わ、分かったっ……!」


 炎が止むと、巨大なフレイムワイバーンと目が合う。

 初めて対面したドラゴンは、金色に光る目で俺を睨みつけていた。

 さすがにちょっと怖い……だが。


「俺が相手だフレイムワイバーン。かかってきなよ」


「グォォォォォォオ!!」


 フレイムワイバーンが体を回転させ、強靭な尻尾で大地をなぎ払った。

 素早くアイギスをしまい、後方に跳んでそれを回避する。


「あぶねっ!」


 巨体の割に素早い。

 全身が高密度の筋肉で出来ているのだろう、硬い鱗を突破しても、それを貫かなければ奴にダメージは与えられない。


「ロード!」


 視界の端にバルムンクが見えた。

 どうやらあそこまで誘導しろということらしい。

 フレイムワイバーンの噛みつきをくぐり抜けるように回避し、その反動で跳び上がって翼を貫いた。


「ギャォォォォオ!?」


 翼に大穴が開き、これでもう飛んで逃げることは出来ない。

 着地した俺はそのまま駆け抜け、岩壁を背にしてわざと追い込まれた。

 フレイムワイバーンは翼を傷つけられ、完全に頭に血が上っているようだ。

 真っ赤に充血した目と口を大きく開き、俺に向かって突進してくる。


 その時、俺が背にした岩壁の上から黒髪をなびかせ黒い騎士が跳んだ。


「我が名はバルムンクゥッ! 竜を穿つ、竜殺しの大剣なり!! うおりゃぁぁあ!」


 自身であるバルムンクを振りかぶり、上空からフレイムワイバーンの頭部目掛けて大剣を振り下ろす。

 瞬間鋼が鋼を穿つ音が轟き、激しい衝撃波と共にフレイムワイバーンを斬り裂いた。

 頭部から背中に向けて亀裂が入り、フレイムワイバーンの体が竹を割ったかの様に裂けていく。


 刃が届いていない筈の尻尾の先まで真っ二つになったフレイムワイバーンは、断末魔の悲鳴も無く左右に分かれ、それが同時に地面を揺らした。

 勢いが死なずに地面もついでに砕いた為、粉塵が上がる中、黒い騎士はゆっくりと立ち上がり身を震わせている。


「おお……! これよこれ! これが私の求めた感触よぉぉぉ!」


 興奮して剣を振り回している……。

 完全にやばい人にしか見えない。


「バ、バルムンクありがとう……」


「はぁ満足した。重い発言は許したげるわ。んじゃ、私戻る。また呼んでね」


「ああ、また頼むよ」


 彼女を手帳にしまい、負傷者達に駆け寄った。

 無事なのは2人だけのようで、あとの数人はみんな倒れて動かない。

 口から血を流して意識がない人もいる……まずいな。


「あ、ありがとう……おかげで助かったよ……」


「いえ……それより回復魔法使いは?」


「俺らは使えない……他の冒険者にはいるかもしれないけど……」


「まずいですね……内臓に折れた骨が刺さっています。こちらは火傷が酷いですね……時間がないかもしれません」


 鑑定魔法で見たのだろう、状況はかなり悪いようだ。

 回復魔法使いを呼んでいる暇はない。

 俺は手帳を開き、あるページを開く。

 この人の力なら傷を癒せるかもしれない。

 付けるだけで超常の力を得ると云われた伝説の指輪……。


「出てきてくれソロモン」


 名を呼ぶと、黒と銀が混ざり合った様な色をした指輪が現れた。

 色以外はなんの変哲も無いただの指輪に見える。

 それを掴み、俺は生命魔法をかけた。


 黒と銀色のまだらな光の中から、ズッと男性が顔を出す。

 髪は銀色でボサボサ、顎には無精髭がびっしり生えていた。

 見た目は40代半ばといったところだろうか、彫りが深く、酒を飲む姿が絵になりそうな渋い顔立ちをしている。

 身長は俺より少し高く、黒いコートに黒いズボン、そして銀色のアクセサリーを大量につけていた。


「ありがとよ旦那。なるほど……いいもんだなこりゃ……嬉しいぜ」


「よろしくソロモン。俺も会えて嬉しいよ」


「いやぁ、身体を貰った連中がやたら嬉しそうに話してやがってなぁ。俺も興味が湧いちまったのよ。確かにこりゃ騒ぐ訳だ。んで、こいつらを治せばいいのかい?」


「ああ、出来るか?」


「ふっ……我が名はソロモン。悪魔を操る魔神の指輪なり。我が力の一端をお見せしよう」


 ソロモンが負傷者に手をかざすと、見る見るうちに傷が塞がり、苦悶の表情が和らいでいく。

 そして、数分で全員を治してしまった。


「あ、ありがとう……君は命の恩人だ。あの……さっきはすまなかった。自分が恥ずかしいよ……」


「いえいえ。気にしないで下さい。無事でよかった」


「完治した訳じゃねーからまだ動かしちゃ駄目だぜ? あくまで塞いだだけだ。俺の力は広く浅い。器用貧乏とはよく言ったもんだ。ナハハ!」


「ありがとうソロモン。助かったよ」


「いえいえ。なぁ旦那、しばらく居てもいいかな? もうちっと楽しみてぇ」


「もちろんいいよ。ドラゴン退治は終わったしね」


「あ、それなんだが……」


 その時遠くから再び爆発音が聞こえた。

 討伐対象のフレイムワイバーンは間違いなくそこで真っ二つになっている。

 まさか……。


「ロード様、先程バルムンク様が何か言いかけておりました。ひょっとしてもう1匹いるのでは……?」


「そういうことだ。バルムンクの奴が手帳ん中で騒いでたからよ。「忘れてたー! 私を呼べー!」ってな。ま、俺が力を貸すからほっとこうぜ。旦那がバルムンクを使いなよ」


「じゃあそうするか……よし、行こう」


「では、ロード様。走りながらこれを」


「……もう驚かないよ俺」



 ―――――――――――――――――――



 ソロモン 魔神の指輪


 神が創り出した悪魔を操る伝説の指輪。

 この世界とは少し違う、異世界に存在する悪魔を使役する力を持つ。

 正確に言えば"悪魔の力を借りる為の指輪"である。


 人間にとっては超常の力であるが、あくまで借り物の力であり、効果はさほど高くはない。

 それでも中級魔法レベルの力を数多く発揮することが出来る。


 ただし、使いすぎると悪魔の力が暴走し、持ち主に災いをもたらす。


 武具ランク:【SSS】

 能力ランク:【SS】



 ―――――――――――――――――――



「悪魔の力か……」


「魔族とはちょっと違う存在なのですね」


「その通り。あんまり使うと悪魔が溢れ出ちまうから……気をつけてな。ナハハ!」

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