第22話 旅立ち

 

 18年過ごした家を出る。

 両親がいた頃は幸せだった。

 ここ数年辛かったけど、今はまた幸せだ。

 扉に手を当てて、一旦両親に別れを告げる。

 正直なんでいなくなったんだと恨んだりもした。

 でも、この家を遺してくれたから俺は生きられた。

 何より、今俺が幸せなのは両親が俺を育んでくれたからに他ならない。

 今はただ、感謝のみだ。

 心配させちゃったけど、もう大丈夫。

 扉から手を離し、ふぅと息を吐く。

 決意はとうに出来ている。

 後は形にするだけだ。


「よし、行くか」


「はい、ロード様」


 大きなリュックに必要な物を詰め込み、俺達は家を後にした。

 まだ完全に日の出ていない中、薄暗い道を歩く。

 少し霧が出ており、なんだか幻想的だった。

 泥のように眠り、起きては働くを繰り返す毎日。

 風景に気をやる余裕は無かった。

 周りを見渡しながら歩くと、綺麗な町なのだと今更ながらに思う。


 町の人には特に旅に出るとは言っていない。

 ガガンさんにも言わないでくれと頼んでおいた。

 一応扉には書き置きをしておいたから大丈夫だろう。

 当分は戻らないが、また必ず帰ってくると決めていた。

 せっかく分かり合えたばかりで少し寂しいが、のんびりもしていられない。

 助けを求めている人が必ずいる筈だから。


 遠く、町の入り口に人影が見えた。

 こんなに早く起きている人がいるとは知らなかった。

 もしかすると情報誌を届ける配達人かもしれない。


 出来れば静かに旅立ちたかった。

 きっとみんな勘違いして謝り出すに違いない。

 自分達のせいで出て行くんだと。

 俺の想いはきちんと遺してきた。

 それに今生の別れではない。

 きっとまた笑って会えるだろう。


 まぁ、軽く会釈してやり過ごそう。

 俺達は特に足を止めたりはせず、真っ直ぐ町の入り口へと向かう。

 石畳がコツコツと音を鳴らす。

 しばらくはこの音ともお別れだ。

 その時急に風が強く吹き、霧が晴れてきた。


「えっ……」


 霧が晴れ、同時に太陽の光が道を照らす。

 その道の先に、大勢の人の姿があった。

 1000人以上が左右に分かれ、みんな俺を見つめていた。


 勝手に鳥肌が立ち、目頭が熱くなる。

 それでも俺は歩みを止めず、しっかり前を向いて歩く。

 レヴィもぴったりと横にいてくれていた。


 町の入り口に辿り着くと、いつもの調子でガガンさんがぬっと現れる。

 内緒って言ったのにな……。


「悪ぃなロード。黙ってらんなかったわ」


 ガガンさんはそう言ってニッと笑う。


「内緒だって……言ったじゃないですか」


「がはは! だから謝ったろ? みんなまだ足りないんだよ。お前に返し切れてないんだ。ウォーウルフを殲滅しなければこの町はヤバかった。正直俺や他の冒険者達だけじゃこの町は守りきれなかったかもしれねぇ。お前は親方達だけじゃなく、この町も救ったんだ。俺を含め、お前に酷いことをしてきたこの町をな……」


「いいえ……十分返して貰いました。この3年間は確かに辛かったけど……今俺が幸せだからいいんです。だから、もう恨んでも憎んでもない。俺はこの町が好きです。きっと、また帰ってきますから」


「だからお前さ……かっこよすぎだっての」


 不意に誰かが始めた拍手が聞こえると、それが一瞬で町に響き渡る演奏となった。

 もはや言葉は無く、その手で打ち鳴らす音に全ての想いが込められているような気がした。


 俺は今まで心と身体を散々叩かれた。

 それは俺の全てを否定する負の感情。


 だが、今俺を叩くのは感謝の振動。

 胸が震えるその音に、俺は拳を握りしめた。


「俺達は何をしてもお前に全ては返せない。それ程に重いことをした。だからせめて、お前の未来に役立ちたい。受け取ってくれ」


 ガガンさんが合図をすると、逞しい馬に引かれた立派な馬車が現れた。

 もし買うとすれば、2つ合わせて5、600万ゴールドは下らない様に見える。


「え……これ……」


「町のみんなからだ。お前達の足になれるのなら、こんなに喜ばしいことはない。頼む、使ってやってくれ」


 そう言ってガガンさんが頭を下げると、町のみんなも一斉に頭を下げた。

 慌てて俺がそれを止めるが、誰1人頭を上げようとしない。


「わ、分かりました! 分かりましたからもう頭を……!」


「よし! みんな成功だ! 断られたらどうしようかと思ったよ。なぁみんな!」


 あはは、と笑い声が辺りを包む。

 よかった。こっちの方がいい。

 笑ってくれた方が俺も嬉しい。


「まったく……やられましたよ」


「がはは! だが……気持ちは本物だ」


「はい、分かってます。ありがたく使わせて貰います」


「あ、ちなみに馬の名前は"ヴァンデミオン"っていうんだ。かつてこの地にあった伝説の国の名だ。かっこいいだろ?」


 俺とレヴィは顔を合わせる。

 そして、同時に笑い出してしまった。


「な、なんだよ? ダメか……?」


「あはは……いや、逆です。最高の名前だったのでつい……ありがとうございます」


「本当に……素晴らしい名前の馬を頂きました。ありがとうございますガガン様」


「お、おう! ならよかったぜ!」


 馬車に荷物を詰め込み、2人で乗り込む。

 もう太陽は完全に顔を出し、世界を照らしている。

 本当に……最高の旅立ちになった。


「みなさんありがとうございます。必ずまた帰りますから。あと……一つだけお願いがあるんです」


 町の人達は黙って俺の話に耳を傾ける。

 果たして本当の意味で聞いてくれるだろうか。

 そうやって少し不安になる俺の手を、そっとレヴィが包み込んでくれた。

 おかげで勇気が湧いてくる。

 意を決し、俺は口を開いた。


「もし、無能と呼ばれた人がこの町に来たら……どうか助けてあげて下さい。その人はきっと苦しんできた筈です。だから……」


「俺達に言う資格はないかもしれないけど……任せろロードくん!」


「その約束必ず守るよ! 今まで本当にごめんなさい! そして……本当にありがとう!」


「ロードくん任せて! こんな思いは二度としたくないから!」


「無能なんて関係ない! 絶対に助けてみせる!」


「もし旅先で出会ったらここに! 俺達は今度こそ……もう間違えないから!」


「君に教えてもらった優しい気持ち……絶対に忘れないから! ありがとう!」


 次々にみんながそう声をかけてくれた。

 よかった……。

 世界は変えられるんだ。


「みなさん……ありがとうございます……! じゃあ……行ってきます!!」


 大歓声の中、俺達は馬車を走らせる。

 世界を変える旅が、今始まったのだった。

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