第23話 フェイルノート

 

「あ、これ食べられそう……」


 ゴミ箱の中に食べかけのパンを見つけた。

 よし、バレないうちに離れよう。

 この間見つかった時は酷い目にあったから……。


 深夜の暗い路地裏を通り、地下水路への入り口から中に入る。

 やっと見つけた誰にも見つからない安息の地。


 この都市は堅牢な壁に囲まれていて、町の外に出るにも許可がいる。

 私は無能の烙印を押され、外に出ることも出来なかった。

 お金がないから許可証が買えないし、仮にあったとしても、無能の私がそれを持っていたら確実に盗んだものだと決めつけられる。

 そうなれば拷問は確実で、最悪の場合処刑されてしまうかもしれない。


 拾った情報誌にも、2年間投獄された後に処刑された無能の女の子のことが書いてあった。

 私もいつそうなるか分からない……。


「嫌だ……嫌だ……死にたくない……死にたくないよぉ……」


 まさかこんなことになるなんて思わなかった。

 勇者様……いや、ロイがあんな奴だったなんて想像も出来なかった。

 なんでこんな酷いことを平然と出来るの……?


「はは……私が言えたセリフじゃないか……」


 最近やっと自分が何をしてきたか、自分がなんなのか分かってきた。

 ロードに酷いことをしたと。

 そして、自分は今無能なのだと。


「ロード……ごめんね……」


 もう無意識に、何度そう唱えただろうか。

 自分を保つ為に、罪悪感を薄める為に言っていると自覚はしてる。

 でも、会って謝りたい。


「その前に死ぬかも……はは……死にたくないけど死にたい……なんだこれ」


 楽になりたい。

 他人を見るだけでどうしようもなく腹が立つ。

 幸せそうに歩く恋人同士も。

 子供を連れて歩く家族も。

 友達同士で笑いながら歩く奴らも。

 偉そうに歩く衛兵も。

 仲間と共に夢を見る冒険者も……!


「あ、ダメ……!」


 だから私は深夜にしか外に出ない。

 そんな憎しみに駆られ、手を出せば地獄が待っている。

 もちろん今自分で命を断てばいいのだろう。

 そうすれば楽になれる。

 でも、そんな勇気もない。

 だからおめおめと、こうしてなんの希望も無いまま生きていた。


「うっ……うう……うぐぅ……ひっく……ああっ……」


 泣かない日なんかない。

 泣かなければ心が壊れてしまうから。


 あの日、無能になった日を思い出す。

 何度思い出しても辛い。

 でも、もう時間は戻らない。

 希望に胸を躍らせていたあの日には……。



 ―――――――――――――――――――



「レヴィは馬車の操縦も上手いんだな」


 既に日は高く、太陽が草原の真上に位置していた。

 風が吹くたびに緑の波が生まれ、草と土の匂いが馬車を通り抜ける。

 ヴァンデミオンが小気味よく蹄を鳴らし、馬車の車輪もそれに合わせてカラカラと音を奏でていた。

 草原の真ん中に道が続き、しばらくは何もない平原が続く。

 ラピス山脈までは馬車があれば3日ほどで着くだろう。


「よく操縦していましたからね」


「そうなのか。レヴィは何でも出来るな」


「ふふ、たまたまですよ」


 2人で操縦席に座り、俺達は肩を寄せていた。

 会話がない時もあったが、それはそれで心地よい。

 何も話さなくとも、お互いにその存在を認め合い、同じ目的に向かって進んでいると分かっているからだろう。


「それにしても……いい天気だな……」


 空は青く、雄大な雲が天に伸びる。

 世界は広く、こんなにも綺麗だったんだと感動すら覚えていた。


「はい……本当にいい天気に恵まれましたね」


「いい馬車とヴァンデミオンまで貰って……前途洋々だな」


 貰ったのはカバードワゴンタイプと呼ばれる馬車だ。

 大型の馬車で、濃い茶色の土台に半円の白い布が屋根と壁代わりに貼り付けてある。

 操縦席を合わせれば6、7人は乗れそうだ。

 雨や風も凌げるし、中で寝ることも出来る。

 本当に立派過ぎる馬車を貰ってしまった。


 ヴァンデミオンはフリージアンという種類の馬で、黒い毛並みと長いたてがみ、筋骨隆々の美しい肉体が特徴だ。

 フリージアンの中でもヴァンデミオンは特に大きいらしく、この大きな馬車を軽々と引いていた。

 頼りになる仲間がまた増えて嬉しい。


「ロード様、ひたすら西でいいんですよね?」


「ああ、地図によると近くに村もないし、今日は野営することになりそうだ。とにかく真っ直ぐ行ける所まで行こう」


「かしこまりました」



 ―――――――――――――――――――



 日が暮れて辺りが暗闇に包まれていく。

 平原を抜け、俺達は森の中を進んでいた。


「今日はここまでにするか。野営の準備をしよう」


「そうですね。では……あの川のほとりにしましょうか。水場が近いと便利ですから」


 森の中に出来た道を少し離れ、川沿いに馬車を停める。

 ヴァンデミオンを馬車から離し、木の幹にロープをくくってある程度自由にさせた。

 ヴァンデミオンは川の水を飲んだ後、生えている草を食べ始める。


「ご苦労様ヴァンデミオン。明日も頼むよ」


 そう言いながら美しい毛並みを撫でると、顔を俺の手に擦り寄せてきた。

 可愛い。


「さて、人手を増やすか。新しい仲間に挨拶もしたいしな」


「そうですね。どなたを呼ばれますか?」


「んー……そうだなぁ。見張りをお願いしたいから……この人かな」


 俺は黒い手帳を捲り、目当ての人のページを開く。

 エクスカリバーの所持者だったアーサーには優秀な仲間達がいた。

 彼らは円卓の騎士と呼ばれ、アーサーに忠誠を誓い、彼と共に多くの戦場を駆け抜けたという。


 その中の1人、英雄トリスタン。

 彼は馬上での武勇もさることながら、弓の名手としても知られていた。

 曰く"無駄なしの弓"、"必中の弓"と称され、百発百中だったという。

 そんな英雄トリスタンが使用していた伝説の弓。

 その名は……。


「姿を見せてくれ。フェイルノート」


 俺の呼び掛けに応え、手帳から深い青色の弓が現れた。

 長さは1メートル程度、持ち手は白く、清純な印象を受ける。



 ―――――――――――――――――――



 フェイルノート 聖弓


 神が創った聖なる弓。

 英雄トリスタンに与えられたこの弓は、必中の弓、無駄なしの弓と呼ばれ、確実に目標を射抜く力を持つ。


 木々が生い茂る深い森の中でも、まるで木を避けるように飛んだ矢は正確に魔物を貫いたという。


 威力はあまり高くないが、英雄トリスタンはこの弓で多くの魔物や竜の目を射抜き、仲間達の窮地を救った。


 武器ランク:【SS】

 能力ランク:【S】



 ―――――――――――――――――――



「必中の弓……これまた頼りになりそうだな」


「ええ。武具達は本当の意味では眠りませんし、見張りを頼むにはうってつけですね」


 フェイルノートに生命を与えると、青い光の中から小柄な女性が姿を現した。

 やはり弓兵を思わせる青い軽装の鎧を身に纏い、水色の短い髪は前髪が目にかからないように切り揃えられている。

 髪と同じ色の目が開かれると、静かに彼女は呟いた。


「おお……エクスカリバーさんの言う通り……身体があるって……嬉しいな」


「よろしくフェイルノート」


「あ……よろしくお願いします……私はフェイルノートです……えーっと……ご主人様ですよね……何なりとご命令下さい……」


 呟く様に話すので声はすごく小さいが、ニコニコ笑って応えてくれた。


「ありがとうフェイルノート。じゃあ今から野営をするから手伝ってくれるかな? あと、見張りをお願いしたいんだ」


「はーい……じゃあ薪を集めてきますね……」


 ニコッと笑った後、とことこと森の中に消えていくフェイルノート。

 可愛い。


「レヴィ、料理を頼むよ。馬車があるからテントはいらないかな。水を汲んでくる」


「かしこまりました。私は火を起こします」


「薪取れましたっ……!」


 早っ!

 フェイルノートはニコニコ笑いながら大量の薪を抱えていた。

 どうやら人選は正解だったみたいだな。


「ありがとうございますフェイルノート様。ではこちらに」


「はーい……!」



 ―――――――――――――――――――



 3人で火を囲みながらレヴィの作ったシチューを食べる。

 腐りやすい牛乳を使いきれるし、何より美味い。

 フェイルノートも嬉しそうだ。


「おいひいれすっ……!」


「よかったなフェイルノート」


「お気に召した様でよかったです」


 フェイルノートにも願いを聞いてみたが、特にやりたいことは無いらしい。

 力を貸してくれた理由は、エクスカリバーに色々教えてもらったからだと語っていた。


 最初は俺を見極める為に様子を見ていたらしい。

 自分の力は放たれたが最後、必ず目標に当たってしまう。

 だからこそ持ち主に邪心があってはならないからと。


「エクスカリバーさんが……ご主人様なら大丈夫だと……"我の魂をかけよう"とまでおっしゃってましたから……」


「そっか……ありがとうエクスカリバー」


 手帳越しに彼女に礼を言う。

 おかげでまたいい人に出逢えた。


「それに……話してみて分かりました……ご主人様はいい人ですっ……」


 またニコッと笑うフェイルノート。

 なんだか照れてしまうな……。


 その時背後からガサッと音がしたかと思うと、一瞬でフェイルノートが矢を放った。

 まさに電光石火。

 先程まで見せていた笑顔は鋭い目付きに変わり、放った矢の先を睨みつけている。


 背後からは魔物と思われる叫び声が聞こえ、振り向くと、ベアクロウが頭を押さえてのたうち回っていた。

 どうやら正確に目を射抜いた様だ。


「フェイルノート……あの一瞬で……」


「我が名はフェイルノート……無駄なしの聖弓なり。放たれた我が矢は……主人あるじに仇なす者に暗闇を……そして主人あるじには光を与えん……」


 鋭い目つきでベアクロウを睨みつけ、再び弓を引き絞る。

 強襲をかけるつもりが逆に先制攻撃を受けてしまったベアクロウは、慌てて暗闇の中に消えていったが、その判断はあまりにも遅い。

 フェイルノートが再び放った矢は暗闇に吸い込まれ、ベアクロウの断末魔の悲鳴が静かな森に響いたのだった。


「確認してきまーす……」


 小さくても……やっぱり頼りになるなぁ。

 初めての野営は、彼女のおかげで安心して眠ることが出来たのだった。

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