第18話 歪み

 

 町に戻ったのはいいが、襲われた人達の状態はかなり深刻だった。

 身体中傷だらけなうえ、蒸し焼きにされたせいで火傷が酷い。

 特に酷かったのが親方だった。


 周りからは慕われていたし、俺以外には面倒見のいい人だったのは知っていた。

 だからきっとみんなを庇ったのだろう。

 ひょっとすると彼本来の面倒見のいい性格が僅かに顔を出し、憎しみに全てを任せずに俺を雇ってくれたのかもしれない。


 その時親方が不意に目を覚まし、俺の顔を見つけると弱々しく口を開いた。


「ロ、ロードくん……」


「親方……! 大丈夫じゃ……ないですよね」


「ははは……こりゃ天罰だよ……君に……酷いことして……きっとそれの……」


「親方……喋らないで下さい。きっと大丈夫ですから……」


「すまねぇロードくん……すまねぇっ……みんなにも話した……みんな君にっ……謝りたいって……!」


「親方……」


 これだけの騒ぎになった為、多くの町の人が集まり事態を見守っていた。

 中には俺に対し何か言っている人もいるが、今はそんなことどうでもいい。


「回復魔法が追いつかないです……どうしたら……」


 エリーを含む町にいる数名の回復魔法使いが治療に当たっていたが、とてもじゃないが間に合いそうにない。

 何か俺に出来ることはないのか?

 エクスカリバーなら事象を……ダメだ魔力が足りない。

 数人ならなんとかなるが、これだけ多くては無理だ。

 あ、そうか……!


「ガガンさんこれ使えませんか?」


「こりゃ……ヤハン草か! そうか、受けた依頼ははこいつの採取だったな。だがこれだけじゃ……」


 見つけてきたのは依頼にあった3本のみ。

 これだけではまるで足りないのは分かっていた。

 でも、彼の力を借りればいい。


「大丈夫です。俺がなんとか……」


「おい! なんで無能がいんだよ! 邪魔だから消えろ!」


「ガガンさんなんで無能なんかと話してるんですか……? そんな奴さっさとどかして下さいよ!」


 この状況でも俺に憎しみを向けるのか。

 本当に……ふざけた世界にしてくれたもんだ。


 昼間ガガンさんと戦った時にいた人達は、俺が無能じゃないことに気づき始めていた様子だったが、あの場にいた人はさほど多くない。

 大多数の人にとって俺は未だに無能だった。


「てめぇらの目は節穴か! いや、俺が言えた義理じゃねぇのは分かってる……でもロードがいなけりゃこいつらを町に戻すことすら……!」


「ガガンさん今はいいです。時間がない」


「しかし……!」


 尚も俺に対する罵声は続いていたがそんなものは無視だ。


「俺は大丈夫です。頼むよカドゥケウス」


 手帳からカドゥケウスを抜き生命を与える。

 その様子を見て、周りで騒いでいた人達はようやく静かになった。

 これで集中できそうだ。


 再び現れたカドゥケウスは俺達の話を聞いていたのだろう、既に状況を理解してくれていた。


「ロード様、ヤハン草をここに」


「任せたカドゥケウス」


 カドゥケウスにヤハン草を渡すと、彼はそれを地面に置き、杖をくるっと逆さに持ち替えた。


「我が名はカドゥケウス。因果を逆転させる女神の杖なり。我が主人あるじの命に従い、大なるものを小へ、小なるものを大へと転じよう」


 コンッとカドゥケウスが杖でヤハン草を叩くと、ヤハン草が見る見るうちに増えていく。


「お……おお……! これはいったい……」


「俺の魔法は生命魔法。物質に命を与える魔法なんです。力に目覚め、やっと使えるようになりました。彼はカドゥケウス。伝説の杖で、これは彼の力です」


「そ、そんなことが……」


 周りの人達はただただ事態を見守り、もはや俺に罵声を浴びせる者はいなくなった。

 みんな一様に申し訳なさそうな、それでいて信じられない様な複雑な表情をしている。


 俺と関わりがあまり深くないからだろうか、取り乱したりする人はおらず、ただ静かに俺を見つめていた。

 関係が近ければ近い程に憎しみが深くなり、認めたくないと混乱するのか、それともその人本来の性格が影響しているのかは分からないが、今は静かに見守ってくれていればそれでいい。


 増えに増えたヤハン草は俺と同じ高さにまで膨らんでいた。

 これなら十分に足りるだろう。


「よし! みんな手伝ってくれ!」


 ガガンさんの声で我に返ったかのように、みんな一斉に動き始めた。

 ヤハン草を擦り、水を加えて練ったものを負傷者に塗りつけていく。

 すると傷は見る見るうちに塞がっていき、負傷者達の荒かった呼吸か静かな寝息へと変わる頃、俺に向けて感謝の言葉、それと……謝罪の言葉が一斉に飛び交った。


「俺達は君を……すまないっ……! 許してくれなんて言えないが……本当にすまない!」


「ロードくん……うちの旦那を助けてくれてありがとう……そして、今まで本当にごめんなさい……」


「申し訳ない……俺は君に……本当に申し訳ない!」


「ありがとうございます……ありがとうございます……そしてごめんなさい……」


 みんな泣きながら感謝と謝罪を繰り返していた。

 人は分かり合える……俺の力なら仕返しも出来ただろう。

 だが……この光景は……。

 俺はただ、嬉しくて泣いた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「おい、キャシー。首都ニーベルグまで後どんくらいだ?」


「そうねぇ……3日くらいかしら」


「まーだそんなにあるのかよー! 馬車がありゃなぁ……」


 彼ら5人が住み慣れた故郷であるイストを離れてから約2週間が経とうとしている。

 彼らは冒険者としてひと旗揚げるべく、首都ニーベルグに向けて旅を続けていた。


 リーダー格の風魔法使いであるフウロは、キャシーからまだ3日かかると聞いてベッドに仰向けで寝転んだ。

 これまでの道中でいくつかの依頼をこなし、ある程度の金は得ていたが馬車を買うにはまるで足りない。


「ちっ……あの無能から少しでも金を巻き上げときゃよかったな」


 道端に投げ捨てたゴールドを拾うロードに、風魔法をぶつけた張本人がフウロである。

 彼はあの時、最初からああするつもりでロードにゴールドを出す様に要求していた。

 あれがあればここの宿代くらいは払えたのだろうが、彼は目先の憎悪に駆られ、あの様な非道な行為に及んだのであった。


「フウロは昔っからロードが嫌いだったもんなー」


「そりゃお前もだろダン。いっつもあいつを切り裂きたいって言ってたじゃねーか」


「まぁな。あいつが無能になる前から嫌いだったもん。顔がいいからって調子にのりやがってさ。スカイなんか万引きされたのチクられてよー最悪だったよな」


「ああ、あの時は親に散々しかられたよ。思い出したら腹立ってきた。あの野郎ぶっ殺してやる」


「ま、アスナが殺したみたいだからもう無理だけどな」


 宿屋の一室で彼らはゲラゲラと笑う。

 アスナが旅立つ日に、彼らはアスナから嬉しそうにロードが死んだかもしれないと聞かされていた。


「いい子ちゃんぶりやがってよぉ。遊んでやった時さ、あいつをうまく無視したりしてたけど、お人好しだから気づかねーんだよな。それも腹立ったわ」


「ダンそれな! 鈍いのかアホなのかしらねーが、全然気づかないのがイラついたわ。あいつが無能になった時は嬉しかったぜ……! なんせ世界公認で馬鹿に出来たんだからな! あー、俺も思い出したらもっとやりたくなってきた。生き返ってくれー無能ー!」


「アハハ! 私もなんかしとけばよかったなー。親から関わるなって言われちゃってさー」


「あープルルの親厳しいもんな。ま、もう死んじまったもんは仕方ねーよ。そんなことより早く首都ニーベルグに行って依頼を受けまくろう。でさ、勇者になるんだ。俺ら割と強いじゃん?」


 フウロがそう言うように、彼らには確かに才能がある。

 これまで彼らがこなした依頼の中には、初心者が簡単に達成出来るものではないものも含まれていた。

 優秀な魔法をそれぞれが得ており、魔力量も平均より高い。

 彼らは所謂いわゆる有望株であった。


「勇者かー……あたし達ならなれるよきっと!」


「よっしゃ! あ、そうだ。あのお人好しで思い出したけど、これから無能を見つけたらいたぶろうぜ。憂さ晴らしにさ」


「賛成ー! つーか、死んでもいいし、魔法の実験台にしようよ!」


「名案だキャシー。優秀な俺達の役に立てるんだから無能も喜ぶよ。じゃ、今日はもう寝ようぜ」


「おやすみー!」


 人は誰しも心に闇を持つ。

 大多数の人はそれを抑え込んで生きている。

 もちろん中には闇など抱えていない者や、それを意識していない者もいるだろう。

 だが、たがが外れている者は少なからずいた。


 欲望を憎悪を憤怒を嫉妬を侮蔑を嘲笑を。

 持って生まれた魂が抑え込むことを許さない。

 世界はあまりに残酷で、慈愛の心を持たない者がどこにでもいるのだった。


 彼らは優秀な冒険者になり得るだろう。

 そこに性格や思想は意味をなさない。


 彼らは高みを目指すだろう。

 そこに幼稚で愚かな思想は含まれない。


 彼らは無能を蔑むだろう。

 そこに世界の関与は関係ない。


 彼らは変わらないだろう。

 最初から歪んでいるのだから。

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