第17話 アイギス

 

 戻った頃にはすっかり暗くなり、町には明かりが灯っていた。

 町の入り口からギルドに向けて歩いていると、なんだか町が騒がしい。

 普段なら俺を嫌な顔で見る町の人達は、俺には目もくれず大慌てで走り回っていた。


「何かあったのかな」


「みたいですね。とりあえずギルドに行かれますか?」


「そうだな。依頼の報告もあるし、ガガンさんに聞いてみよう」


 ギルドに着くと、ガガンさんが尻を押さえながら必死に指示を出していた。

 やはり何かあったようだ。


「ガガンさーん!」


 俺の声に反応したガガンさんは、すぐに俺達の下に駆け寄ってきた。

 かなり慌てている様子で、あの時の様に頭から玉の様な汗が噴き出している。


「いいところに来てくれた! 実は町の近くの開墾現場に魔物が大量に現れてな……今からそこへ向かうところだったんだ」


 開墾現場って……親方達がいる所に?

 確かにあそこで魔物を見かけることはあったが、あまり強くない魔物がたまに現れる程度だった筈だ。


「開墾現場から命からがら助けを呼びに来た奴がいてな。それで気づくことが出来たんだが……かなりまずいことに相手はウォーウルフだ」


戦争狼ウォーウルフ!? なんでこんなところに……」


 ウォーウルフは別名戦争狼といい、大集団で狩りをする魔物だ。

 強力な顎と牙、鋭い爪を武器とし、また口から炎を吐くことも特徴で、襲われた村や町は食い荒らされたうえに燃やされてしまう。

 まるで戦争の様に軍勢が押し寄せ、燃やされて何も残らない様が戦争狼ウォーウルフと呼ばれる所以ゆえんであった。


「もしかすると……グリンガザミから離れる為に移動したのかもしれませんね。方向的にも合ってます」


「なるほど、無駄な戦闘を避けたのかもな……とにかく急がないとこの町すら危ないぞ」


「ああ、そうなんだ……本来俺なんかが言える立場じゃないのは分かってる。この町にしてもそうだ。だが……」


「行きましょうガガンさん。話している時間が惜しい」


「お前……」


 俺の反応にガガンさんは少し驚いていた。

 まぁ、当然だろう。

 散々無能として酷い扱いを受けてきた俺が、そんなことはどうでもいいと言っているようなものだ。

 だが、俺はもう決めていた。


「俺は俺の信じた道を行きます。ところでガガンさん……その尻で走れますか?」


「……お前かっこよすぎだよ。行けるぜ! エリー! 俺達は先に行くから冒険者達を集めて来てくれ!」


「は、はいっ!」


「道はよく知ってますからついて来て下さい!」


「おう!」


 1ヶ月ぶりの仕事場か。

 みんな無事だといいが……。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 辿り着いた開墾現場は酷い有り様だった。

 仮設の宿舎や倉庫は燃やされ、まさに戦争でも起きたかのようだ。

 開墾予定だった森にまで火の手が及び、辺りを赤い光が照らしている。


「くそっ! 遅かったか……!」


「ガガンさんあれ!」


 開墾現場の最前線に土で作られた大きなドームが見える。

 それを取り囲むように大量のウォーウルフ達がおり、土のドームを破壊しようと火を吐いていた。

 少なくとも100匹はいる……。


「ありゃぁ……ダックスの土魔法か! なんとか防いでいるみたいだが、あのままじゃ蒸し焼きにされちまう!」


 なんとかあのドームを守らないと……!

 俺は手帳を開く。

 この人ならあの炎を防げる筈だ。

 雷すら受け止めると言われたこの盾なら。


「頼むアイギス!」


 手帳から金色に縁取りされた白い盾が現れる。

 形はよく見かける楕円形の盾だが、金の縁取りは雲を連想させるような装飾をされ、盾の中心には女性の目を思わせる絵が描かれていた。


 俺の腕をすっぽり覆う程の大きさだったが、やはり重さは感じない。

 武芸百般が発動しているのは盾も武器になるということか? 

 とりあえず今は考えている暇はない。


「いけますよロード様。詳しい説明は省きます」


「よし!」


 俺が生命魔法をかけると、その魔力に反応したのかウォーウルフ達がこちらに気づき遠吠えを始める。

 その遠吠えを合図に、火を吐き続けるウォーウルフを残して半数が俺達目掛けて走り出した。


「ロード様はそのままで。私とガガン様で相手をします」


「何やってんのか分からねぇが任せろ!」


「はい!」


 レヴィとガガンさんは俺の前に立ち、ウォーウルフを迎え撃つ態勢を取る。

 あっという間に眼前まで迫ったウォーウルフが、レヴィとガガンさんに次々飛び掛かった。


「ギルドマスターを……舐めんなぁッ!」


 ガガンさんは既に振りかぶっていた大剣を振り抜いた。

 筋力強化魔法を纏ったガガンさんの一振りで、3匹のウォーウルフが血飛沫をあげて肉塊と化す。


 一方のレヴィは、飛び掛かるウォーウルフを拳で殴り飛ばし、火を吐こうとするウォーウルフの口を見えない鎖で塞いでいた。

 次々に襲い掛かるが、レヴィの肉体と魔術の前に全く歯が立たないようだ。


 魔力を注ぎ終えると、アイギスが宙に浮き白い光を放ち出す。

 徐々に人型を為したその姿は……女性だった。

 白い髪は肩まで届かない程度に切り揃えられ、その肌も透き通る様に白い。

 身長はあまり高くなく、顔からは少し幼さを感じる。


 そんな顔には似合わない重装甲の白い鎧を身につけた彼女が大地に降り立つと、重みからかズンッと音がした。

 顔が小さいので鎧が更に大きく見える。

 彼女は周りの状況を確認した後、その赤い瞳で俺を見た。


「どうやら……喜ぶ暇もご挨拶している暇もないみたいですねぇ。マスター、ご命令をどうぞー!」


 確かに挨拶している暇はない。

 いきなりで悪いが、アイギスには後でしっかり礼を言おう。


「あの土のドームを守って欲しいんだ!」


「りょーかい!」


 アイギスはそう言うと、自身そのものである盾を地面に突き刺し力を込めた。


「我が名はアイギス! 神のいかずちさえ防ぎ切る不可侵の盾なり! 破れるものなら破ってみろぉ! おりゃあっ!」


 彼女が盾を内側から弾くと、土のドームの周りに半透明の白い防壁が現れた。

 白い防壁はウォーウルフの炎を一切寄せ付けず、爪や牙での攻撃にもビクともしない。


「わはははは! どーだ見たかぁ!」


 さすがは神の盾だ。

 にしても随分と可愛らしい声をしているな。

 おっと、俺も戦わないと……!


「頼むブリューナク!」


 鮮やかな橙色だいだいいろの槍を引き抜き、土のドームを囲むウォーウルフに向けて大地を蹴った。


「うおっ!?」


 数十メートルはあった距離を一瞬で駆け抜け、一番手前にいたウォーウルフをブリューナクで貫いた。

 あまりの速さに自分ですら驚いてしまう。

 これがブリューナクの雷速か……!


「マスター速すぎですよー!」


 のっしのっしとこちらに向け走るアイギス。

 あれだけの重装甲だ。どうやら走るのは苦手らしい。


 俺が彼女に気を取られたところでウォーウルフが一斉に襲い掛かってくるが、武芸百般とブリューナクを持つ俺には余裕があり過ぎる相手だった。


「ふんっ!」


 ブリューナクでウォーウルフを一突きすると、周りにいる他のウォーウルフにまで槍の切っ先が伸びる。

 これが同時に5匹の魔物を屠ったというブリューナクの力。

 更に雷速を得た俺に、ウォーウルフは全くついてこれていない。


「おりゃおりゃあ!」


 ようやく追いついたアイギスがウォーウルフを盾でぶん殴っている。

 やっぱり盾って武器なんだ……。


 俺は回転するようにブリューナクを振り回し、ウォーウルフを次々に駆逐していく。

 まるで長年使い込んだ道具の様に、身体が自然に動いていた。


 片手で槍を回しながら、襲い来るウォーウルフをなぎ払っていくと、あと数匹となったウォーウルフが文字通り尻尾を巻いて逃げ出し始めた。

 ここで逃してしまうと、いずれまた仲間を集めてやって来る可能性がある。


「いけっ! 灼熱の槍ブリューナク!」


 投げつけた灼熱の槍ブリューナクは雷と炎をその身に纏い、必死に逃げるウォーウルフ達を貫いたのだった。



 ―――――――――――――――――――



「おいダックス! 俺だ! ガガンだ!」


 ガガンさんが中に呼び掛けるが応答がない。

 まずいなこれは……。


「ちょっと失礼しますっ!」


 ドンッとレヴィが土のドームを殴りつけ、穴を開けてくれた。

 急いで中を覗き込むと、中には作業員が20人程ぎっちりと収まっている。

 どうやらみんな意識を失っている様だ。


「まずい……急いで町まで運ばないと!」


「ガガン様ー! 連れてきましたよー!」


「ナイスタイミングだエリー!」


 遠くから現れたエリーは、冒険者達を連れて来てくれたようだ。

 俺達は手分けして負傷者を担ぎ、急いで町に戻っていった。

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