第16話 ブリューナク
俺はブリューナクのページを開く。
グリンガザミは遠く、木々の間を巨体を揺らしながら歩いている。普通のカニとは違い、こちらに背を向けて真っ直ぐ移動していた。
よし、今のうちだな。
「頼む、ブリューナク」
手帳から先端が5つに分かれた槍が現れる。
5つの切っ先は階段状になっており、そのどれもが鋭く長い。
切っ先は銀、
「かっこいいなぁ……」
「読みますよ?」
「あ、はい」
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ブリューナク 雷炎の槍
神が創生した伝説の槍。
かつて武勇を誇った英雄ルーが所持した武器の一つ。
1回の攻撃で、5体の強力な魔物を屠ったという伝説をもつ。
また、投げつければ灼熱の槍となり、所有者の眼前に立ち塞がる全てを貫いた。
その速さは雷速を凌駕し、持ち主に驚異的な速さをもたらす。
海が苦手。
武器ランク:【SSS】
能力ランク:【SS】
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「重量は問題ないですね。いけますよ」
「海が苦手……? まぁとりあえず……」
ブリューナクに魔力を込めると、橙色の光の中で徐々に形を成していく。
スラリと長い足を大地に下ろし、スッと立ち上がったのは……男性だった。
橙色を基調とした軍服の様な服を身に纏い、赤や黄色の装飾がところどころに施されている。それはそれぞれ炎や雷を連想させるものだった。
細身だが身長が高く、185センチ程はあるように見える。
赤い前髪の間から見える目は鋭く、その金色の瞳と目が合うと、彼はスッと跪いた。
「お初に。我が
あれ……あんまり驚いてもないし喜んでもいないな。
慕ってくれているようで嬉しいけど。
「よろしくお願いします。あの……冷静ですねブリューナクさん」
「敬語も敬称も不要です。何なりとご命令を」
またえらく違ったタイプの人が出てきたな。
だが、凄く頼りになりそうだ。
「じゃあ……ありがとうブリューナク。早速で悪いんだけどあのグリンガザミを……」
その時ブリューナクの鋭い眉がピクッと動いた。
「ガザミ……ですと?」
「ああ、あのカニみたいな……」
ブワッとブリューナクから大量の汗が流れ出す。
表情はそのままだったが、何やら焦っているということは分かる。
「あ、
「初めましてブリューナク様。私はレヴィと申します。グリンガザミは川にいる魔物なのです。恐らく近くに川が流れているかと。ちなみに陸も普通に歩きます」
「し、しかし……カニはちょっと……こわ……」
「え? ひょっとして……カニが嫌いなのか?」
「いえ、あの……海が……嫌いでして」
まさかカニから海を連想したのか?
というかそれ程までに海が嫌いなんだな……。
無理をさせるのは忍びないし、また別の機会にするか。
「なら、他の人に……」
「い、いやっ! やりますやれますやらせて下さい!」
ずいっと身体を俺に寄せながらブリューナクが凄む。
そ、そんなに必死にならなくても……。
「あ、ありがとう。なら任せるよ。んじゃ、来てくれエクスカリバー」
俺は手帳からエクスカリバーを抜く。
これで準備は整ったな。
「よし、行くか……初めて魔物と戦うけど大丈夫かな」
「まぁロード様なら大丈夫かと。それに私やブリューナク様がおりますから」
「お、お任せあれ」
汗をダラダラかきながらも表情は崩さない。
大丈夫かな……ブリューナク。
「グリンガザミは体に草を纏っています。ヤハン草を傷つけない様に注意しましょう」
「ブリューナク、虹色の草は避けてくれ」
「しょ、承知ちました」
なんか可愛く噛んでるが本当に大丈夫かな……。
俺達はグリンガザミに気づかれない様に背後から慎重に迫る。
倒すのは簡単かもしれないが、ヤハン草を纏っているかもしれない以上迂闊に攻撃は出来ない。
近寄るとその大きさがよく分かった。
高さは3メートルといったところか。右のハサミだけ異常に大きい。
逆に左はかなり小さい。恐らくあのハサミを使って器用に草を纏うのだろう。
「背中には無いみたいだな。となると前方か下か」
「とりあえず右のハサミを切断しましょう。あれがなくなれば恐るるに足りません」
「よし、ブリューナクいけるか?」
「カニだぁ……海っぽいぃ……」
ブ、ブリューナクっ……!?
先程までの無表情は何処へ……てか口調……。
……仕方がない、俺がやろう。
「レヴィ、グリンガザミの気を引いてくれ。油断したところで右を落とす。エクスカリバーの力でな」
「かしこまりました。では」
レヴィが大地を蹴り、空高く飛び上がる。
やはり肉体の強さは俺より上のようだ。
グリンガザミの頭上を軽く飛び越えたレヴィは、スカートがめくれないように片手で押さえ、空中でくるんっと一回転してグリンガザミの目の前に着地した。
いきなり現れたレヴィに対し、グリンガザミは即座に右のハサミを振り上げた。
今回の場合は気性が荒いことも理由の一つかもしれないが、魔物は本能的に人、というより魔力を持つものに襲い掛かる。
魔物も魔力を持っているのだが、同族だと理解しているのか魔物が魔物を捕食することはない。
ただ今回の様に気が立っていたり、縄張り争いなどで魔物同士が争うことは稀にある。
その辺りは人間と変わらない訳だ。
普段はそれぞれ魚や動物、草や鉱石など魔物独自の好物を食べるのだが、彼らにとって最大のご馳走が"魔力を含んだもの"だ。
魔物は魔力を含むものを食べれば食べるだけ、その力を吸収し強くなるという性質を持つ。
魔族であるレヴィに対しても魔物が攻撃を加えようとしていることから分かるように、これは本能と言えるだろう。
通常魔物は魔族に従う使い魔のような存在であるが、魔族といえど配下にした魔物でなければ関係なく襲われるらしい。
レヴィが止めないということは、右のハサミにヤハン草はないのだろう。
大きな右のハサミが振り上げられた瞬間を狙い、腕の関節に狙いを定めた。
俺が力を込めると、白銀の剣身が輝きを放ち出す。
エクスカリバーの能力の一つ、飛ぶ斬撃。
そのイメージが頭の中に流れ込み、出来ることが当たり前のように俺はそれを放った。
「いっ……けぇっ!」
まるで三日月を思わせるような光の斬撃が宙を飛ぶ。
次の瞬間には巨大なハサミが宙を舞っていた。
水平になぎ払うように繰り出した光の斬撃は、十数メートル離れたグリンガザミの右手をいとも簡単に切断し、尚勢いは衰えず森の木々を切り裂いていく。
「さすがはエクスカリバー……!」
「ギギィッ!?」
グリンガザミは突如自身の武器を失ったことで混乱しているようだ。
動きが止まり、慌てふためいているのが分かる。
「お見事です。では私も」
レヴィが右手に魔力を集中すると、目に見える程に凝縮された高密度の魔力の塊を作り出した。
レヴィはそれを勢いよくグリンガザミの顔面に解き放つ。
ドンっという激しい音とともにグリンガザミの体が浮き上がった。
レヴィの一撃は巨体を軽々吹き飛ばし、グリンガザミは空中でひっくり返りながら地面に落下しようとしている。
ひっくり返ったことで、背後にいた俺にも見えた顔面は粉々に砕けており、堅牢に思えた甲殻はもはや見る影もない。
そしてその上空に、槍を構えたブリューナクがいた。
「いつの間に……!」
まさに雷速。
先程まで隣にいた筈のブリューナクは一瞬で空へと駆け上がり、右手に自身である雷槍を構えていた。
「我が名はブリューナク。全てを貫く灼熱の槍なり。我が
刹那放たれた灼熱の槍は、凄まじい衝撃波を放ちながらグリンガザミを貫き地面を砕く。
少し離れた俺にまでその衝撃波が届いた。
「ぐっ! 凄い……これがブリューナクの……!」
スタッと地面に着地したブリューナクは、灼熱の槍に貫かれ、地面に押し潰されたグリンガザミをじっと見つめる。
「き、気持ち悪い……」
嫌悪より使命感が優ったんだな……お疲れ様。
だが……ちょっとやり過ぎだ。
「ブリューナクありがとう。でもこれ……」
「ヤハン草は無事ですかね……」
「はっ!? も、申し訳ございません……加減はしたのですが……」
これで加減したのか……。
とにかく探してみよう。
草が幾重にも纏わり付いている体を丁寧に調べ、余計な草を剥がしていく。
あの衝撃でも剥がれなかったのは、口から出す泡に粘着成分があるのだとレヴィが教えてくれた。
ブリューナクは俺が引き抜いた槍を見ながら何やらブツブツ言っている。よっぽど嫌いなんだな。
「む、ありました! ロード様これでは?」
レヴィが虹色の美しい草を掲げ、笑顔で俺に見せてきた。
「おお! これだこれ! 必要数は足りているみたいだな。よかった……」
背後にいるブリューナクから安堵の吐息が漏れる。
ブリューナクには今度から海を連想させることは頼まないようにしよう。
可哀想だし。
「ありがとなブリューナク。おかげでスムーズにいったよ」
「いえ、情けない姿をお見せして申し訳ございません。次はもっと頼られる様に……」
「いやいや十分だよ。あ、ブリューナクは何か望みはあるかい? 出来る限り叶えてあげたいんだけど」
「ありがとうございます。ですが、身体を頂いただけでかなり満足しておりますので」
「そうか? まぁ、また何かあれば言ってくれ」
「ありがとうございます
「ああ、また頼むよブリューナク」
「無論です。では……」
ブリューナクから魔力を抜き、手元に戻った彼を手帳にしまった。
よし、帰るとするか。
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