第15話 カドゥケウス

 

「着きましたロード様。あの森の中ですね」


「町から歩いて2時間か……なかなか遠かったな」


 俺達はとりあえず採取の依頼を受け、町から離れたヤハンの森に来ていた。

 内容はヤハン草の採取。

 その名の通り、ヤハンの森にしかない稀少な薬草だ。

 なんでも煎じて塗るだけで、かなり酷い傷でも塞がってしまうらしい。


「で、群生地はこの森の奥だな?」


「はい、頂いた資料にはそう書いてありますね。ですが、かなり少ないらしいですよ」


「採取の依頼にしては報酬が高かったもんな。じゃ、仲間を増やすか」


 俺は黒い手帳のバルムンクのページを開いた。


「また頼むよバルムンク」


 ズッとつかが現れ、それを引き抜く。

 再び現れた黒い大剣に生命を与えようとした……が。


「あ……ダメだ出来ない」


「む、どうしました?」


「バルムンクは……俺より重いんだ」


「あ……」


 武芸百般で軽く持てたから勘違いしていた。

 本当は何キロあるんだろう。


「レヴィちょっと鑑定魔法で見てくれるかな?」


「はい、既に見ています。では、読み上げますね」


 さすが優秀なメイドさんだ。

 頼りになる。



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 バルムンク 破竜剣


 神が創った伝説の大剣。

 英雄ジークフリートが使用したことで知られる。


 ジークフリートは竜を狩るのが得意であったが、それはバルムンクによる力が大きい。

 それはバルムンクに竜の鱗を必ず切断するという刻印ルーンが刻まれているからに他ならない。

 それ故に"竜殺しのつるぎ"と呼ばれる。


 ただし、雷に弱いという弱点を持つ。


 武器ランク:【SS】

 能力ランク:【SS】



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「重さは140キロ……よく片手で持てますね」


「そんなに重いのか……」


 じゃあダメだな……可哀想だけど、俺が成長したらまた生命を与えてみよう。

 バルムンクを手帳に戻す際、グスンと鼻をすする音が聞こえた気がした。

 ……本当にごめんね。


「じゃあこっちにしよう。頼むよカドゥケウス」


 手帳から2匹の蛇の像が絡みついた金色の杖が現れる。

 杖の上部分には白い羽根の装飾がなされており、先端には赤くて大きな宝石が付いていた。


「名前は聞いたことがあるが……」


「あ、読み上げますか?」


「ああ、頼むよ」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 カドゥケウス 因果逆転の杖


 女神が創った奇跡を可能にする杖。

 女神ヘルメスが常に用いていたが、仲違いの末、地上に捨てられた。


 持ち主に商業の成功をもたらす。


 因果を逆転させる力を持ち、制限はあるが少ないものを増やしたり、物質の大きさを逆転する事が可能。


 武器ランク:【SS】

 能力ランク:【SS】



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「軽いですね。5キロほどです」


「いやそれよりも……女神に捨てられたのかカドゥケウス……」


「みたいですね。まぁ呼んでみましょう」


「よし……」


 カドゥケウスに生命を与えると、ふわりと浮かんだカドゥケウスが赤い光を放つ。

 エクスカリバーのようにだんだんと人型になったそれが、土の上に降り立った。


 鎧ではなくローブを着ており、背は俺と同じくらいだ。

 そして現れたカドゥケウスは……男性だった。

 目を開くと、エクスカリバーの様に驚いた後、喜びを爆発させていた。


「おおっ! す、素晴らしい! これが肉体っ! 空気が美味しい……これ言ってみたかったぁー!」


 テンション高いな……!

 そんな中、レヴィは既に手鏡を取り出している。

 ……どっから出したのそれ!?


 再びカドゥケウスに視線を戻すと、彼は木の匂いや土の匂いを嗅いでいた。

 気持ちはなんとなく分かるが……。

 と、とりあえず話しかけてみよう。


「あのー……」


「あ! す、すいません。興奮しちゃいまして……僕はカドゥケウス。よろしくお願いしますね。あ、エクスカリバーと同じで敬語はいりません。私はそうですね……ロード様と呼ばせてもらっても?」


「あ、ありがとうカドゥケウス。もちろん構わないよ」


「はい! お任せ下さいロード様。いやぁ嬉しいなぁ……あ、君はレヴィだね、よろしく」


「カドゥケウス様よろしくお願いします。こちらをどうぞ」


「おーありがとう! あ、本当に想像通りだ」


 かなり早口なことからも興奮しているのが分かる。

 これだけ喜んで貰えたらやはり嬉しいな。


 彼はブロンドの髪と瞳で、金色の刺繍がなされたフード付きの赤いローブを着ていた。

 そして手には、自身であるカドゥケウスを持っている。

 笑顔が爽やかな好青年といった印象だ。

 エクスカリバーとは違い、俺達の言葉遣いとあまり変わらない。


「じゃあ森の奥に行こう。ヤハン草探しを手伝って欲しいんだ」


「わかりました。で、ロード様に一つだけご忠告を。女性に"重い"は禁句です。バルムンクに今度謝ってあげて下さい……彼女泣いちゃったんで」


 え! バルムンクは女の人だったのか!

 ま、まずい事言っちゃったな……。


「い、今謝るよ!」


「あ、いえいえ! 生命を与えられる様になったらでいいかと。今はそっとしておきましょう……」


「そ、そうか……ごめんなバルムンク……必ず君にも生命を与えられる様になるから……」


「ふふ、やはりお優しい方ですね。力を貸したくなるお人柄です。僕を創ったあの方は……はぁ……」


 色々あったんだな……。

 聞いたら長くなりそうだ。


「そ、そう言ってもらえると嬉しいよ。じゃあ行こうか」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ない。

 全く見つからない。

 本当にあるのか怪しくなってしまうぐらいにない。

 あれから3時間……とうとう日が暮れてきてしまった。

 このままだと夜になってしまいそうだ。そうなれば益々見つけられなくなる。


「それにしてもおかしいですね……」


 草むらを掻き分けながら、レヴィがそう呟いた。


「ああ、こんなに見つからないとはな」


「いえ、それもそうですが、我々はまだ魔物と遭遇していません」


「そういえば……」


 今俺達がいる町イストは、5大国家の一つニーベルグに属している。

 ニーベルグは丸い形をした大陸の東に位置し、このヴァルハラの南東にある魔族の大陸インヘルム寄りだ。

 その為かドラゴンは少なく、魔物が多い傾向にある。

 と言ってもイストはニーベルグの中でも北に位置している為か、魔物の出現率自体は少なかった。


 それでもこういった森などには魔物がいてもおかしくはない。

 そもそも依頼を出されたのは、魔物が現れる可能性が高いというのが大きな理由の一つ。

 依頼者は戦闘が得意ではない人だったり、高齢だったりする場合がほとんどだ。


「ふむ、おかしいですねぇ。僕の所持者はお仕事が上手くいく筈なのですが」


「そうなのか? うーん、なんとか暗くなる前に見つけないと」


「……ロード様。噂をすればなんとやらです」


 レヴィにそう言われ、彼女の視線を追うと……いた。

 かなり遠くだが、大きな魔物が体を揺らしながら歩いている。


「なるほど謎が解けました。あれはグリンガザミ。体に草を装飾して求愛行動を取る性質があります。今グリンガザミは繁殖期で、非常に気性が荒くなっているようですね。他の魔物がいないのはグリンガザミから離れているからかもしれません。そしてヤハン草がないのは……」


「あいつらのお気に入りがヤハン草って訳か。資料で見たけど綺麗な草だもんな」


 根元から色が徐々に変わっていくヤハン草は、効能もさることながらまるで虹のように見た目も美しかった。

 確かに求愛にはぴったりかもしれない。


「カドゥケウスは……」


「あ、僕は頭脳派なんで戦えないです」


 そうなのか。

 伝説の武具達にも得手不得手があるみたいだ。


「分かった。じゃ、一旦戻ってもらおうかな」


「了解ですロード様! また呼んで下さいね」


「ああ、また力を貸してもらうよ」


「はい! では……」


 カドゥケウスから魔力を抜き、彼を手帳に戻した。

 なら次は……この人にしてみようかな。

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