第14話 天罰

 

 既に冒険者ギルドの前には騒ぎを聞きつけた通行人や野次馬による人集りが出来ていた。当たり前だがみんなガガンさんを応援している。

 そんな声援に応え、ガガンさんが大剣を振り回すと一際歓声が大きくなった。

 みんな無能の公開処刑が見たいのだろう。


 ガガンさんが自身に手を当てると、彼の身体が微かに光り出した。

 どうやら身体強化系の魔法をかけたみたいだ。

 筋力か俊敏性か防御なのかは分からないが、何にしろ一応注意しなければならない。


「がはは! 行くぞぉぉぉ!」


 強化魔法をかけ終わったガガンさんは右肩に大剣を担ぐと、雄叫びを上げながら俺に向けて駆け出した。


「オオラァ!」


 振りかぶった大剣を頭の真上から思いっきり振り下ろされる。

 それをバルムンクで軽く受け流し、そのまますり抜けるようにすれ違った。


「ぬあっ!?」


 予想外の出来事に驚いたガガンさんは、勢い余って地面に転がる。

 その瞬間、鳴り響いていた歓声が止んだ。

 手を挙げて歓声を送っていた観衆の動きもそのまま止まり、まるで時が止まったかのように誰も動かない。

 何が起きたのか理解出来ていないのだろう。


「ぐっ……なん……!?」


 止まった時の中でガガンさんだけが動き、ゆっくり振り返ったその顔は、驚きからか目が見開かれていた。

 それでもなんとか平静を保とうとしているようだ。


「な、なかなかやるじゃねぇか……! だ、だがっこれならどうだっ!」


 ガガンさんは立ち上がり、再び大剣を振りかぶる。

 今度は横からなぎ払う様に大剣を打ち込んできた。


「おるぅあ!」


 ガィンッと鳴り響いた金属音が虚しくこだまする。

 俺は右手に持ったバルムンクで、それを難なく受け止めることが出来た。

 ブルブルとガガンさんの大剣が震え、その顔はタコの様に真っ赤になっている。


 もちろん歓声はなく、観衆はただそれを呆然と見ていた。

 ガガンさんの赤くなった額と、スキンヘッドの頭部から大量の汗が噴き出し、焦りと戸惑いが見て取れる。

 恐らく彼にとっての全力を、俺が片手で受け止めたのだから無理もない。


「う、うぉぉぉ!」


 その後も必死に剣を振り回すガガンさんの攻撃を、その場から動かず全て片手に持ったバルムンクで受け切った。

 確かに多少腕力には自信があったが、スキルがなければ片手で受け止めることは出来なかっただろう。

 上下左右、必死の形相で剣を打ち込むガガンさんだが、段々と困惑と焦燥の表情が強くなっていく。


 やがてガガンさんの攻撃が止み、ゼェゼェと肩で息をしながら、手を膝について地面と話し始めた。


「馬鹿な……筋力強化魔法をかけて……いやかかってる……俺朝メシ……パン食べた……」


 この人も分かりやすく混乱しているみたいだ。

 さて、後は大剣を斬り裂いて……ん?


 その時彼の背後に不穏な影が見える。

 ぴょこぴょこと動いたそれは、ガガンさんに狙いを定めていた。


「あ……やば……!」


「え……?」


 大地を蹴って飛翔した鉄の剣君の一撃が、ガガンさんの尻に突き刺さったのだった。


「ギャァァァァァァァァァア!」



 ―――――――――――――――――――



「だ、大丈夫ですかガガンさん……」


「だ、大丈夫だ……」


 俺達はギルド内の医務室にいた。

 ベッドの上にうつ伏せで横になり、ガガンさんは治療を受けている。

 幸いというか何というか、鉄の剣君は右の臀部に突き刺さっていた。

 もう少し左だったら、ガガンさんにはおぞましい未来が待ち受けていたことだろう。


「いやー……全く歯が立たなかった……どうやら俺の目は節穴で、間違っていたのは俺らしい。痛みで目が覚めた。本当にすまん」


 ガガンさんとは一切関わりが無かったからだろうか。

 取り乱さず素直に俺を認めてくれていた。


「いいんです。分かって頂けたらそれで」


 っていうかごめんなさい……尻。


「もう俺のことはいいから登録してきてくれ。あ、なんでもするって言ったな俺……何がいい? 金でもなんでもいいぞ……詫びをさせてくれ」


「あ、じゃあ……名前で呼んでくれませんか?」


「名前で? そ、そんなんでいいのか?」


 親方やおばさんに名前を呼ばれた時、なんだかすごく嬉しかった。

 レヴィやクラウンさんの時も、名前で呼んでもらい嬉しかったが……今まで無能と呼ばれていた人達に、自分の名前を呼んでもらうとまた違った喜びがあった。


「はい、お願いします」


「寝転がったままで悪いが……本当にすまなかった。ロード」


「ありがとうございます。それだけで十分です」


「あーなんか人間としてもぼろ負けした気分だぜ! がはははは!」



 ―――――――――――――――――――



 ギルドの受付で必要な書類に色々記入していった。

 ここで登録しておけば他の町でも冒険者としての活動が認められる。


「お、お連れの方もご記入をお願いします」


「あ、私もですか。分かりました」


「あの……ロ、ロードさん……2人パーティでいいんですよね?」


「はい、お願いします」


 先程から彼女はなんだか申し訳なさそうにしている。

 俺はもう気にしていないが、彼女からすれば当たり前かもしれない。

 そう思っていた矢先、彼女が急に頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「あ、あの……失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした! 私知らなくて……」


「別に気にしてないですよ」


 ガガンさんもそうだが彼女とも初対面だ。

 ガガンさんはギルドマスターだから名前と風貌を知っていただけで、話したのは今回が初めてだった。

 向こうが俺を知っていても、俺が知らない人は割と多い。


「すいません……! あ、あと敬語は使わなくて大丈夫です! 私はエリーといいます! 今後ともよろしくお願いします!」


 そう言って彼女は再度深々と頭を下げた。


「じゃあ遠慮なく……ありがとうエリー。こっちこそよろしく。で、これでいいかな?」


 彼女の顔がぱぁっと明るくなる。

 うん、やっぱり分かり合えるって嬉しい。


「はい! えーっと……あ、職業欄が抜けてますね。ロードさんどうします?」


「あ、職業か……」


 冒険者は皆自分の職業を自分で決めてギルドに登録する。

 まぁ肩書きみたいなものだ。

 大体は自分の魔法や得意なことから付ける人が多い。


 冒険者として有名になると、依頼を受けてほしいと指名されることもある。

 そんな時、依頼者は冒険者の職業で決めるケースも少なくない。

 例えば貴重な鉱石が欲しかった場合、"掘り師"と呼ばれる職業に依頼をする、といった具合だ。

 さて、俺は何にしようかな。


「出来ました。これでいいですか?」


 レヴィはもう書いてしまったようだ。

 職業は……大体想像つくな。


「はい! 職業はメイド……」


 やっぱりな。


「ダメなのですか?」


「いえいえ! 基本的に自由ですから。卑猥な名前はダメですが……」


 どこにでもそういった馬鹿はいるらしい。

 エリーなどの受付嬢が読むのを見て興奮するんだろう。

 全く理解出来ないが。


「ロード様、お決まりになりましたか?」


「うーん……どうしようかな……」


「ふむ……生命魔法は認知されてないですしね。自分の力を表す名前がよろしいかと」


「そうですね。依頼者によっては職業で決める方もいますから。でも、特にこだわりがなければ普通に騎士とかでも構いませんよ」


「じゃあ……こうしようかな」


 職業欄に書いた名前をエリーに見せる。

 彼女はそれを見て小首を傾げた。


「えーっと……"召喚騎士"ですか?」


「うん、生命魔法は召喚みたいなもんだし、あとは騎士みたいになんでも武器を使えるからな。これでいこう」


「素晴らしいお名前です。ロード様にピッタリかと」


「分かりました。ではこれで登録完了です! これからよろしくお願いします!」


 よし、まずは第一歩だ。

 早速何か依頼を受けてみようかな。

 あ、そうだ。バルムンクに生命を与えてみよう。

 今度はどんな人なんだろう。

 なんか……楽しくなってきたな。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「邪魔だこの無能! 店の前で寝てんじゃねぇよ!」


「あっ……すいませんすいません! どきますから! どきますから蹴らないでっ……」


「ちっ……さっさと消えろ! 無能がうつるだろうが!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」


 蹴ることないでしょクソ野郎が……。

 死ねばいいのに……!


 私は急いでその場を離れた。

 と言っても行く場所などない。

 生まれた町に帰ろうにもここからは離れすぎている。

 お金もなく、魔法を失った私にはもうどうすることも出来ない。

 それを考えてしまうと、一気に悲しみが押し寄せてくる。


 涙はもうずっと流し続けた。

 でも、後から後から勝手に溢れてくる。

 涙って枯れないんだなって知った。


「なんで……なんでこんなことに……ひっく……なっちゃったのかなぁ……うっうっ……」


 ロードもこんな気持ちだったのかなぁ……。

 これを3年間も……私は3週間でもう無理みたい。


「うっうっ……誰か……助けて……」


 きっと天罰が下ったんだ。

 あの日、わざと満面の笑みでロードに話した。

 勇者と行くんだと。

 勇者に選ばれたんだと。

 ロードがショックを受けるのを知ってて。


 夜、窓が開いていることにも気づいていた。

 そこが寝室なのも知ってる。

 お母さんがよくゴミを叩きつけていたから。

 聞こえちゃえばいいと思った。

 町のみんながロードを死ねばいいと思っていたから。

 私もその方がいいと思ってわざと大きな声を出した。


 翌朝ロードにもう一回言ってやろうと思って、扉を叩いたけどロードは出てこなかった。

 死んだかもしれないと思った。

 別にいいやって思った。

 むしろいいことをした……。


 あれ? 私さっき天罰って……?

 なんで私が天罰なんか受けなきゃいけないの?

 私は無能じゃない……魔法を失っただけだ!


 私がなんで……。

 なんでなんで憎いなんでなんで憎いなんでなんでなんでなんで憎いなんで憎いなんでなんでなんでなんで憎いなんで憎いなんでなんでなんで憎いなんでなんでなんで憎いなんで憎い憎い憎い憎いなんで憎いなんで憎い憎いなんで憎い憎い憎い憎い!

 なんで…………。

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