第13話 冒険者ギルド

 

 翌朝、俺達は隣の家の前にいた。

 昨日あんなことがあったばかりで出てきてくれるかは分からないが、意を決して扉を叩く。

 レヴィが不安げな顔をしていたので、クラウンさんが俺にしたようにポンと背中に手をやると、眉は下げたまま少しだけ笑ってくれた。

 俺よりもレヴィの方が辛いだろう。

 お願いだ……出てきてくれ……。


 すると返事はなかったが中から足音が聞こえ、ゆっくりと扉が動き出した。

 扉が開いていくにつれ、心臓の鼓動が早くなるのが分かる。

 俺達は意図せず同時に深呼吸をして、その瞬間に備えた。


 そうして開いた扉から、ゆっくりとおばさんが顔を覗かせた。憔悴しきった様子でひどく顔色が悪い。

 おばさんは俺達を見てかなり驚いていたが、扉を閉めることなく真っ直ぐこちらを見ている。

 その目は昨日の血走った目とは違い、なんだか優しい目をしているような気がした。


「あの……」


 俺は意を決して声を掛ける。


「ロ、ロードちゃん……」


 ロードちゃん……掠れて震えた声でそう言われ、かつてそんな風に呼ばれていたことを思い出す。

 昨日罵声を浴びせてきた声ではなく、昔アスナとよく遊んでいた頃に聞いた声だった。


 そうだった。

 この人は凄く優しい人だったのに、俺はそんなこともすっかり忘れていた。

 やっぱり俺自身にも何かしら影響があったのだろうか。

 関係性や人柄、思い出すら憎しみに塗り潰されてしまっていたのかもしれない。

 とにかく……話さないと。


「おばさん……昨日は……」


「ロードちゃんっ! ごめんなさいっ……!」


 おばさんは扉から出て、深く頭を下げる。

 肩を震わせ、鼻水をすする音と嗚咽を漏らしながら彼女はそう言った。

 掠れた声で、頭を下げた後もずっと呟くように謝っている。


 ああ……よかったと、そう思った。

 また罵倒されたり、逃げられたり、そもそも出てきてくれないかもしれないと考えていたから。


「おばさん……いいんです。こっちこそ昨日は……」


「おば様……申し訳ありません。私の自制心が足りず、あなたを傷つけてしまいました。本当に申し訳ありませんでした」


 そう言って頭を下げるレヴィをおばさんは慌てて止めた。


「違うの! 私が悪いのよ……あの後、ロードちゃんにずっと酷いことをしてきてしまったことに気づいたの……一晩中ずっと今までのことを後悔して、なんとか謝りたいと考えたわ。でも、どうしたらいいか分からなくて……許してなんかくれないと思うけど……本当にごめんなさい!」


「そう言ってもらえて……よかったです。もうそれで十分です……俺達もすいませんでした」


「ロードちゃんごめんなさい……本当に……ごめんなさいっ……!」


 やっぱりこっちの方がいい。

 仕返しじゃなく、分かってもらおう。

 それが俺のやり方だ。


 それにしても……気づく前は俺が辛く、気づいた後は相手が辛い。

 地獄じゃないかこんなの。

 絶対に変えなければ……なんとしても。



 ―――――――――――――――――――



 冒険者ギルド。


 この人間の住む大陸ヴァルハラには、魔物やドラゴンが豊かな大地を求めて頻繁に現れていた。

 それらはヴァルハラのいたる所に住み着き、人々の暮らしを脅かしている。


 そんな所謂いわゆるモンスター達を倒す為に結成されたのが冒険者ギルドである。

 各国にも優秀な人材はいるのだが、モンスターの数は多く、また各地に点在していることもあり、国単位では対応しきれなかった。


 その為、冒険者ギルドは一般の優秀な人材を集め、国では対応しきれない様々な依頼を受け付けている。

 モンスターの討伐はもちろん、貴重な素材の収集や、モンスターの出現率が高い危険地帯を通る荷物運び、モンスターの生態調査など、その内容は多岐に及ぶ。

 今では生活に欠かせない重要な組織として、世界各国各町に支部が存在する。


 その冒険者の中で最も優秀な者が勇者と呼ばれる。

 勇者は人々の希望であり、最強の戦力なのだ。

 冒険者ギルドは常に人材を求めている。

 ヴァルハラの平和を守る為に。



 ―――――――――――――――――――



 この町にも小さいが冒険者ギルドがある。

 とりあえず登録だけでもしようと、俺達は町の中心に向かって歩いていた。

 石畳の道の上を歩きながら周りを見る。

 やはり町の住民達は、俺のことをあまりいい目では見ていなかった。


「俺も無能じゃなかったら……ああなっていたのかなぁ」


 ふと思った疑問を口にする。

 子供の頃から無能の存在は知っていたし、悪いことをすると無能になるぞって言われたこともあった。

 まさか本当になるとは思ってもみなかったが。


「どうなんでしょう……でも今のところ誰も味方はいなかったんですよね?」


「いなかったなぁ……レヴィ達が最初だよ」


「んー、私とクラウン様は人里から離れていたからなのか、それとも長く生きていたからなのか……」


「ま、この話は一旦置いとくか。それよりギルドの反応が気になるな……」


「堂々としていればいいのですよ。魔法を見せてあげればいいのです」


「そうだな……レヴィ」


 登録さえ出来ればなんとかなる。

 後は波風を立てずに、依頼をこなしていけば勝手に認められるだろう。

 ま、無能だ何だと言われたら、 こいつに役立ってもらうか。



 ―――――――――――――――――――



「無能は冒険者になれません。お帰り下さい」


 だろうな。知ってましたよ。

 この町で俺を知らない人はいないからな。

 もちろん悪い意味で。


「じゃあ、これ見て下さい」


「は? 早く出て……」


 俺は腰にぶら下げてあった鉄の剣を抜き、魔力を込めた。

 昨日のように現れた鉄の剣君は、嬉しそうに飛び跳ねている。

 その度にギルドの床が傷ついていた。


「動いちゃダメ」


 ピタリと止まり、敬礼する鉄の剣君。

 可愛い。

 そんな彼を見て、受付嬢は分かりやすく混乱していた。


「あ、あ、あ、あなた……む、む、む、無能だったんじゃ……!?」


「力に目覚めたんです」


 そう言った方が分かりやすいしいいだろう。

 まぁ、嘘は言ってない。


「え、あ、そ、そんなことが!? え、えーっと……失礼致しましたっ!」


 ギルドの受付嬢は大慌てで書類を取り出し始めた。

 よしよし。

 なんとかなりそうだ。


「待て」


 その時受付の奥からぬっと大男が顔をだした。

 スキンヘッドを光らせ、背中には大剣を背負っているその大男が、この町のギルドマスターであるガガンさんだ。


「あ、ガガン様……」


「おい無能。貴様……どうやったかは知らんが、そんな手品で誤魔化せると思うなよ? 俺の目は節穴じゃねぇ」


 いや魔法……節穴……。


「ったく! おめぇも簡単に騙されてんじゃねぇ!」


「え、あ、はいっ! すいません!」


「いやあの……」


「痛い目みなきゃ分からねぇらしいな。面へ出やがれ無能!」


 のしのしと歩いてガガンさんは外へ出て行った。

 これはもうやるしかないかな……。

 よし、話を聞いてもらう為に、戦って認めてもらおう。

 既にガガンさんは剣を抜き、大剣をブンブンと振り回している。

 ならこっちも大剣でいくか。

 黒い手帳を取り出しページを捲る。

 開かれたページには黒い刃の大剣が描かれていた。


「なんだそれは……?」


「俺の仲間ですよ」


「はぁ?」


 ページに記された名前を呼ぶ。

 かつて英雄ジークフリートはこのつるぎを使い、巨大なドラゴンを一瞬で消滅させたという。

 その威力の凄まじさから"竜殺しのつるぎ"と言われた伝説の破竜剣。

 その名は……。


「力を貸してくれ……バルムンク!」


 手帳から金色のつかつばが現れ、それを掴んでつるぎを引き抜いた。

 小さな手帳から現れた巨大な幅広の黒い刃は、ガガンさんの大剣より一回り以上大きい。


 巨大な大剣だったが、あまり重さは感じなかった。

 これも武芸百般の力なのだろう。

 俺はバルムンクを中段に構え、その切っ先をガガンさんに向けた。

 ガガンさんは少し顔をヒクつかせてはいたが、なんとか平静を保とうとしているように見える。


「ほ、ほう……なるほど魔道具か。さっきのも何かを使ったんだな?」


 冷静に見えるが声がうわずっていた。

 巨大なバルムンクを軽々扱う俺に、多少焦っているんだろう。


「いや、さっきのは俺の生命魔法ですよ。おいで」


 ギルド内で固まっていた鉄の剣君は、ぴょこぴょこ歩いて俺の横に立った。

 手足の代わりに生えた小さな剣を構え、俺と一緒に戦おうとしているらしい。

 可愛い。


「せ、生命魔法だぁ? そんな魔法はしらん! 嘘をつきやがって……やはり無能はクズだな!」


「あの、俺が勝ったら冒険者にしてくれませんか? 負けたら黙って帰りますから」


「ハハハ! 構わないぞ! おまけに負けたらなんでもしてやるよ! じゃあ……行くぞ無能!」


 よし、認めてもらえるように……。

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