第12話 世界

 

「後は、いったい世界に何が起こっているのかだな……」


 何の為に無能という概念を作ったのか。

 それに無能と呼ばれる者とそうでない者が互いに憎む様な感情まで加えて……。

 町の人達の仲はいたって普通だと思う。

 つまり、人間全員が互いに憎しみ合っている訳ではない。


 俺はレヴィ達に出逢うまで、常に周りに憎しみを抱いていた気がする。俺が何をしたんだとか、どいつもこいつもクズばっかりだとか考えていた。

 正直殺してやりたいと思ったこともあったし、世界を憎んで死んでしまいたいと何度思ったか分からない。


 それをギリギリで繋げていたのがアスナだ。

 彼女がいなければもっと早く死を選んでいたか、誰かを傷つけて俺が処罰されていたかもしれない。

 あの頃はアスナが悲しむことはしたくないと思っていた。

 彼女にとっての餌やりが、俺をギリギリ生かしていたというのはなんだか複雑な気分だが……。


 そもそも本当にそんな洗脳の様なものがあるのかすら分からないが、仮に考えられるとすれば……生贄みたいなもんか?

 〝ああなりたくなかったら頑張れ〟といった具合に……だとしたら人間か?

 

「でも誰が……千年前か……まぁ正確にはいつからかも分からないが、人間なのか……それとも魔族か竜……いや……まさかな。しかしその理屈だと憎しみ合わせる意味がないか……」

 

 とすると……無能を死に追いやる為?

 確かにアスナがいなければ俺は死んでいたかもしれない。

 自殺して死ぬか、誰かを傷つけて処罰されるか、どっちにしろ無能は死ぬ。

 無能が人を傷つければ普通より重い処罰が下るからな。

 弁明も弁解も許されない。

 

 けど、なんでだ?

 わざわざ作った無能を殺して何になる?

 理由は分からないが……俺のやるべきことは分かった。

 これはレヴィと話そう。

 俺は一旦考えるのをやめ、風呂から上がった。



 ―――――――――――――――――――



「上がったよ、レヴィ」


「あ、そうですか。じゃ、私も入ります」


 レヴィはスタスタと歩いてリビングから出ていく。

 明らかに態度が冷たい。

 そ、そんなに怒らなくても……。

 すると、ひょこっとリビングの扉からレヴィが顔を出した。


「あ、別に怒ってませんから。拗ねているだけですから。では」


 そう言って風呂場へと向かっていった。

 やっぱり怒ってるじゃないか……。

 後でフォローしておこう。


「さて……」


 俺は黒い手帳を取り出し、ページを捲る。

 やはり今俺に力を貸してくれるのは5人だった。


 1人はもちろんエクスカリバー。

 2人目はアイギスという盾。

 3人目はブリューナクという槍。

 4人目はバルムンクという大剣。

 5人目はカドゥケウスという杖。


「どれもかっこいいよなぁ。あ、男か女か聞くの忘れてた……名前だけじゃ分からないな。ま、いいか。生命魔法をかければ分かることだ」


 今日は魔力をかなり消費したから生命魔法をかけるのは明日にしよう。

 俺の魔力量じゃ、1日で使える生命魔法はエクスカリバークラスなら5回が限度だ。

 あの鉄の剣くらいならもっといけるんだが、エクスカリバーは大きさが同じでも必要な魔力量が全然違う。

 それだけ凄い力を持っているってことだな。


「あ」


 やばっ! 忘れてた!

 慌てて玄関から外へ飛び出すと、生命を与えた鉄の剣君が地面をバンバン叩きながら、泣くような仕草を繰り返している。


「す、すまん!」


 俺の声に気づいた鉄の剣君はこちらを向き、猛然と走ってきた。

 なんか嫌な予感が……。

 その嫌な予感は当たり、俺に抱きつこうとしたのか鉄の剣君は地面を蹴って飛び跳ねた。


「うおっ!?」


 寸前でなんとかかわすと、鉄の剣君は俺の家の壁にドスッと突き刺さった。

 そのまま抜けずにじたばたともがいている。


「わ、悪かったな。じゃ、また……」


 魔力を抜くと、彼はただの鉄の剣へと戻る。

 壁から剣を引き抜き、捨てておくのもなんだかまずい気がしたので玄関の中に置いておいた。


「やれやれ……すっかり忘れてたな」


「あれ、ロード様? 何かありましたか?」


 背後からレヴィに声をかけられる。

 もう風呂から上がったのか。


「ああ、鉄の剣を忘れて……って!?」


 振り返った俺の目に、想像もしていなかった光景が飛び込んできた。

 レヴィは上には白い肌着を着ていたが、下を履いていない。俺は慌てて背を向けた。

 下着が……見ちゃった。


「む、どうかされました?」


 こっちが聞きたいわ!

 その格好はどうかされました? ってな!


「な、なんで下を履いてないんだ!?」


 地下では普通に履いていたのに……。


「ああ、これですか。まぁ、いいかなと」


 いやよくないわ!


「目のやり場に困るから……履いて」


「そう……ですか……申し訳ありません……不快な思いをさせてしまいまったみたいですね……」


「い、いや、そうじゃない! レヴィは……その……み、魅力的過ぎるから……だから頼むよ。で、着替えたらリビングに来てくれ」


「む……わ、分かりました」


 レヴィの足音が遠ざかるのを確認し、俺はリビングへと向かう。

 頑張れ俺の自制心。

 それにしても……大きいなやっぱり。

 はっ!? いかんいかん……。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「お待たせ致しました」


 よかった。ちゃんと黒いズボンを履いている。

 やっぱりメイド姿とはかなり印象が違うな。

 これはこれで似合っている。


「悪いな疲れているだろうに。聞いておきたいことがあるんだ」


「いえ、全然大丈夫です。で、何でしょう?」


「魔族であるレヴィが、クラウンさんに何故仕えていたか……まだ聞いてなかったよね?」


 レヴィの立ち位置が当然俺の味方だということは分かっていた。

 だが、魔族自体は未だに人間と敵対している。

 クラウンさんとの間に何があって、レヴィが魔族についてどう思っているのかを知りたかった。


「ああ……まだ言ってませんでしたね。というか興味がないのかと思っていましたよ」


「確かにあまり気にしてはいなかったんだけど、これからする話に魔族が出てくるからね。気を悪くさせたら嫌だからさ……」


「なるほど……ではお話ししておきますね。私は魔族の国でそれなりに高位の家系に生まれました。魔族の王、つまり魔王になってもおかしくないくらい、と言えば分かりやすいかもしれないですね。で、私もかなり力があったのですが、そのせいで何度も命を狙われまして……所謂いわゆる継承争いです。周り全てが敵に見えて、全部嫌になった私は逃げ出したんです。それでなんとか海を渡り、この地に流れ着きました」


 そんなことがあったのか……。

 クラウンさんによれば、会った時は100歳だったが、見た目はまだ幼い少女だったって言ってたな。

 俺とはまた違った地獄だったんだろう。


「何日も食事が出来ず、もうほとんど死にかけてまして……で、そこをクラウン様に助けて頂いたんです。私を魔族と知りながら、クラウン様は私をまるで娘の様に扱って下さいました。クラウン様が神殿に連れていって下さり、魔法を得ることも出来ました。クラウン様はその時こうおっしゃったんです。〝心が邪悪でない証だ。お前は魔族だが、心は人だ。胸を張って生きよ、我が娘よ〟と」


 クラウンさんらしい……。

 思い出すと泣けてきてしまう。

 レヴィも少し涙ぐんでいた。


「クラウン様の特技は読心術……心を読み取る力です。見た目は人間とさほど変わらないので、私は魔族だということを必死に隠していましたが、最初からバレバレだった訳です。そしてそう言われた時、ああ……この人について行こう。そう決めたんです」


「そうだったのか……本当に……クラウンさんらしいな。かっこよすぎだよあの人は」


「そうですね……だから私は人間の味方なんです。あの方以外にも沢山の素晴らしい方と出会いました。魔族にはない優しさが、私をそうさせたのでしょう」


「というよりレヴィはもう人間だよ。とっくの昔にさ」


「ふふ……ありがとうございます」


 にっこり笑ったその顔が、なによりの証明だった。

 よし、これなら遠慮なく話せるな。


「じゃ、本題だ。1つやりたいことが増えた……いや……意味が増えた、かな」


「意味が?」


「うん……俺の他にもさ、無能と呼ばれる人が世界にはいるんだよなって改めて思ったんだ。俺はレヴィやクラウンさんに救ってもらった。だからそれを考えられるようになったんだと思うけど、俺もそんな風に……誰かの力になりたいなって」


 人間が住むこの大陸の人口は約10億人。

 数百万人に1人と言われる無能は、約200人くらいしかいない計算になる。実際はもっと少ないかもしれない。

 彼らは今も世界のどこかで虐げられている筈だ。

 出来ることなら力になりたい。


「ご立派です……もちろん私も協力致します」


「ありがとな。それでレヴィの力が必要なんだ。もしかしたら俺みたいに勘違いされてしまった人がいるかもしれない。それをレヴィなら救ってあげられるだろ?」


「確かに……ですが、本当に力が弱かったらどうします?」


「ならスキルだ。スキルの力を教えてあげれば活路が見出せるかもしれない。それがダメでも手はある」


「む、何か策が?」


「多分……人里から離れて暮らしていたり、必死に隠していたり、死を選んだ人もいるだろう……俺のようにな。だからそもそもそういった人達に出会える確率はかなり低い。だが、俺が勇者と呼ばれるようになれば……なんとかなるかもしれない」


「勇者になれば……?  どういうことですか?」


「勇者は人々の希望だ。竜族の国と魔族の国に挟まれたこの大陸は、今ギリギリで均衡を保っている。神の庇護……つまり魔法のおかげでな。だが、魔物や竜達は、この大陸にやって来ては国や町を荒らしている。奴らは未だに虎視眈々とこの豊かな大陸を狙っている訳だ」


 この人間の住む大陸の南西と南東に、一回り小さい大陸がそれぞれ存在している。

 人間の大陸から南西に行くと、竜族が治めるドラゴニアが、南東に行けば魔族の住むインヘルムがある。


 それぞれの大陸の環境は劣悪で、ドラゴニアでは火山が絶え間なくマグマを流し、草木は枯れ果て、後は砂漠か岩山が大地を埋め尽くしている。

 インヘルムは雪と氷に大地が覆われ、永遠の吹雪が吹き続けている。極寒の国は、生命の鼓動すら凍らせてしまう程に厳しい。


 約1万年前。人間と竜族と魔族は、今人間が暮らすこの大陸で一緒に時を過ごしていた。

 しかし竜族と魔族は、自らが最強の種族であるという自負と、好戦的な性格により衝突を繰り返していた。

 弱い存在であった人間は、両者にまるで奴隷の様な扱いを受け、ついには滅びの危機を迎えてしまう。

 神はそんな人間を哀れみ、魔法という力を与えた。


 やがて竜族と魔族、そして人間による三つ巴の戦いが勃発し、人間はなんとか勝利を勝ち取った。

 そうして敗れた竜族と魔族は、他の2つの大陸に追いやられる。


 だが今でも尚、両者は人間から豊かな大陸を奪おうと執念深く狙っている。

 たとえ再び神を敵に回しても。

 これが誰でも知っている世界の歴史と今だ。


「実際いつ何が起きてもおかしくない。だから勇者という存在が必要なんだ。それだけで人間は希望を持てる。勇者がいればなんとかなる、とな。だから勇者の発言は一国の王より重い」


「なるほど……ロード様は勇者になられた後、こう言うおつもりなのですね? 『俺は無能と呼ばれていた』と……」


「ああ、そうだ。そうすれば人々は無能と呼ばれる人に対し、見方を変えざるを得ない。無能という概念を取っ払うんだ。もちろん全てが変わる訳じゃないかもしれないが……少なくとも何か変わるきっかけにはなる筈だ。話せば親方の様に分かってくれるかもしれない」


「確かに……ですが、その為には……」


「ああ……かなり頑張らないとな。今の勇者だって凄い使い手だ。その勇者より活躍するのは並大抵のことじゃないが……とりあえず、まずは一歩ずつ進むしかない」


 それに、無能と呼ばれた俺が活躍すれば……。


「世界を変えた奴は……多分俺が邪魔になる。必ず何かしてくる筈だ」


 それを炙り出す。

 そして無能という概念を、この世界から無くしてやる。

 これ以上、俺みたいに苦しむ人を作らない為に。

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