第11話 理解

 

 剣に戻ったエクスカリバーがゆっくりと俺の下に返ってくる。

 俺がそれを掴むと、頭の中で彼女の声が聞こえた。


 "戦え主人あるじよ。我は貴公のつるぎである。存分に振るうがよい。そして夢を叶えてくれてありがとう。またいつでも呼んでくれ。はっはっはっ!"


「こっちこそ……ありがとうエクスカリバー。これからもよろしくな」


 もう声は聞こえなかったが、代わりに剣がキラリと光った気がした。

 ありがたい……勇気が湧き上がる。


「ハ……ハハハハハ! なんだよ終わりかぁ? ふざけやがって……ぶっ殺してやる!」


 親方は手から鉄の剣を生み出した。

 以前にも見た彼の魔法は鉄作成魔法。

 魔力を鉄に変えて物質を作り出す魔法だ。

 それを2本生み出すと、俺に向けて猛然と走り出した。


「無能の分際で……舐めた真似してんじゃねぇぇぇ!」


 右手の剣が俺に向けて振り下ろされる。

 しかし、それがよく見えた。

 というより、世界がゆっくりと動いているような感覚と言えばいいのだろうか。

 振り下ろされる剣の軌道が手に取るように分かり、俺はそれをエクスカリバーで斬り裂いた。


 ブンッと親方が剣を振り抜いたが、剣身は既に無い。

 手応えがないことに気づいた親方は、震えながらつかだけになった剣を呆然と見つめていた。

 何が起きたのか全く理解出来なかったのだろう。

 俺が親方の持つ左手の剣を取り上げると、我に返った親方は必死に下がって俺との距離を取った。


「な、なに……を……?」


 親方の質問には答えず、俺は奪った剣に生命魔法をかけた。

 すると剣のつかから小さな鉄の剣が4本生え、剣身を頭にする様に地面に立ち上がると、ぴょんぴょん飛び跳ねながら俺の指示を待っている。

 なかなか可愛いじゃないか。


「あ……ああ……? な、何なんだ……何なんだよぉぉぉぉぉ! お、お前は無能だろ!? 無能なんだよなぁぁぁぁあ!?」


「俺は無能じゃなかったんですよ」


「なぁっ!?」


 俺は一瞬で数メートルあった間合いを詰め、首すじにエクスカリバーを当てた。

 斬った訳じゃない、ただ置いただけ。


「な、なん……今どうやって……」


「これは親方のおかげです。この3年間、ひたすら身体を動かされましたから。おかげで鍛えられました」


 それに加えて武芸百般の力だろう。

 身体が軽い。

 どう動けばいいか全てを理解していた。

 もっと早く何か武器を手にしていればよかったな。

 世界が見違えた気分だ。


「親方には感謝してる部分もあります。無能の俺を雇ってくれたのは親方だけでした。確かに辛かったし、正直に言えば今でも許せないという気持ちもあります。でも、おかげで生きることは出来ました」


 本当はそう簡単に割り切れるもんじゃない。

 俺のされたことは本当に地獄の責め苦の様だったから。

 だが、この世界の異常さに気づいた今、果たして何が正しいのか迷っていた。

 今親方を傷つけるのは簡単だ。

 でも、俺は何か……違う方法で……。


「お、お前……」


「だから、話を聞いてくれませんか?」


 親方は明らかに困惑していた。

 俺はエクスカリバーを下ろし、親方と向かい合う。

 彼の目は先程とは違い、少し優しく見えた。


「お、お前は……無能じゃ……なかったのか?」


 親方は絞り出す様にやっと声を出した。

 怒号や罵倒ではない。

 彼のこんな声は初めて聞いた。


「はい、実は……」


 俺は簡単に理由を話した。

 魔法を勘違いされ力が使えなかったと。

 気づけたのは鑑定魔法だとは言わず、凄い魔導師の力だったということにした。

 今の生活に耐えられず、自殺しようとしたことは正直に話した。


 彼はそれをただ黙って聞いていた。

 時折驚いたり、うつむいたりしながら、真剣に聞いてくれていた様に見える。


 もし、これでもダメなら……。

 そう思いながら俺が話し終わると、彼はゆっくりと口を開いた。


「そう……だったのか……その……すまねぇ。なんて言っていいのか分からねぇが……とにかくすまねぇ」


 その時……胸にあった何かが取れた気がした。

 分かってくれたんだと、そう思った。

 そうか……これが俺が本当にしたかった……。

 そして……心から言って欲しかった言葉。


「いや……もういいんです。分かってくれたならそれで……」


「す、すまねぇっ! すまねぇっ!!」


 親方は膝をつき突然泣き崩れた。

 彼が何を思って泣いているかは正確には分からない。

 俺の話を聞いての後悔なのか、俺に対する哀れみなのかは……。

 だがその姿に、俺の心はもう晴れていた。



 ―――――――――――――――――――



「いや、もう……」


 俺の目の前で4人が土下座をしている。

 他の3人も話を聞いていたらしく、あの後すぐに謝られた。


「いや! すまねぇ! ロードくんにはなんて言ったらいいか分からねぇが……とにかくすまねぇ!」


「ご、ごめんロードくん……謝ったって許しちゃくれないだろうけど……本当にごめん!」


「もう分かりましたから……! 土下座をやめて下さい……」


 その後も何度かこういったやり取りは続き、俺はもう大丈夫だと彼らに何度も話したが、彼らはお詫びがしたいと言って聞かなかった。

 じゃあいずれと彼らを説得し、なんとか分かってくれた彼らは町に戻っていった。

 何度も何度も、振り返る度に頭を下げながら。


「ロード様。お疲れ様でした」


 彼らが見えなくなった頃、レヴィが隣に立っていた。


「レヴィ……ありがとな。黙って見ていてくれて」


 レヴィはゆっくりと首を振り、笑顔で答えた。


「ロード様が信じる道を……私はそれについていきます」


「ん……あ、ありがとな」


 そんな顔で見られたら照れてしまう。

 しかしすぐに表情は曇り、なんだか悲しそうな顔をしている。


「彼らの様に……隣の方にも出来たんですよね。私は……」


 やはり気にしていたか。

 だが……。


「さっきも言ったが……あの時は異常さに気づいていなかった。レヴィがやらなきゃ俺が手を出していたかもしれない。地下での生活はすごく楽しくてさ……全部忘れて、このままずっとこうしていたいと思っていたんだ。でも、いざ外に出ることになった時、自分のされたことを思い出した。その瞬間怒りが湧き出てくる感覚に襲われたんだ。ひょっとして俺自身も何かにそうさせられていたのかもしれない。人を憎むように恨むように。でも今は……気づいてしまったからかな……」


 レヴィの怒りは単純に俺を貶されたからだろう。

 でなければ地下で無能の俺を蔑まないことと矛盾している。

 何故レヴィやクラウンさんはそれに当てはまらなかったのかは分からないが……。


 つまりこの世界には、無能という存在を認識させ、無能と呼ばれる者とそうでない者が互いに憎しみ合うような……洗脳か呪いかまたは別の何かがあるっていうことなんじゃないだろうか。

 俺はそのことに気づいたからその呪縛から逃れられたのか?


「とにかく明日、もう一度おばさんと話してみよう」


「はい……分かりました」



 ――――――――――――――――――――



「ダメだレヴィ!」


「な、何故ですかっ!」


「絶対ダメ! 無理!」


「ロード様は私が嫌いなんですか!?」


「いや、嫌いじゃない……むしろ……って違う! ダメなもんはダメなんだ!」



 ――――――――――――――――――――



 数分前。

 俺が浴室に入り、身体を洗っていた時にそれは起きた。

 何やら扉の向こうで音がしたので見てみると、曇りガラスの扉越しにレヴィが服を脱ごうとしているのが見える。

 何かを察した俺は急いで扉の鍵をかけた。

 それに気づいたレヴィが慌てて扉を開けようとするがもう遅い。


「なっ!? ロ、ロード様!」


「や、やっぱりか!」


「お背中を流しますのでお開け下さい!」


「いや、大丈夫だから! 自分でやるから!」


 そして今に至るという訳だ。



 ――――――――――――――――――――



「ロード様……あんまりです……私はただ、今日頑張られたあなた様のお背中を……お流ししたいだけなのに……」


 ず、ずるいな……泣き落としかよ。

 これじゃ俺が悪者じゃないか。

 だが……。


「ダメだ。これは……あんまり言いたくはないが命令だ」


「ぐ……そうきましたか。分かりました……今日は諦めます」


 なんとかなったが、今日は……か。

 そりゃ正直本心では流して欲しいさ。

 俺だって男だし、当たり前だちくしょう。


 でも、なんだかクラウンさんに申し訳ない気がした。

 俺にはレヴィを任された責任がある。

 だから軽々しくそんなことをしたらダメだと思った。


 俺はクラウンさんに言われたことを思い出す。

 あれは確か、亡くなる1週間前くらいだったか……。



 ――――――――――――――――――――



『ロードよ。レヴィをどう思う?』


レヴィが買い物に行った後、2人きりになった部屋でクラウンさんはそう話しかけてきた。


『どうって……いい人だと思いますけど』


『違う違う。1人の女性として、だ』


『へ!? あ、いや……あんまり考えたことが……だってクラウンさんの……』


『余とあれはそんな仲ではないわ! あれと会った時はまだあれが小さい頃でな。まぁそれでも100歳だったが……余にとって、あれは仲間であり、友人であり、娘のようなものなのだ』


 そうだったのか。

 てっきりそうかと……。


『で、レヴィをどう思う?』


『う、うーん。綺麗な人だと……』


『そうだろうそうだろう! あれもお前を気に入っておるようだし、肩の荷が降りたわ!』


『な、なんの話ですか?』


『任せたぞロード。分かったな?』


 クラウンさんは鋭い眼光で俺を見ていた。

 凄まじい威圧感に思わず頷いてしまう。


『それでよい。ふふふ……』



 ――――――――――――――――――



「任されちゃったからな……」


 仲間であり、友であり、娘を。

 だから、大切にしないと。

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