第10話 襲来


 扉は尚も激しく叩かれ、怒号が絶え間なく聞こえていた。

 今までの嫌な記憶が蘇る。


 休みなく働かされるのは当たり前。

 必死にクワを振るう俺に、ヘラヘラ笑いながら魔法を撃ってくることは日常茶飯事だった。

 "無能お手玉"という遊びが流行った時は本当に死ぬかと思ったな……。

 誰1人優しい人はいなかったし、毎日が地獄だった。

 死んだら死んだで構わなかったのだろう。


 俺は鍵に手をかける。無意識にちょっと手が震えてしまい、心を落ち付けようと深呼吸した。

 そんな俺の肩に優しく手が置かれ、振り返るとレヴィが心配そうに見つめていた。

 俺が大丈夫だという意味を込めて微笑むと、レヴィも安心したのか少し笑った。


 その後ろではエクスカリバーも力強く頷いてくれている。

 2人に勇気をもらった俺は鍵を外し、扉を開けた。

 そこには、俺をよく嬲っていた4人の男がいた。


「あっ! てめぇ……やっぱり本当だったのか! 戻ってきやがったってのは!」


「ちっ……道具屋のジジイが酒場で騒いでやがったからまさかと思ったら……やっと消えてくれたと思ったのによ。なんで生きてんだお前」


 道具屋の前も通ったからな……それで来たのか。

 それにしてもやっぱり辛い……何度言われても慣れない。


「焼いた筈の家をどうやって戻しやがった!? つか、その後ろにいるねーちゃん達は……ああ、なるほど。いなくなったのは女漁りしてたからか。で、家を直したのはそのねーちゃん達の魔法か? 顔だけはいいからなぁ……騙して他の町から連れてきたのかこのクズが!」


「頼むから死んでよ無能くーん……マジイライラすんだよね。っていうかもういいですよね親方ぁ?」


「当たり前だ。雇ってやったのにいきなり消えやがって。ま、いつ死んでもよかったけどな。町の連中はお前がいたぶられる話をすると喜んでいたし、多少憂さ晴らしの役には立ったが……もういらねぇよ」


 俺は胸ぐらを掴まれ、そのまま外に引きずり出される。

 そして、外に出てたところでいきなり地面に投げられた。


「うぐっ!」


 起き上がろうとしたところに前蹴りを入れられ、今度は頭と背中を地面に打ちつけた。


「がはっ!」


「なにまともな服なんか着てんだよ無能が! 人間ぶってんじゃねぇよ!」


「なぁ、一斉に魔法撃とうぜ。どうなるか見たくないか?」


「いいっすねーやりましょうよ! 無能くんが死んだらあの子達と飲みなおしましょー」


「おい無能。なんかいい残すことはあるか? 別に覚えてはやらんがな! ハハハハハ!」


 変わらないな。

 異常なまでの嫌悪だ。

 だが……。


「……仕事を与えてくれたのには感謝してます。でも、いなくなったのには訳があるんです。だから……」


「黙れ。お前に意見する権利はないんだよ。無能はただ黙って働いてりゃよかったんだ。それが出来ないなら……死ね」


 ダメか……。

 やっぱり話を聞いてはくれないようだ。

 親方を除く3人は、俺に向けて魔法を放とうと既に魔力を溜めている。

 仕方ないな……一旦落ち着いて貰うしかない。


「手加減してくれ……エクスカリバー!」


「は? 何言ってんぶべっ!?」


「ちょ……ごぶっ!」


「がっ!?」


「ぐあっ!?」


 名を呼ばれた白銀の騎士は、まるで疾風の如く現れ、抵抗する間も与えず彼らを殴り飛ばした。

 すぐにレヴィも俺に駆け寄ってきて、優しく身体を支えてくれた。


主人あるじの話はごく僅かだが可能性はある。だが、何も根拠はないのだぞ? まったく……ちと優しさが過ぎるのではないか?」


「すまないなエクスカリバー……レヴィも。でも、やっぱり……」


 そのごく僅かな可能性が出てしまった今、俺は何か違う方法があるのではないかと思っていた。

 話がしたいが、彼らは今その状態にない。

 まずはそれを作ろう。


「まぁ、主人あるじがそう言うならば仕方がない。で、もうよいのだな?」


「軽くで頼む」


「分かっておる。力の差を教えてやるだけだ。それにしても、初めて我自身の身体で攻撃してみたが……なるほどなるほど。血が騒ぐ、とはこういうことか。まぁ、血が通っているかはわからんがな。そして意のままに動く……どうすれば身体が動くのか最初から理解しているかのようだ」


 殴り飛ばされた4人は既に立ち上がり、エクスカリバーを睨みつけていた。

 ダメージはある様だが、まだまだやる気らしい。


「な、なんなんだてめぇは……!」


「我が名はエクスカリバー。我が主人あるじ、ロードのつるぎなり。主人あるじに代わり、軽く相手をしてやろう」


 その瞬間、一陣の風が吹く。

 それはエクスカリバーから放たれていた。

 凄まじい威圧感を背後にいる俺ですら感じる。

 闘気か、魔力か、それとも聖剣としての力か……エクスカリバーの周りが歪み、輪郭が揺らめいていた。

 対面している彼らにとっては、その存在が恐怖でしかないだろう。

 先程の威勢は鳴りを潜め、明らかに困惑し怯えていた。


「エ、エクスカリバーって……伝説の……?」


「な、なん……どういうことだよっ」


「無能が……無能のくせになんで……こんな奴が」


「う、嘘だ! 無能くんが嘘をつかせてるんすよ! エクスカリバーはそもそも剣すよ!? 大体4人でやれば……」


「我は主人あるじの生命魔法により、人の身体となったのだ。主人あるじは無能などではない。そして、我が偽物かどうか……既に貴様らは分かっているのではないか?」


 4人は身構えたまま固まっていた。

 彼女が伝説の聖剣であると、頭では理解できなくとも身体が理解しているのだろう。


「だ、黙れっ! 生命魔法なんざ聞いたことねぇよ! て、てめぇら! 撃て……撃てぇぇぇぇ!」


「う、うぉぉぉぉぉ!」


 怯えながらも1人が両手の平の中で火球を生み出し、それを投げつけるようにエクスカリバーに放った。

 それに追随するように、もう1人が土魔法でエクスカリバーの身体を包み込む。

 動けないエクスカリバーに火球が炸裂し、激しい爆発が起きた。


「エ、エクス……!」


「大丈夫ですロード様。黙って見ていましょう」


「うおらぁぁぁぁぁあ!」


 更に石魔法で身体を固めた男が、石の拳をエクスカリバーの顔面に叩き込んだ。

 ガギンッと激しい音が静かな郊外に鳴り響く。

 

「で?」


「へっ……?」


 火魔法の火球も、石魔法の拳も、エクスカリバーには一切効いていなかった。

 これが伝説の聖剣……!


「もうよいのか? なんなら貴様らの魔力が尽き果てるまで付き合ってやっても構わんが?」


 彼らの全力は、エクスカリバーにとっては避けることも、守る必要もなく、子供が鋼に拳を当てるが如く無意味なことだった様だ。


 石魔法で身体を固めた男が後ずさる。

 格の違いを一番理解したのが彼だろう。

 渾身の力で顔面に放ったはずの一撃が、エクスカリバーには傷一つ付けることが出来なかったのだから。


 首まで土に囚われていたエクスカリバーだったが、「ふんっ」と気合いを入れて身体を動かし、強引にそれをブチ破った。


「ちっ……嫌な魔法だ。せっかくの身体が汚れてしまったではないか」


「あ、あ、あ、ありえない……! 魔物だって動けなくなる俺の魔法が……あ、あんな簡単に……」


主人あるじの願いだ。ほんの少し、痛みを与えるだけにしてやろう」


 エクスカリバーは鞘ごと剣を抜き、まずは石魔法使いの肩口に叩きつけた。

 避ける間も防ぐ間もない……一瞬だった。

 石の鎧は簡単に砕け、呻き声すら上げられずに石魔法使いは地面に転げて痛みに悶えている。

 あんまり軽くないな……。


「次は我の身体を汚した……貴様だ」


「ひっ……ひぃぃぃぃぃっ! か、勘べがっ!?」


 再び首すじに聖剣が叩き込まれ、土魔法使いも同じ様に痛みに悶えて地面に伏す。

 通常なら気絶していてもおかしくない一撃の筈だが、かなり手加減してくれているらしい。

 そうこう考えている間に、エクスカリバーは火魔法使いも同じように倒してしまっていた。


「ば……馬鹿な……や、やめてくれ……」


 残されたのは親方と呼ばれる俺の元雇い主だけだ。

 だが……。


「エクスカリバー、限界だ」


「ぬ……そうか時間か」


 長時間そのままでいたせいで、戦う前から魔力はかなり減っていた。

 エクスカリバーの身体が光を放ち、剣の姿に戻っていく。


主人あるじよ。また呼んでくれ。後は……やれるであろう?」


「ああ、ありがとう。お前を借りるよ」


「うむ。主人あるじの勇姿、我が目に見せてくれ」


 最後は俺の手で。

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