第9話 手帳

 

 レベッカ=ディ=アルムロンド


 4832歳 魔族 148センチ


 保有魔法:鑑定魔法【SS:レベル100】

 保有スキル:神域の家事【A】

 特技:魔術【SSS】



 ―――――――――――――――――――――



「あれ……体重は……」


「ロード様……エッチです」


「え……? あ、ご、ごめん……!!」


 そうだよな……女の子だもんな。

 でも歳はいいのか? まぁ、これだけ長く生きていれば関係ないのかな。

 それにしても鑑定魔法はレベル100か。それだけ長い間使ってきた訳だ。

 神域の家事……確かにそう言ってもいいレベルかもしれない。

 ん、特技のこれは……?


「レヴィの特技……SSSじゃないか!?」


「私は魔族ですからね。魔族には魔法とは少し違う魔術と呼ばれる力があるのですよ。例えばあの女を縛り上げたのも魔術ですね。他にも色々あります。先程申し上げました、少し違うとはこのことです。【SSS】なのは、一応私は強い部類に入る魔族ですので。全ての魔術が強いという訳ではありません」


「聞いたことはあるが……頼りになるな」


「ふふ……どうでしょう? 鑑定魔法はご理解いただけましたか?」


「ああ、スッキリしたよ。それじゃ、次はこれだな」


 俺は黒い手帳を机の上に置く。

 実はさっきページを捲った際、あることに気がついていた。


「これさ、ページごとになんか色が違うんだよね。例えばエクスカリバーはキラキラ輝いているんだけど、このミョルニルとかヘラクレスとか他のページは黒ずんでいるんだ。これはなんでだ?」


「む、これは私にも分かりません。以前クラウン様が見られていた際は全て輝いておりましたが……」


「ああ、それならば我が答えよう。簡単な話である。武具達はまだ主人あるじとして認めておらぬものが多いという訳だ。ま、クラウンが言っていたように我らは絶大な力を持つ故、悪用されてはかなわんしな。まぁ後は……単純に力を貸すのが面倒な奴もいるやもしれん。多分黒ずんでいるページの奴らは、今は呼んでも無駄であろう」


 そういうことか……。

 それを踏まえて見てみると、ほとんどのページが黒ずんでいることに気がついた。

 そりゃそうだよな……あんなに凄い王様からいきなりただのガキに所有者が変わったら、当然すぐには認められないだろう。

 武具達にも意思があるのだから、認めて貰えるように頑張るしかない。


「ところでエクスカリバーは……なんですぐに手を貸してくれたんだ?」


「うむ、主人あるじがあの地下に来た日、我は丁度起きていてな。他の武具達と話をしておったのだ。で、軽い気持ちで主人あるじの話を聞いていたのだが……あの境遇には同情せざるを得まい。話していた他の4人も泣いておったわ」


 "も"ってことはエクスカリバーも泣いてくれたのか……。


「ありがとなエクスカリバー。で、その4人って?」


「ふふ……恐らくページを見れば分かるであろう」


 そう言われてしっかりページを捲っていくと、確かにエクスカリバーの他に4ページがキラキラ輝いていた。

 あの時、クラウンさんやレヴィの他にも優しい人が5人いたらしい。


「そっか……ありがとう。この4人にも礼を言わなきゃな。みんなに認めてもらえるように頑張るよ」


「うむ、応援しておるぞ! さっき実際にアレを目の当たりにしてより理解を深めたわ……今までよくぞ頑張った。それにしても主人あるじはよく礼を言う御仁であるなぁ。はっはっは!」


 高らかに笑うエクスカリバーの笑顔は、やはりとても綺麗だった。

 この家に、こんな素敵な笑い声が響く日が来るなんて思いもよらなかったな。

 常に真っ暗で、じめじめした汚い家だったのが、今は窓から太陽の光が射し込み、開かれた窓からは爽やかな風が吹き込んでいた。


「ありがたいなぁ……」


「む、なんですかロード様?」


「あ、いや……つい1ヶ月前まで無能だった俺が、今は4つも凄い力を貰ったんだなって思ってさ」


「ふふ、そうですね。生命魔法、武芸百般、伝説の武具達、飲まず食わず眠らず……どれも素晴らしい力です」


「あ、いや、最後は違うよ。飲まず食わず眠らずなんて別にどうでもいいさ」


「む、ではなんでしょう?」


「そりゃレヴィさ。なんだったらレヴィの存在が一番大きいかもしれない」


「む……むむむ……」


 あ、ちょっと赤くなった。

 レヴィは視線を下に向けてもじもじしている。

 自分で言っておいてなんだが、こっちも恥ずかしくなってきた。


「あ、ありがとう……ございます……」


「い、いや……こちらこそありがとう」


「お、これが恋か?」


「「ち、違います!!」」


 エクスカリバーのやつめ……。

 レヴィはごほんっと咳をすると、いつもの顔に戻った。

 やっぱりそのちょっと無愛想なくらいが丁度いい。


「話が長くなりましたね。では、私は掃除に戻ります。ロード様はゆっくりしていて下さいね」


 そう言ってレヴィは逃げるように部屋を後にした。

 5000年近く生きていても、やっぱり女の子なんだよな。

 実はまだ話したいことがあったんだが……また後にするか。


「青春か……」


「やめろってのエクスカリバー……」



 ―――――――――――――――――――――



 レヴィの掃除が終わると、長年積み重ねられた汚れは綺麗さっぱり無くなっていた。

 まるで新築かと思える程に見違えた家は、両親と住んでいたあの頃を思い出させる。


「あぁ……スッキリしましたぁはぁ……」


「あ、ありがとうレヴィ……」


「大したものだ。見事見事」


 エクスカリバーに負けず劣らずの恍惚の表情を浮かべ、なにやら言葉すら怪しくなっていた。

 しかし、神域の家事とはよく言ったものだ。

 まさに神業だな。


「次は夕食を作りますのでお待ち下さい。10分で出来ますので」


「……10分? わ、分かった」



 ―――――――――――――――――――――



 10分後。食卓には豪勢な食事が並んでいた。

 すぐさま料理に取り掛かったレヴィは、あっという間に食卓を鮮やかに彩ってみせた。

 しかしこれを10分とはいったいどうやったのか。

 ビーフシチューだってグラタンだってローストチキンだって……おかしいだろ。

 ま、まぁとにかく美味そうだ。冷めさせては勿体無い。


「いただきます」


「お召し上がり下さいませ」


「いただこう。食事まで出来るとは……主人あるじには感謝し尽くせぬわ。無論レヴィにもな」


 俺はビーフシチューを口に入れた。

 う、美味い……!!

 いやこれは美味いなんてもんじゃない肉はまるでとろけるようにほぐれ口にいれた瞬間にふわりと香りと旨味だけを残し消えていくまたじゃがいもやにんじんといった野菜達の甘みが口の中で優雅なハーモニーを奏でデミグラスの舞台の上で躍動しているこれはなんなんだ神の食べ物ではないかこんなものを俺のような矮小な人間風情が食べてしまってもいいのだろうかって俺は何を言っているんだ。


 いかん……あまりの美味さに呼吸やらなんやら忘れてしまった。


「お口に合いましたか?」


「美味すぎる……あのさレヴィ、地下で食べた時より遥かに美味いんだけど……」


「ああ、あそこにはキッチンがありませんから。買ってきたものを出していたんですよ」


「なるほど……美味すぎてびっくりしたよ」


「それはよかったです」


 エクスカリバーに至ってはまだこちらの世界に帰ってきていない。

 口にいれた料理を噛み締めながら天井を見つめていた。

 その時、彼女の頬に一筋の雫が溢れる。


「これが……涙か……」


 初めての食事は彼女に感涙すら体験させたのだった。


 ―――――――――――――――――――――



 至福の食事を終え、エクスカリバーもようやくこちらの世界に戻ってこられた様だ。


「あ、そういえば主人あるじよ。我はまだいても大丈夫なのか? 主人あるじの魔力が……」


「ああ、俺の魔力なら最初に渡した分だけで、それ以降は減らないよ。生命魔法は生命を与える時に魔力が減るだけなんだ。まぁ、こうしているうちにもエクスカリバーにあげた魔力は減っているけどね。あと、動いたり能力を使うと、その分魔力消費が多くなる」


 俺の目にはエクスカリバーに残された魔力量が見えている。もうあまり時間は残されていない。

 それが無くなってしまったら、エクスカリバーは剣の姿に戻ってしまう。


「なるほどな。つまり戦闘をした場合、我はこんなに長くはいられない訳だ」


「そういうこと。能力を使った時はかなり減ったけど、その後また与え直したからね」


「ああ、一度戻したな。そうであった」


「うん。でさ……話は変わるんだけど……」


 ずっと考えていたのだが、俺にはどうしても気になっていることがあった。

 それは隣のおばさんの異常な様子。

 レヴィは盲信的な狂気と感じる程の思想だと言った。

 俺も異常だと思った。

 耐えるだけの日々の中では分からなかったが、今は心に余裕ができたからそう思うのかもしれない。

 もしくは俺自身すら……何かがおかしい。


「もし、もしもな? 荒唐無稽な話だけど……おばさんが、というか世界全体が操られているとしたらって……そう考えてみたんだ。何の為かは全く分からないが、1000年前には無かった"無能"という概念を作った何かに……そう仕組まれているとしたらってな……」


 俺が受けた3年間の苦しみは、そう簡単に割り切れるもんじゃない。

 そう思っていた。

 この考えが浮かぶまでは。

 

「ふむ……確かにあれは異常だった。まるで認めてはならないように、認めたら自分が崩壊してしまうかのように決して認めようとしなかったからな。洗脳……というやつか? 確かに筋は通るが、少々強引である気もするな」


「ひょっとして……私はいけないことをしてしまったのでしょうか……」


 レヴィがそう思ってしまうのではないかと、俺も分かってはいた。

 だが、話しておかなければならないだろう。

 それに俺も悪い。


「いや、俺が今までされたことや、ああやって罵倒されたのは事実だし、あの時こんな考えは微塵もなかった。俺だって内心酷いことを考えていたよ。だから……明日もう一度話してみよう。会ってくれるかは分からないが……」


「そうですね……それにしても世界を操る……む」


「どうしたレ……」


『どうなってんだこりゃあ!? なんで焼いた家が元に戻ってやがる!』


 家の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 何度も罵倒されたあの声だ。


主人あるじよ、奴らだな?」


「ああ、俺が働いてたとこにいた人達だ。俺が家を空けた後、仕事場に来ないから家を見に来たんだろうな。それで腹いせに焼いたのかもしれない。だけど……なんでまた来たんだ?」


『親方ぁ! 灯りが点いてますよ!』


『まさかあの無能……おい! 出てきやがれ!』


 ドンドンと扉を激しく叩きながら騒いでいる。

 彼らも……だとしたら……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る