第19話 勝利

 

「よかったですね……ロード様」


 家に入るなり、いきなりレヴィに抱きしめられた。


「ちょっ……!?」


「私は嬉しいのです。あなた様が報われる日がやっと来たのだと、そして……あなた様のような方に、またお仕え出来ることが」


「レヴィ……」


「……僕、消えましょうか?」


 瞬間俺はレヴィに突き飛ばされ、壁に頭を打ち付けた。


「だっ!?」


「ああっ!? も、申し訳ありませんっ!」


 すぐにレヴィが俺の頭をさする。

 わ、忘れてたのか?

 カドゥケウスがいること……。


「カ、カドゥケウス様……? 今のは見なかったことに」


「あー……はい」


 伝説の杖も空気を読んだらしい。


「ま、まぁとにかくリビングに行こう。カドゥケウスと話もしたいしさ」


 俺達はリビングの椅子に座り、ようやく一息ついた。

 今日もなかなかに濃い1日だったな。

 でも、いい日になった。


「それでロード様、僕にお話とは?」


「ああ、カドゥケウスには何か願いはあるかい? 出来るだけみんなのやりたいことを叶えたいんだ。力を貸してもらうお礼にさ」


「なるほど……やはりお優しいお方ですね。んー正直僕は特にないですねぇ。こうして肉体を得ただけで満足というか……そういえばブリューナクもそう言ってましたよね」


「そうなんだよな。ブリューナクもすごく慕ってくれてたから何か返したいんだけど……肉体を得るだけでもやっぱり嬉しいのかな?」


「そりゃもちろん! 大満足ですよ! それに、素晴らしい方にお仕え出来て僕も嬉しいです」


 そう言ってもらえるとありがたい。

 これからもそう言ってもらえるように頑張らないとな。


「だからでしょうねぇ。後で手帳を見てみて下さい。僕らはいつでも話を聞いていますから。あ、次はアイギスに聞いてあげて下さい。彼女には何かあるかもしれませんよ?」


「手帳を? 分かった。じゃあ次はアイギスに聞いてみるよ。今日はありがとなカドゥケウス」


「なんのなんの。では、ロード様。またお会いしましょう」


「ああ、また頼むよカドゥケウス」


 お辞儀をする彼から魔力を抜き、カドゥケウスを手帳にしまった。

 彼に言われた通りに手帳をよく見てみると、嬉しいことに輝くページが増えていた。


「5人も増えてる……ありがとうみんな」


 ページ越しに武具達に礼を言い、俺はアイギスを呼び出す。

 現れたアイギスは目をパチクリさせ、嬉しそうに笑った後ぺこりとお辞儀した。


「マスターありがとうございますぅ! よろしくお願いしまーす!」


「アイギスさんよろしく」


「さ、さんなんて付けないで下さいよー! っていうか今度から敬語はいらないと思いますよ? みんな逆に恐縮しちゃいますからっ」


 そんなもんなのか。

 じゃあ次から敬語はやめよう。


「分かったよアイギス。で、さっきはありがとな。おかげでみんな助かったよ」


「いえいえ! あたしは守ることしか能がありませんから! わはは!」


「アイギス様、レヴィと申します。よろしくお願いします」


「あ、レヴィちゃんだ! やっぱり可愛いねぇ……」


「あ、ありがとうございます……」


 天真爛漫と言ったところか。

 身長はレヴィより小さいし、本当に少女の様だ。

 重装備を見なければ。


「それでマスター、ひょっとして願いの話ですか?」


「ああ、そうそう。アイギスは何かあるかな?」


「うーん……あたしは食事ですかねぇ。特に甘いものを食べてみたいです!」


「なるほど。レヴィいいかな?」


「かしこまりました。それとロード様、これがアイギス様の鑑定結果です」


 そう言われ、スッと紙を渡される。

 まったくいつの間に……仕事が早い。


「ありがとうレヴィ」


「では、少々お待ち下さい」


 本当に少々だからな……今のうちに読ませてもらおう。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 アイギス 女神の盾


 鍛治神により作られた女神の絶対防御。


 かつては女神が使用していたが、その後英雄ペルセウスの手に渡る。

 ペルセウスは他にもいくつか伝説の武具を所持し、それらを用いて多くの魔物を狩った。

 アイギスの力もあり、ペルセウスは戦場で一度も傷を負わなかったという。


 神の障壁を発生させ、あらゆる攻撃を一定時間防ぐことが出来る。

 また制限はあるが、相手を石化させるという力を持つ。


 ただし所持していると足が極端に遅くなるという欠点がある。

 走るのが苦手。


 武器ランク:【SS】

 能力ランク:【SS】



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「ペルセウス……聞いたことはあるな」


「酷い人でしたぁ……こき使われましたよ……」


 はぁ、とため息をつくアイギス。

 カドゥケウスもそうだったが、前の所持者と色々あったようだな。


「あたし以外にもペルセウス様に使われていた武具達がいますので……まぁでもマスターなら安心ですけどね!」


「ありがとな。ん、なんか既にいい匂いが……」


「お待たせ致しました」


 いや、全然待ってませんが……。

 机の上にどんどん料理が運ばれてくる。

 いやだから……どうやったら数分でローストビーフやパエリアが……。

 そしてケーキまで普通にあるし。

 材料はいつ買ったんだ……?


「ふぉぉ〜……こ、これ! た、食べていいんですかっ!?」


「どうぞお召し上がり下さい」


「いただきま〜す!」


「い、いただきます……」


 そして再び、俺達は夢の世界へといざなわれたのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 1000年の間、男は動けなかった。

 いや、正確に言えば今も尚動けない。

 意識がない訳ではなく、頭ははっきりとしていた。

 悠久の時を生きる彼にとっては、1000年など大したことはない。


 しかし、身体が動かないなら話は別だ。

 退屈極まりないうえに、彼がいるのは暗く、狭く、まるで牢獄のような場所だった。

 視界に映るのは遥か先に煌めく篝火のみ。

 仮初めの勝利の代償に、彼は自由を奪われていたのだった。


 コツ……コツ……と、誰かが歩く音が彼の耳に届く。

 その音のぬしが、唯一彼と外界を繋いでいた。

 足音のぬしが彼の目の前に立つと、この世のものとは思えない程、麗しく甘美な声で囁いた。


「ご機嫌はいかがですか?」


 これは彼女が毎回の様に言うセリフ。

 その度に彼は口角を少し上げた後、こう答える。


「良い訳がなかろう」


 クスクスと声のぬしである彼女は笑う。

 しかし、今日に限って彼は一言付け加えた。


「だが、時は近い」


 それを聞いた彼女は、最初は驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。


「この1000年で初めて聞きましたよ。あなた様がそうおっしゃるならそれは真実なのでしょう。喜ばしいことですわ」


「で? 余に何か言うことがあるのではないのか?」


 彼女がここに来る時は何か事態が動いた時のみだった。

 彼女は思い出したかのように彼に告げる。


「光魔法使いが死にました。絶望の中で。まぁ、ハズレでしたが」


 彼は再び口角を上げる。

 また一つ、彼の願いが成就に近づいたのだから当然であった。

 別にハズレでも構わなかった。

 彼は最初から全てを消すつもりだったのだから。


「あと……どれくらいだったかな?」


 彼女はいくつか魔法の名前を読み上げる。

 そのどれもに可能性があった。

 散らばったいくつかの力。

 全てを消し去らなければ彼の完全な勝利とはならない。


「あとは……生命魔法ですね」


 彼の眉がピクリと動く。

 忌々しい力の中でも特に厄介な魔法だった。

 それが消えてくれるだけで、彼にとってはどれほど嬉しいだろうか。

 仮にそれが当たりでなかろうが、一番消えて欲しい力であるのは間違いない。


「神眼が潰されたのは痛かったですね。あれが生きていればすぐに見つけられたのでしょうに」


「それを見越したうえであろう。失ったものは仕方がない。我らとて全能ではないのだ」


 だからこそ、配下を使い世界に概念を加えたのだ。

 ただ死ねばいい訳ではない。

 絶望の淵で、勝手に消えていくようにと。

 多少世界が歪んだが、彼にとってはどうでもいいことだった。


「余の力が戻れば瑣末なことよ。完全な勝利は我が手にある。それは、それだけは揺るがない」


「はい……我が主よ……」


 彼は完全な勝利のみを欲した。

 そして、それはこれからも変わらない。

 例え世界がどうなろうとも。

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