第7話 異常


 面倒なことになったな。

 出来ればまだそっとしておいて欲しかった。

 まぁ、燃えたはずの家が戻っていれば気づくのも当たり前か……。


「聞いてるの!? やっと無能のあんたがいなくなったと思ったのに!」


 今すぐ殴りつけてやりたいのをぐっとこらえる。

 こいつを殴れば後が面倒だ。

 無能が暴力を振るっただのなんだの騒がれて、町中の人間が俺を殺しにくる可能性だってある。

 今の俺とレヴィ、そしてエクスカリバーがいればどうとでもなるだろうが、町の連中には違う形で仕返しがしたい。


「なんなのよあんた達は……そいつ無能なのよ!? 一緒にいたらあんた達も……!」


「黙れ下郎」


「黙れクズ」


 いかん。

 2人が先にキレた。


「な、なによ……人の親切を……」


「親切……だと? 貴様の言う親切とは、突然現れて、私が慕っている人物に対し私の心情などを一切顧みることなく侮辱することだと、そういう訳か。なるほどやはりクズだな。私の見解は間違っていなかった様だ」


 レヴィの口調が普段と全く違う。

 言葉もそうだが、凄まじい形相で睨みつけていた。


「我が主人あるじを無能呼ばわりとはな。どうやら脳髄が腐り果て、その濁った目では真実を写すことが叶わんらしい。哀れなことよ。どれ、あの世に行けば治るやもしれん。死ね」


 最後直球過ぎる。

 2人が先にキレてしまったので、俺がキレるタイミングがなくなっていた。

 ある意味助かったが……。


「な、なによっ! だって無能じゃないそいつ! 無能に無能って言ってなにが悪いのよ!」


 なによと無能しか言わないなこいつ。

 なんだか斬ってもいい気がしてきたが、ひとまず2人を落ち着かせる。


「まぁまて2人とも。このおばさんは知らないんだよ。俺が無能じゃないことをさ」


「はぁ? あんたなに言って……」


「エクスカリバー、一瞬剣に戻させてくれ。すぐにまた人型に戻すからさ」


「承知した」


 俺が心の中で詠唱すると、エクスカリバーの身体が剣に戻っていく。

 剣に戻り、ふわふわと浮いていたエクスカリバーは、そのまま俺の手へと返ってきた。


 おばさんはただ呆然とそれを見ていた。

 何が起きたか理解出来ていないらしく、目と口がこれ以上ないくらいに開かれている。

 まさしく間抜け面というやつだ。

 今度はエクスカリバーを人型に戻す。

 先程のように、光の中からエクスカリバーが再び現れた。


「あ……ああ……」


「で、死ぬ覚悟はよいか?」


 再び現れて早々に恐ろしいことを言い、既に右手は剣に手をかけている。

 眉間にしわを寄せ、眉をひくつかせながらおばさんに迫るエクスカリバーを慌てて止めた。


「まてまてまて。許可なく斬っちゃダメ」


「むぅ……承知した」


 斬られる寸前だったおばさんは、恐怖からかガタガタ震えている。

 信じられないといった様子で俺を見つめていた。


「なんで……あんた……魔法を?」


「俺の魔法は神殿で操作魔法と言われた。だが実際は、生命魔法という違う魔法だったんだよ。だから魔法が使えなかった。生命魔法は物質に生命を与える魔法で、彼女は聖剣エクスカリバーだ」


 ガタガタと震えながら何やらブツブツと呟いている。異様な光景だった。

 まるで何かに取り憑かれているような……そんな感じにも見える。

 そして、ようやくおばさんの言葉が聞こえてきた。


「だ、だめよ……」


「は?」


「そ、それじゃあ私達が……悪者になっちゃうでしょ? 私達が勘違いであんたをバカにしてたって……そんなのだめ! あんたは無能なの! あんたは無能じゃなきゃだめなのよ!!」


 な、何を言ってるんだ?

 頭がおかしいを通り越している……。


「お願い! 本当は無能なんでしょ!? 今のは……手品……そう手品よね!? だからあんたは無能のままっ!?」


 レヴィが手をかざすと、そいつは見えない何かに縛り上げられるかのようにギュッと身体を硬直させた。

 両腕が胴体にこれ以上ないというくらいに密着し、息が出来ない程何かにキツく縛られているようだ。

 口をパクパクさせてなにか言おうとしているが、残念ながらなにを言っているかは聞こえない。

 そして、もう止める気は失せていた。


「苦しいか?」


 口をパクパクさせて目を見開き、顔は真っ赤になっている。

 当然そいつはレヴィの質問に答えられない。


「貴様の苦しみなど一瞬だ。思い出せ。この3年もの間、貴様は才能あるロード様に何をした?」


 色々されたな。

 一応あのクソ女が俺に優しくしてるフリをしてたから、面と向かって何かを言われたりした訳じゃないが。

 無視は当たり前で、玄関に生ゴミを置かれたりとか、ポストに生ゴミを入れられたりとか、窓に生ゴミが叩きつけられていたりとかかな。

 あれ? ほとんど生ゴミ関連だな……他にもあった気がするが。

 

 というか今考えればおかしな話だ。

 あいつの父親は離婚して家を出て行っている。

 2人暮らしなんだから、母親が俺に何をしているのかあいつが気づかないはずがない。

 クソ……なんで俺は……。


 レヴィが少し拘束を緩めた。

 途端に荒い呼吸を始め、肩を揺らしながらゼェゼェと鼻水まで垂らしている。


「わ、わたしは! 悪くないっ! だってそいつは人間じゃない!」


 この状況でもまだ言うのか。

 異常だな。そしてなんだか哀れだ。

 今まで耐えることに精一杯で気づかなかった。


「貴様の魔法……ふん、ただの水魔法か。しかも程度の低い……ならば戦うか? ロード様の生命魔法が生み出したエクスカリバー様と、貴様の水魔法……どちらが上なのか比べてみよう」


「な、なんで……あ、いやそれは……」


「ん? どうした? 貴様は貴様が言うところの有能な人間なのだろう? ならば問題ないではないか。まぁ、負ければ貴様は死ぬが。どうだやるか?」


 生ゴミさんは黙ってしまう。

 魔法は使えるが、魔物なんかとも戦わずに生きてきたのは見れば分かる。

 醜く太った身体を見ればな。


 まだ両親が生きていて仲がよかった時に聞いたが、生ゴミさんは確か雑貨屋の店員だったはずだ。

 水魔法なんて、まともに使ったことすらないんじゃないだろうか。


「やらないのか。つまり認めたわけだ。貴様はロード様より遥かに才能のないクズだと」


「あ……ああ……い、いや……」


 拘束を解き、レヴィはへたり込んだそいつの眼前に顔を寄せる。

 髪を掴み、鼻と鼻が付こうかという程の距離で強引に目を合わせた。


「一生覚えておけ。本来私に八つ裂きにされるはずの貴様は、才能あるロード様の優しいお心のおかげで生きているのだ。分かったら消えろ。そして二度と姿を現わすな。次、もし私に姿を見せた時は、ロード様に罰を受けても構わん……極上の苦しみの中で殺してやろう。この豚がぁっ!」


「ひぃぃぃぃぃっ!」


 何度も地面に転がりながら必死に走った生ゴミ豚さんは、なんとか家に入っていった。

 多分一生家から出られないなあれ。

 それを見届けた後、レヴィは俺に深々と頭を下げた。


「ロード様、申し訳ありません。ご命令を破り、暴力を振るってしまいました。なんなりとご処罰を。ムチ打ちなり、縛り上げて放置するなりご満足いただけるまで……」


 ちょっと顔が赤らんでいるのは気のせいだろう。

 気のせいだよな?


「い、いや、ありがとうレヴィ。スッキリしたよ。処罰なんてしない。あれなら怖くて家から出られないだろうしな」


「そう……ですか。分かりました……」


 なんだかすごく残念そうにされた。

 ……そういうアレなのか?

 今度は後ろで黙って見ていたエクスカリバーが「うぅむ」と唸っている。

 なにやら思うことがあるようだ。


「どうかしたか? エクスカリバー」


「ん、うむ……主人あるじよ、なんなのだあれは。我はあそこまで狂った人間を見たことがない。いや、まぁ一般市民ではな。王族には割とおったが」


「そうなのか? まぁ確かに今思えば異常だが、俺の周りではあれが普通だったんだ」


「あれが普通……? 主人あるじよ……よく3年もの間耐えたな。あれ程だとは思わなんだ」


「まぁ……今は俺もそう思うが……」


「ロード様、私も異常かと。奴のあれはなにか盲信的な、狂気すら感じる程の思想。それが一個人だけでなく世界中であるとするならば、やはり異常だと言わざるを得ません」


「んー……因みに2人の時代ではどうだったんだ?」


「我の時代、数千年前になるが……当時から神により魔法は与えられていた。もちろん力が弱いものはおったな。だが、其奴らはここまで蔑まれてはいなかったぞ」


「私も三千年ほど人間の世界を見てきましたが、ここ千年は人里から離れていました。クラウン様が死期を悟り、この地に戻ったのは1年ほど前なのです。なので最近のことは分かりかねますが、少なくとも千年前はこんな状態ではなかったですね。無能という言葉はありましたが、魔法が弱い人間を指す言葉ではありませんでしたし。買い物の際にたまたま町の連中が話しているのを耳にし、今はそういう存在として扱われているのだと知りました。まさかここまでとは知りませんでしたが……」


「ということは……何故かは分からないが、ここ千年の間で世界はこうなった訳か? うーん……考えても分からないな。まぁ、とりあえずこの話はまた今度にしてさっさと家に入ろう。また面倒が起こる前にな」


「そうですね。早くお片付けをしなければ……ククク」


「我は髪をといておる……ふふふ」


 お2人が嬉しそうでなによりです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る