第6話 事象

 

「はい。練習通りやれば大丈夫です。地下でコップやスプーンに生命を与えたように、エクスカリバーにも与えてみて下さい。伝説の武具には魂が宿っています。だから、ロード様が生命を与えることで更に力は増すことでしょう」


 この1ヶ月の間、俺はレヴィに魔法の扱い方を習っていた。

 彼女の鑑定魔法は見ただけでその全てを知ることが出来るというとんでもないものだった。

 例えば俺を見るだけで身長や体重はもちろん、どんな力を持っていて、それがどれだけ熟練されているかまで分かるのだという。


 何故魔族の彼女が神から与えられる魔法を使えるのか俺は聞かなかった。

 クラウンさんへの恩が関係しているのだろうと勝手に納得していたし、別に魔族だろうがレヴィはいい人だったからどうでもよかったのもある。


 そんなレヴィの鑑定魔法により分かったことは、俺の生命魔法は当然まだ初期段階で、生命を与えられる対象は1回につき1つのみということ。

 また、生命を与える対象の重量が自分より上なものは不可。

 そして、発動条件は対象に触れていること。

 解除は視界にいれば触れずとも可能で、その際与えた魔力が残っていれば俺に戻る。

 経験を積めば魔法の許容量が上がり、複数の対象に生命を与えられたり、重量の制限も緩和されていくらしい。


 生命を与えられた対象は話せないが感情があり、俺の命令のみに従う。

 また対象は、元の状態を残しつつ概ね人型に形を変える。

 地下でコップに生命を与えた時はコップの取っ手が4つに増え、それを手足の様に使って俺の命令に応えようとしていた。

 元が道具ならば、それにあった命令を与えることが望ましい。

 例えばスコップに生命を与え、土を掘ってもらうなどがそれに当てはまる。


 生命を与えたものの耐久力は、対象の素材や形、または特別な効果などに準拠する。

 鉄の棒と木の棒ならば、単純に鉄の棒から生み出した生命の方が強い。

 だが、ただの鉄の棒と仮に特殊な力を持つ神木から作られた木の棒ならば、必ずしも鉄の棒が強いとは言えない、といった具合だ。


「俺が生命を与えることで、エクスカリバーの力が更に強まるってことか?」


「その通りです。通常物質には意思や魂などはありませんが、伝説の武具達にはそれがあります。生命を与えることで恐らくただの物質とは違う、それこそ人のような存在になるのではないでしょうか。力が強まるというのは、自分の力を他人が使うより、自分の力を自分で使った方が上手く扱える、ということです」


「なるほど……とにかくやってみよう」


 伝説の武具に生命を与える……なんだかワクワクしてきた。

 いったいどうなるのだろうか。

 会話なんか出来たら楽しいかもしれない。


 俺はエクスカリバーに生命魔法をかけるべく、魔力と精神を集中した。

 生命を分け与えるように、魔力を物質に注ぎ込むイメージを頭で作る。

 そして、練った魔力をエクスカリバーに注ぎ込んだ。


 その瞬間、エクスカリバーが光を放つ。

 俺の手を離れ、宙に浮かんだエクスカリバーがだんだんと人の形に変化していく。

 そして、光に包まれた白い人型がスッと地面に降り立った。


「おお……」


「やはり私の見立て通りですね。百発百中です」


 光が弱まると、細部がだんだんと明確になっていく。

 どうやら鎧を着た騎士の様だ。

 身長は160センチくらいだろうか。

 そして、遂に現れたエクスカリバーの人型は……とんでもない美女だった。


「エクスカリバーって……女の子だったのか!?」


「む、知りませんでした。私の鑑定魔法に性別までは載っていませんでしたので。クラウン様から聞いたことも無いですね……」


 完全に姿を現したエクスカリバーは、金色の長い髪を腰までなびかせ、白銀のフルプレートメイルを着ていた。

 背中には赤いマントを羽織り、腰には自身そのものであるエクスカリバーが下げられている。

 彼女はゆっくり目を開くと、キョロキョロと辺りを見回し、今度は自分の身体を確認し始めた。


「おっ……おっ! おおーっ!?」


 エクスカリバーは驚きながらペタペタと自分の身体を触っている。

 今度は窓ガラスに映った自分の姿に気付き、近寄って嬉しそうに声を上げた。


「す、凄い! 完全に我が思い描いた我ではないか! なんとなんと……! こんな日が来ようとは夢にも思わなかった!」


 随分と古風な感じの喋り方だ。数千年前のつるぎだから当たり前なのかな。

 俺は少し躊躇しながらも声をかけてみた。


「あ、あの……」


「お? おお! 我が主人あるじではないか! いやーよくぞ我に生命を与えてくれた。礼を言う」


 満面の笑みで挨拶をし、胸に手を当てながら深々とお辞儀をされた。

 よかった。どうやら所有者だと思ってくれているらしい。


 それにしても本当に綺麗な人だ。

 自分の魔法でこうなっているのは分かっていたが、とても武器とは思えない人間臭さが彼女にはあった。

 普通の綺麗な女性にしか見えない。


「初めましてエクスカリバーさん。喜んで貰えてよかったです。で、早速で悪いんですが、エクスカリバーさんに頼みがあるんです」


「なんなりと、我が主人あるじよ。我は今、貴公のつるぎである。遠慮なく申されよ。それと敬語を使う必要はない。我は主人あるじに仕える身である故、逆にこちらが困ってしまう」


「じゃあ……遠慮なく。これ、俺の家だったんだ……直せるかな?」


「造作もなきこと。少し離れていただけるかな?」


 エクスカリバーに言われるがまま、俺達は家から距離を取る。

 俺は彼女がどうやって家を直すのか興味津々だった。

 

「我が鞘にはある力があってな。その力とは……全ての時を元に戻す力である」


 エクスカリバーは剣を鞘ごと抜き、それを家に向けて掲げた。

 すると鞘から光が放たれ、その放たれた光が燃えカスとなった俺の家に注がれていく。

 黒い灰が舞い上がり、徐々に家の形へと戻っていった。


「すごいな……」


「こんなあっという間に……さすがはエクスカリバーの魔法の鞘ですね」


 そして、1分も経たないうちに俺の家は元に戻ってしまった。

 伝説の聖剣恐るべし……!

 事を終えたエクスカリバーは、こちらを向いてにっこりと笑った。


「我が主人あるじよ、満足していただけたかな?」


「ああ! 大満足だ。ありがとうエクスカリバー」


「はっはっは! 構わぬよ。ところで……我はいつまでいられるのかのう? もう暫しこの身体を楽しみたいのだが……」


「与えた魔力にはまだ余裕があるし、エクスカリバーがこれ以上力を使わなければしばらくは保つかな。戦ったりするならもっと短くなるが」


「なるほどなるほど。では大人しく楽しむとしよう。女である我にとってはこの髪よ! 髪をとくのが夢でのう……」


「エクスカリバー様、初めまして。私はレヴィというロード様に仕えている者です。よろしければこれをお使い下さい」


 そう言ってレヴィは櫛を取り出した。

 木製のそれもまたかなり年季が入っている。

 レヴィいつの間に……準備するのが早い。


「おお! クラウンにも仕えておった娘だな? 知っておるぞ。我らは話せぬが、周りの声は聞こえておるのだ。して、これが櫛か! おお、なんと雅な。ありがたく使わせて貰おう」


「とりあえず家に入ろうか。外で話すのもあれだし」


「そうですね。中を綺麗にしなければ……ククク」


 メイドとしての血が騒いでいるようだ。

 頼もしいが、邪悪な笑いは控えて頂きたい。


 その時背後から突然「えっ!?」という声が聞こえてきた。

 嫌な予感……というかほとんど確信して振り向くと、よく知る顔がそこにはあった。


「な、なんなの!? なんで家が……あ、あんた生きてたの!?」


 あいつの母親に気づかれてしまったようだ。

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