第5話 エクスカリバー
あの後1日喪に服し、クラウンさんが眠る部屋を後にした俺達は、王族のみが知っていたという秘密の抜け道を2人で歩いていた。
「あのままでいいよな。なんだか触れちゃいけない気がするんだ」
あの人の眠りを妨げたくはない。
あのままゆっくりと休んで欲しかった。
「はい。あのままでいいかと。クラウン様は自分に付き合わせてしまったと仰っておりましたが、本当は逆なのです。私を1人にするのが忍びなかったのでしょう。本来もっと早くに亡くなるはずが、今日まで生きられていたのは恐らくそういうことです。だからロードさん……いや、ロード様。落ちてきていただいて、ありがとうございました」
そう言ってレヴィは深々と頭を下げる。
なんだか変なお礼のされ方だったが、確かに彼女の言うように落ちてよかった。
「礼を言うのはこっちだよ。あと、様はやめ……」
「お断りいたします」
速攻で断られた。
まぁいいか。
「外に出たらロード様を散々コケにしたクズどもを成敗しなくては……」
ククク……と、レヴィがなかなかに邪悪な笑みを浮かべる。
あ、ちょっと魔族っぼい。
「いきなり暴力は振るわないでくれよ……?」
「甘いですね……ロード様はお優しいことで」
「だって暴力で返しても意味ないだろ? まぁもちろん手を出されたら身を守るけどな。許すつもりはないからさ」
3年間俺が何をされたか思い出すだけで腹が立つ。
どれもこれも許せるわけがない。
もちろん一番腹立たしいのはアスナだ。
優しいフリをして裏ではあんなことを……。
他の奴らを百歩譲っても、いや一万歩譲ってもあいつだけは絶対に許さない。
「む、ではどうするおつもりですか?」
「決まってる。最終目標は勇者だ。俺が勇者になって世界を見返してやる」
クラウンさんの最後の言葉だ。
絶対に世界を見返してやると決めていた。
「なるほど。承知致しました。で、まずどうされます?」
「とりあえず俺の家に行こう。魔法の使い方と練習は出来たけど、もう一度魔法やスキルの話を聞きたいからね。あと、これについても教えてくれよ」
俺は黒い手帳を取り出す。
ポケットに収まるほどの大きさでありながら、ずっしりと重たいそれに、伝説の武具が100種類入っているという。
中にどんな武器が入っているのか、まだ俺はよく知らなかった。
「かしこまりました。我々の現状をもう一度確認致しましょう。ロード様のご自宅ならゆっくりと話せそうですしね」
「そうだね。ところでレヴィ……その大荷物は?」
レヴィは自身の身体より大きなリュックを背負っていた。かなり年季が入っている薄茶色のそれは、何が入っているかは知らないがパンパンだ。
かなり重量がある様に見えるが、それを細身の身体で軽々と背負っている。
魔族は肉体の強さが人間とは根本から違うらしい。
「ロード様の服や私の服、雑貨などが入っています。あとは換金出来そうなものを何点か。先立つものがなければどうしようもないでしょう?」
「まぁそうだな。ていうか俺のこの服とかいつの間に揃えたんだ?」
ボロボロだった俺の服は、今じゃ黒で統一された革の服に変わっていた。
なんだか盗賊ギルドの連中が着る様な服にも見えたが、せっかくレヴィが選んでくれたものだしありがたく着させて貰っている。
結構かっこいい服で気に入ったしな。
「食料を購入しに行った際、ロード様の黒髪に合うように選んで参りました。お気に召しましたか?」
「うん、ありがとう。大切にするよ」
「それはよかった。あ、間も無く外に出ます。時刻は昼の12時ですね……目をやられない様に瞑っておいて下さい。ロード様、お手を」
「あ、うん……」
ギュッと手を握られてドキッとしてしまった。
初めて女の子と手を……あ、いやいや。
実は外に出ることがかなり怖かった。
きっと今までの記憶がそうさせるのだろう。
魔法やスキルがあることは分かったが、上手く使いこなせるだろうかと不安だった。
失敗して、またバカにされるんじゃないかという嫌なイメージがどうしても拭えなかった。
でも……レヴィのおかげでそんな気持ちが吹き飛んだ。
女の子の手ってすごい。
「ロード様、目を開けてはダメですよ? では、行きます」
彼女に手を引かれ、俺は約1ヶ月振りに外に出た。
瞼を閉じていても太陽の光を感じ、やはり少し目が痛い。
風が俺の身体を通り抜けると土や草の匂いがして、たかだか1ヶ月しか離れていなかったのにも拘らずなんだか懐かしい気分になる。
「ロード様、ご気分はいかがですか?」
「ああ、悪くない。大丈夫だ」
段々と目が慣れてきたので、薄っすらと目を開けてみる。
まだ微かにしか見えなかったが、何やら石が沢山置いてある場所のようだ。
というかこれは……。
「ここ……墓場?」
「はい。秘密の通り道はお墓に繋がっているのです。町からは離れていますし、もはや忘れ去られた場所ですね」
なるほど。
確かに人目につかない所に作るのは合理的だ。
その後目も太陽にすっかり慣れ、周りを見渡すと離れた所に町が見える。
「よし、もう大丈夫だ。町に向かおう」
「はい、お供いたします」
俺達は町に向かって歩き出した。
町を見てまた少し不安になるが、隣を歩くレヴィのおかげで勇気が出る。
何を言われようが関係ない。
どいつもこいつも今に見てろ……俺はもう無能じゃないんだ。
―――――――――――――――――――――
町を歩く俺を誰もが驚いた顔で見ていた。
そりゃそうだろうな。
約1ヶ月いなかったうえに、無能の俺がちゃんとした服を着て、更にメイドまで連れて歩いてる。
俺を知る奴らなら驚かない訳がない。
「ジロジロ見おって……全員消し炭に……」
「レ、レヴィ……?」
「む、申し訳ございません。つい心の声が」
「う、うん……我慢しろよ?」
誰かに聞かれなくてよかった……。
とりあえず早く家に行こう。
このままだと本当にやりかねない。
町の中心から少し離れた所にある俺の家。
あいつの家が隣にある以外はあまり家が無く、割とひらけた場所にある。
「そこを曲がると俺の家が見える。かなり汚いが……」
「お任せ下さい。腕がなります」
「ああ、頼むよレヴィ。ほらあれが……え?」
「む、あの家ですか? 綺麗な家ではないですか」
「い、いや……あれは隣の家……俺の家は……」
「……あの燃えカスが?」
うん……あの燃えカスが俺の家……だったやつ。
なんで?
近くに行くとやはり俺の家は無くなっていた。
いや、遠くからでも分かっていたけどな……。
なんで家が焼かれなきゃならないんだ。
「ロード様……」
「あ、ああ……大丈夫だレヴィ」
確かにこの3年間は生きるのに必死で家は寝るだけの場所だった。
だがいざ無くなると、両親と一緒に過ごした大切な家だったのだと感じる。
こみ上げる悲しみと悔しさに、俺は拳を握りしめた。
「多分俺がいなくなったから焼いたんだ。無能の家なんて無くなって欲しかったのかもな。まったく……頭がおかしい奴らばっかりで参っちまうな。はは……」
焼け残った黒い柱を見つめ、渇いた笑いをする俺にレヴィがそっと身体を寄せてきた。
少し驚いたが、その温もりのおかげで徐々に気持ちが和らいでいく。
「ありがとう、レヴィ……」
「ロード様……心中お察し致します。大丈夫、あなたにはこれを元に戻すお力が既にあるのです」
「え……?」
「手帳をお開き下さい。一番最初のページ、そこに記された名を呼ぶのです」
黒い手帳を開く。
一番最初のページには金色の
それはかつて、所有者に必ず栄光をもたらしたと言われる伝説の武器。
その名は……。
「エクスカリバー……!」
キィンッと手帳から短い金属音が鳴る。
そして、開いたページからゆっくりと
俺がそれを握ると、
まるで羽根を持っているかのように重さは全く感じられなかった。
金色の
余計な形容はいらず、ただただ美しかった。
「これが……伝説の……」
エクスカリバーを始め、この手帳に入っている伝説の武具達は今でも語り継がれる程の武具ばかりだった。
誰もが名前を知っているものではあるが、しかし今では伝承が残るのみ。
このエクスカリバーもかつて魔物との大戦の折、英雄アーサーが振るったとされる伝承だけが残っていた。
「はい。エクスカリバーです。所有者に栄光をもたらす伝説の聖剣ですね。さぁロード様、エクスカリバーに生命魔法をかけるのです」
「こいつに……生命魔法を?」
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