第4話 別れ

 

 どんな武器でも完璧に扱えるスキル……そんな力が俺にはあるらしい。

 子供の頃に木の棒とかで遊んでいたことはあったけど、今まで武器を本気で人に向けたことがなかったから知らなかった。


「一切の鍛錬なく、どんなに鍛えた達人より武器を使いこなせるのです。こんなにすごいスキルはなかなかないですよ。ロードさんは恵まれているかと。良かったです」


 そう言ってにっこりと笑うレベッカに、思わずドキっとしてしまう。

 今の笑顔は間違いなく反則だった。

 スキルのことを聞いたクラウンさんも、一緒に喜んでくれていた。


「レヴィの言う通り素晴らしいスキルを持っていたな。実はスキルには微妙なものも多いのだ。例えば人より大きな声を出せるとか、寒さに強いとかな。ロードのスキルはもはや魔法レベルだ」


 そんな微妙なスキルもあるのか……そんなんじゃなくてよかった。

 だがそんなことよりも、2人がまるで自分のことのように喜んでくれている方が嬉しい。


 死ななくてよかったと今は心からそう思う。

 魔法やスキルのおかげもあるが、この2人に出逢えたことがなによりも嬉しかった。


 俺自身の話が落ち着いたことで、また聞きたいことが出てきた。

 聞いてよいものか迷っていると、クラウンさんは笑顔で頷く。

 どうやらなんでもお見通しらしいので遠慮なく聞かせてもらうことにした。


「クラウンさんは、その……どうして今も生きているんですか? 大昔の王様なのに。あと、レベッカはどうなんですか? それと何故こんなところに?」


「フハハ! 思ったより質問が多いな。だが、話しておかねばなるまい。レヴィ、説明を頼む。こやつは余より話が上手いからな」


「分かりました陛下。あ、それとロードさん。私のことはレヴィとお呼びいただけますか? その方が慣れているので」


「ああ、分かった」


「では話を始めましょう。まず1つめの質問ですが、それは陛下の時魔法のお力です。その名が示す通り、時を操るという凄まじいお力を持っています。ご自身の身体に流れる時を緩やかにし、長い時を生きてこられた訳です。2つめの私についてですが、実は私は人間ではありません……魔族なのです。魔族の寿命は果てしなく長いので、大恩ある陛下にこうして長年お仕えしている次第です」


 まるでおとぎ話のようなそれに、頭がなかなか追いつかなかった。

 時魔法も聞いたことはなかったし、なにより効果が凄過ぎる。


 しかもレヴィが魔族? どう見ても普通の可愛い女の子にしか見えなかった。

 そんな頭がパンクしそうな俺に、更にレヴィは話を続ける。


「そして最後ですね。実は地下にあるこの部屋は、かつてのヴァンデミオン城の地下室なのです。暖炉や部屋の内装などは私がなんとかしました。どうしてもと陛下が仰るので。そして陛下は……人生をここで終えるためにこの地に戻られたのです」


「えっ……? 時を操っているんじゃないのか? だったらまだいくらでも……」


「いえ、あくまでも緩やかに時は動いているのです。完全に止めれば陛下ご自身も動けなくなってしまいますから」


「そういうことだ。余の命はもう消えかけている。分かるのだ……恐らくそう長くはあるまい」


「そう……なんですか……」


 俺を1人の人間として接してくれる人にやっと出逢えたのに、その人の命はもう長くないという。

 魔法とスキルのことはもちろん嬉しい。

 だが、それよりも寂しい気持ちの方が大きかった。

 そんな俺の様子を察したのか、クラウンさんは優しく微笑んだ。


「そんな顔をするな。まだ多少時間はあるだろうから、その間に色々と話そうではないか。それと、怪我が治ったら魔法やスキルのことをレヴィから学ぶといい。今までお前をコケにした奴らを見返してやるためにな」


「はい……!」



 ―――――――――――――――――――――



 こうして俺の人生は3年ぶりにようやく動き始めた。

 3人で囲む食卓、たわいもない会話、クラウンさんやレヴィから学ぶ様々なこと。

 そのどれもが俺にとっては宝物だった。

 誰かとこんなに楽しく話せる日が来るなんて思ってもみなかった。


 レヴィからは生命魔法の能力や使い方を教わり、その練習にも付き合ってくれた。

 クラウンさんは動かなくなってきた身体を必死に動かしながら、俺に戦い方や戦闘時の思考などを教えてくれた。

 幸せな、本当に幸せな時間はあっという間に過ぎ、俺がここに来て1ヶ月が経過した。


 そして、それは突然訪れる。



 ―――――――――――――――――――――



「ぐうっ……!?」


「陛下!」


「クラウンさんっ!」


 ここ最近クラウンさんの体調はどんどん悪くなっていた。

 立つことさえ難しく、ベッドで横になる日が続く。そして今日は特に息切れが激しい。

 座って食事をしているだけでゼェゼェと苦しそうに息をしていた。


 嫌な予感はしていた。

 でも、まだ大丈夫だと……そう思っていた。

 しかし、そう思って見つめたクラウンさんの顔には生気がなく、そしてまるで何かを悟った様に微笑んだ。


「どうやら……時が来たようだ……」


 それは今一番聞きたくなかったセリフ。

 この楽しい時を終わらせてしまう悲しい言葉だった。


「クラウンさん……やっぱり……ダメなんですか?」


「余は……あまりに長く生き過ぎた。だからもうよいのだ。だがロードよ、お前は死んではならない。お前の人生はこれからなのだ。恐らくロードに出逢えたのは運命だったのだろう。最後に、未来ある若者を救えて本当によかった……」


「クラウンさんっ……もっと早くっ! あなたに会いたかった……!」


 また涙が出てきてしまう。

 せっかく会えたのにもうダメなのか?

 もっと話をしたいし、色々学びたい。

 そんな俺の気持ちを察したかのように、クラウンさんは優しく微笑んだ。


「余も同じ気持ちだ。長く生きてきてもう十分だと思っていたのに、ロードに会ってもう少し生きたいと思ってしまった。こんな気持ちは本当に久しい。だがな、やはり終わりがあるからこそ人生は輝くのだ。永遠など無用の長物なのだよ。レヴィ、あれを持ってきてくれ」


「陛下……お授けになられるのですね?」


「このまま共に眠ろうかとも思っていたが、ロードに託そう。あれ達も喜ぶだろうしな」


「かしこまりました」


 そう言うとレヴィは部屋の奥に消え、すぐに戻ってきた。

 手には古びた手帳のような物を抱えている。

 黒い革張りの手帳をレヴィから受け取ったクラウンさんは、それを懐かしそうに見つめていた。


「ありがとうレヴィ。さてロードよ。これは魔道具の一つでな、この中には……うぐっ……伝説と言われる武具が100種類入っている。これを……お前にやろう。お前のスキルにぴったりだろう?」


「伝説の武具が? 過去の大戦で失われたという話は聞いたことがありましたが……ここに全部?」


「そうだ。余が……集めていたのだ。まぁ趣味でな。受け取ってくれ」


 クラウンさんから手渡された黒い手帳は、ページが全て金属で出来ておりずっしりと重たかった。

 試しにページを捲ると、金属のページには武器の名前と共に武器の姿が彫られている。


「いいかロード。伝説の武具達は凄まじい力を持つ。決して使い方を誤るな。ページを開き、名を呼べば手帳から武具が現れる。それぞれ違った能力があるから詳しいことは……レヴィに聞くといい」


「陛下私は……」


「レヴィよ……余に対する恩は十分に返してもらった。今度はロードを支えてやってくれ。余と共に死ぬなど許さぬ。これは……余の最後の願いだ。頼む」


「……分かりました。クラウン様」


「ありがとうレヴィ……では眠るとしよう……」


「クラウンさん……手を」


 もう1人では歩けなくなったクラウンさんを支えてベッドまで付き添う。

 出逢った頃はまだいいガタイをしていたクラウンさんは、いつの間にかすごく小さくなっていた。

 それがどうしても切なくて、また目頭が熱くなる。


 ベッドまで辿り着くと、クラウンさんは礼を言いながら横になった。

 クラウンさんに俺が布団を掛けると、再びありがとうと礼を言われる。


 その度に、もうこの優しい声を聞くことが出来なくなるのだと、そう考えるだけで涙が止まらなくなってしまった。

 クラウンさんは首だけをこちらに向け、俺達2人をその優しい目で見つめる。

 そうしてゆっくりと口を開いた。


「レヴィ、今までありがとう。お前がいたから余は不自由なく生きてこられた。だから今度はお前がもっと楽しめ。よいな?」


「はい、クラウン様。あなたに出逢えて……私は幸せでした」


 レヴィの目から涙が溢れる。

 今度はそれを拭わずに、クラウンさんをじっと見つめていた。

 クラウンさんが手を差し出すと、それを両手で包み何度も頷く。

 クラウンさんはレヴィを優しく見つめた後、今度は俺を見た。


「ロードよ、レヴィを頼むぞ。長いこと余に付き合わせてしまったからな。楽しませてやってくれ……任せたぞ」


「あなたがそうおっしゃるなら、そしてレヴィがそれを望むなら……必ず約束を守ります」


「うむ……実はレヴィが最後の心残りだったのだ。ロードに出逢えて本当によかった。ありがとう」


「それは俺のセリフですよ……本当にありがとうございました……!」


「よいよい。ロードよ、人生を謳歌せよ。世界を……見返してやれ……お前なら……必ず……」


 クラウンさんは静かに眠りについた。

 本当に……まるで眠っているかのようだった。

 悲しみの中で、俺は伝説の王の微笑みを真似た。

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