第3話 救い

 

 身体がとても暖かくて、なんだかすごく気持ちがよかった。

 ああ……ここが天国なのかな。

 やっと嫌なことがない世界に来れたんだと嬉しくなる。

 なんだかふわふわとした気分で、今にも飛び上がって行けそうだ。

 そう思って身体を起こそうとした俺に激痛が走った。


「いっ!?」


「む、気がつかれましたか。まだ起きない方がよろしいかと」


「え……? 俺は……」


 生きてるのか?

 どうやらベッドに寝かされているらしい。

 周りを見渡すと薄暗い部屋の中に暖炉の炎だけが赤く煌めいている。

 そして、1人の女の人がこちらを見ていた。

 白く長い髪に黒い肌、着ているのはメイド服だろうか。

 彼女は半ば呆れたような顔をしていた。


「やれやれ。まさかあの井戸に入る物好きな方がいらっしゃるとは思いませんでした。びっくり仰天です」


「俺は……生きてるのか?」


「はい? 生きてますが? 頭を強く打ったようですね。まぁ大事には至りませんでしたが」


 そうか……死ねなかったのか。

 あのまま眠るように死ねたらよかったのに。

 じゃあここはいったい……。


「ここはどこなんだ……? どうやって俺を見つけたんだ? 井戸からどうやって俺を運び出したんだ?」


「む、質問の多いお方ですね。ここは井戸の中にある陛下のご自宅です。あなたを見つけたというより、あなたが降ってきたのです。この家に」


 ますます訳が分からない。

 井戸の中? 陛下? 降ってきた?


「ど、どういう……」


「あーはいはい。分かりました分かりました。ちょっと座らせていただきますよ? ではゆっくりお話しして差し上げます。特別待遇です。あ、その前にお名前をどうぞ」


「は、はぁ……ロードです……」


「ロードさんですか、いい名前ですね。私はレベッカと申します。どうぞよろしく。で、ここはあなたが入った古井戸の中にある家なのです。そこまではいいですか?」


「は、はい……」


 もちろんまだよく分からない。

 だが、とりあえず彼女の話を聞く。


「で、この家のご主人様がクラウン=ヴァンデミオン陛下。かつて世界を統一した伝説のお方です」


「……なんだって?」


 ヴァンデミオンって言ったら大昔にあった国の名前じゃないか。

 意味が分からない。

 それで世界を統一した王様だって?


「む、ご理解していただけていないご様子。困りました」


 困ってるのは俺なんだけどな。

 まだよく回らない頭でなんとか考えてみた。

 あまりに荒唐無稽だが、こういうことか?


「つまり古井戸の中に家があり、その……大昔の王様が生きていて、そこに俺が落ちてきた……って事?」


「む、分かっているではありませんか。素晴らしい。称賛いたします」


 レベッカはパチパチと拍手をした。

 これこそ夢かと思ったが、身体を動かす度に起こる激痛が現実だと俺に教えていた。

 分からない事だらけだったが、俺のやることは決まっている。


「助けてくれてありがとう。でもね、俺は死にたいんだ」


「む、何故ですか? あなたはまだ若く、素晴らしい力を持っているのに」


「はは……無能の俺に素晴らしい力なんてない。慰めはいいんだ。死にたい理由はそれだけじゃないしね」


「ほう、では余にも聞かせて貰えるかな?」


「あ、陛下」


 突然暗闇から老人が現れてギョッとする。

 どうやらこの人がクラウン=ヴァンデミオンという、かつて世界を統一した伝説の王……らしい。

 まだ信じた訳ではないが。


「まだ信じた訳ではなさそうだな。あ、余の事はクラウンさんでよいぞ。とっくの昔に王ではないからな」


「えっ!? あ、はい……」


 まるで心を読まれたかのようだ。まさか読心魔法?

 当のクラウンさんはゆっくりと椅子に座り、俺を見つめていた。

 ブロンドの長髪で、かなりガタイがいい。

 確かに風格はあるが、やはりそんなに長く生きているなんて信じられない。


「さぁ聞かせてくれ。死ぬのはそれからでもいいだろう?」


「……いいですよ。つまらない話ですが」


 俺は全てを話した。誇張無く、あるがままを。

 クラウンさんはそれを黙って優しく聞いてくれていた。

 時折頷きながら、真剣に俺の話を聞いてくれている。

 こんな風に俺の話を聞いてくれる人は今まで1人もいなかった。


 最初は冷静に話していたのだが、だんだんと抑えていた感情が爆発してしまう。

 勝手に溢れて止まらない涙と感情を、初めて会ったその人に全てぶつけてしまっていた。


「だからっ……もうっ! うっ……死にたくてっ!」


「そうかそうか……それは辛かったなぁ。よく頑張った。お前はすごい」


 俺の肩に手を置き、優しい声で優しい言葉をかけてくれるクラウンさんに、俺はすがりついてただただ泣いてしまった。

 クラウンさんは背中をポンポンと叩き、そんな俺を慰めてくれていた。


 少し落ち着いた頃にレベッカを見ると、彼女は涙ぐんでいるようで、俺に見られていることに気づき慌てて袖で目を拭っていた。

 クラウンさんもそれに気づいたようだ。


「ん? なんだレヴィ泣いてるのか?」


「な、泣いてません。泣いてませんよ? ちょっと目にゴミが……」


 2人ともいい人だな……。

 こんな人達にもっと早く出逢えていれば、俺の人生も変わっていたかもしれない。

 しばらく目をこすっていたレベッカだったが、それを終えると顎に手を当てて不思議そうな顔をしていた。


「それにしてもおかしいですね……私の見たところ、あなたは操作魔法の使い手ではないのですが」


「え……?」


「レヴィ……あ、レベッカのあだ名だ。彼女の魔法は鑑定魔法。全てを見通す魔法なんだ」


 鑑定魔法なんて聞いたことがない。

 俺も現状がどうにかならないかと、魔法については色々調べたがそんな魔法は知らなかった。


「ほ、本当に俺の魔法は操作魔法じゃないのか?」


「はい。あなたの本当の魔法は生命魔法。物質に生命を与える素晴らしい魔法です。長く世界を見ましたが、まず見られない希少な魔法です」


 生命魔法だって?

 それも聞いたことがなかった。

 だったらなんであの時……?


「で、でも神殿で神官様は操作魔法だって……」


「これは私の推測に過ぎませんが……この時代には生命魔法という概念がないのかもしれません。なのでカテゴリー的に近い操作魔法だと判断したのかもしれませんね。操作魔法も物質を操る魔法ですから」


「そんなバカな……」


「因みに操作魔法と生命魔法では使い方が全く違います。操作魔法だと思い込んでいたあなたが魔法を使えないのは当たり前ですね。悲しい勘違いです」


 俺の今までの人生はなんだったんだ。

 苦しくて虚しくて辛い、今までの日々は無駄だったと……そう言うのか。


「ロードよ。お前の気持ちは痛いほどに伝わってくる。だが、まだやり直せる。お前は若い。今からでも全く遅くないのだ」


「クラウンさん……俺……」


 クラウンさんは俺の両肩をガシっと掴むと強く頷きながら微笑んだ。


「大丈夫だロード。辛い気持ちは分かる。だが、今からお前の人生は始まるのだ」


「そうです。しかもあなたには素晴らしいスキルまであります。天は二物を与えずといいますが、あなたには当てはまらないみたいですね」


「スキル……?」


所謂いわゆる才能ですね。私ですと、家事全般を完璧にこなせるというメイドとして最高のスキルを持っております。完全無欠です」


 そういうのもスキルなのか。

 どうやら特別な力だけって訳じゃないらしい。


「誰でもスキルは持っているのだが、鑑定魔法がなければそれを自覚する事は出来ない。大体の人間は自分のスキルを知らずに生きる。やりたいことに自分のスキルが合っているものはその分野で活躍出来るだろう。しかし、やりたいこととスキルが合わなければよい結果は得られない」


「なるほど……じゃあ魔法は……」


「そう、魔法は目に見える才能だ。だからスキルは補助のようなものだな。魔法とスキル、両方に恵まれた者はさらなる高みへと到達するだろう」


 クラウンさんは両方に恵まれたのだろう。

 だからすごい王様になった訳だ。


「で、レヴィ。ロードのスキルはなんなんだ?」


「はい。ロードさんのスキルは武芸百般。どんな武器でも完璧に扱うことが出来る、とんでもないスキルです」

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