第2話 闇


 帰り際、町の入り口がなんだか騒がしい。

 道には人だかりができており、何かが通るのを待っているようだ。

 何があるのか誰かに聞きたいが、聞いたところで誰も教えてくれないだろう。


 まぁ俺には関係のないことだと通り過ぎた矢先、背後から大歓声が聞こえてきた。

 驚いて振り返ると、そこにいたのは今噂になっている勇者と呼ばれる一行の姿だった。


「ああ……なるほどね」


 俺がなりたかった勇者。

 顔は自信に満ち溢れ、その姿は歩いているだけで絵になっていた。なんでも彼は凄い魔法を使うらしい。

 仲間達もかなり優秀らしく、今現在世界の注目を集めていた。

 そんな勇者はみんなから握手を求められ、鳴り止まない歓声に応えている。


 正直見たくなかった。

 だって自分が惨めになるだけだから。

 情報紙で知るくらいならいいが、目の前にいたらどうしたってこう思う。


「なんで俺は……」


 無能なんだろう。

 勇者になれなくてもいい。せめて普通に魔法が使えたらと、そう思う。

 もしそうだったら、アスナとだってもしかしたら……。


 その時勇者が不意に立ち止まり、1人の女性に話しかけていた。

 何故だかは分からない。

 ただ漠然とした不安と、妙な胸騒ぎがした。

 そして、会話が聞こえる距離まで近づいた俺は愕然とした。

 勇者が話しかけていたのは……アスナだった。


「やっぱり君だ……いきなりですまないが、俺の仲間になってくれないか?」


「えっ? わ、私ですか?」


「ああ、そうだ。君からすごい力を感じる。その力に導かれてここまで来たんだ。一緒に行こう」


 う、嘘だろ……なんでアスナを……?

 確かにアスナの魔法は凄いし、この町では一番の使い手だ。

 だからと言って、なぜ勇者がわざわざこの町に来てまで勧誘するんだ?

 なんでアスナのことを知っているんだ?


 勇者とアスナが親密そうに話している。

 アスナのあんな嬉しそうな顔は見たことがなかった。

 で、でもアスナは俺のことを気にしてくれているはずだ……。

 それにこの町が好きだと言っていたし、まだ行くと決まったわけではない。

 大丈夫、きっと大丈夫だ。

 

 しかしそんな俺の想いとは裏腹に、勇者と見つめ合うアスナの頬は明らかに紅潮しており、恍惚の表情を浮かべながら潤んだ瞳で勇者を見つめていた。

 やめてくれ……そんな顔で勇者を見ないでくれ!

 アスナがいなくなったら俺は……!

 

「は、はい! お願いします!」


 ア、アスナ……。


「よかった! やっぱりリリスの探知魔法は凄いね。こんな凄い魔力を持った人に会えるなんてな」


「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるのよ」


「ははっ! そうだったね。あ、ごめんごめん。挨拶がまだだった。俺の名前はロイ。勇者なんて呼ばれているけど、まだまだ修業中なんだ。一緒に頑張ろう!」


「わ、私はアスナといいます! よろしくお願いします! あ、あのっ! 両親に会ってもらっても……」


 やめてくれよ……。


「もちろん。しっかり話をしてからにしないとね」


「大丈夫よ。何かあったら私が守ってあげるから」


「ありがとうございますっ! 夢みたい……頑張ります!」


 そんな嬉しそうに……。


「それじゃあ行こうか。みんな、また!」


 町中が祝福していた。

 拍手と歓声が鳴り止まない。

 俺はただただその場で立ち尽くすことしか出来なかった。



 ―――――――――――――――――――――



 気がついたら家に着いていた。

 どうやら知らないうちに家まで歩いていたらしい。

 もう、なにもかもがどうでもよくなっていた。


 夢なら覚めてくれと願う俺だったが、その時隣の家から勇者達とアスナが出てきて楽しそうに話をしている姿が見えてしまった。

 やっぱり……現実だったんだな。


「それじゃあ明日出発だ。準備をしておいてくれ」


「はいっ! 分かりました」


「じゃ、またね」


 勇者達が去って行く。

 それをアスナはキラキラした目で見つめていた。

 あんな表情は見たことがない。

 俺には見せたことのないそんな笑顔を、今日あったばかりの奴に見せないでくれ……。


 呆然とアスナを見ていたら、こちらに気づいたアスナと目が合った。

 いつもの様にこちらに駆け寄ってくる。

 いつもとは違う満面の笑みで。


「ねぇロード! 聞いてよ凄いんだよ! 私ね、勇者様のパーティに誘われちゃった!」


 もう……。


「あ、ああ……そうなんだ。凄いね、よかったじゃないか」


「びっくりしたよ! いきなり私の目の前に止まってさ! 仲間にならないか? だってー! かっこいいー!」


 許してくれ……。


「おめでとうアスナ。アスナならきっとうまくやれるよ……頑張ってね」


「うん! ありがとうロード! あ、ロードも頑張ってね。それじゃっ」


 そう言ってアスナは家に戻っていった。

 一切振り返ること無く。


 ああ……今気がついた。

 バカだなぁ俺は。

 アスナにとって俺は……。



 ―――――――――――――――――――――



 ベッドに横になり天井を見上げていた。

 俺の支えは明日いなくなる。

 きっとすぐに俺のことなど忘れてしまうだろう。


「嫌だ……けど……」


 悲しいとか苦しいとか悔しいとか、そんな感情に支配されている俺の人生において、彼女だけが唯一俺に嬉しいという感情をくれた。

 今まで支えてくれた彼女が喜んでいるならもうそれでもいい。

 きっとこんな俺に優しくした彼女に、神様がご褒美をあげたんだ。

 だから笑って見送ろう。

 そして、いつか俺も魔法を使いこなして……。


「アスナおめでとー!」


「気をつけてねー! って勇者様がいるんだから大丈夫か!」


「あはは! 確かに!」


「みんなありがとう! 私、頑張るから!」


 窓を開けていたからか、隣のアスナの家から祝福の声が聞こえてきた。

 どうやら今日は送別会らしい。

 俺もここから参加させてもらおう。


 しばらく楽しそうな声が聞こえ、アスナの嬉しさに溢れた笑い声が響く。

 次第にそれが聞こえなくなり、どうやらパーティーはお開きになったようだ。

 次々にアスナの友人が帰る中、最後の1人と玄関先で何か話している。

 どうやら一番仲がいい親友らしい。

 別れを名残惜しんでいるのだろう。


「でも本当によかったーあいつに変なことされる前でさ」


 あいつ……?


「無能の近くにいると無能がうつるのよ? 知らないの?」


 ああ……俺のことか……。

 無能がうつるか……そんなことも言われてるんだな。

 そうか……周りが知っていても関係なく俺によくしてくれてたんだな。

 アスナがいて本当に助かった。ありがとう。


「んー顔だけはいいからねあの無能。だから餌付けみたいな感じかな? あの底辺を見ると本当にやる気が出るっていうか、こうならなくてよかった! ってなるじゃない? だからお礼に恵んであげてるのよ」


 ……え? い、今のアスナが……え?

 ちょ、ちょっと待って……くれ……。

 心臓が痛い。

 なんだこれ……なんなんだよこれ!

 分からない分からない分からない!


「あー……なるほどね。無能じゃなかったらモテる顔ではあるわ。でも無能は無理だからなー。だって人じゃないじゃん」


「分かってるってば! ま、もう会うこともないしどうでもいいじゃん。私がいなくなったら死んじゃったりして。ま、誰も悲しまないか。あんな無能がいなくなったって」


 あ……ああ……!


「当たり前じゃん! ていうか早く死んだらいいのにね。確かにああなりたくないから頑張ろうって思うけど、実際目障りなんだよね」


「確かにねー。あ、でも本当に死ぬかもよ? 勇者様と行くことになったーって話したら顔が死んでたもん。もう笑いをこらえるのに必死でさー! なんか勘違いさせちゃってたみたいだね」


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


「いやそりゃ笑うわ。でもあんた、勇者様の前ではやめときなよ?」


「分かってるよー! あ、そういえば後さ……」


 この世界に救いはなかったんだ、最初から。



 ―――――――――――――――――――――



 ここにしよう。

 町外れにあるこの枯れた古井戸は、何十年も使われていない。この中に入れば誰にも気づかれること無く死ねる。

 死んだところで彼女が言った様に誰も気にしないだろう。だがら最初から気づかれないように死にたい。

 俺の死体を見た人がどう思うかなどと考えずにただ死にたかった。

 この世界にはなんの希望もないんだから。


 彼女が俺に向けていた悲しい表情。

 そんなことはないと意識に蓋をしていたが、よくよく思い返せばあることに気づいてしまった。

 確かに悲しそうな目をしていた。

 だが……口元は僅かに緩んでいた。

 あれは嘲笑だ。

 哀れな生き物を見る目。

 その真実に俺はもう耐えられなかった。


 腰には短剣を差し、俺は井戸の中に入っていく。

 枯れた古井戸と言われてはいたが、水が再び湧き出していることもある。

 とにかく確実に死にたい。

 ひっそりと、井戸の底で短剣を使い命を絶つ。

 

 両手両足で身体を支えながら下へと進む。

 井戸の中は全く光がなく、その闇はまさに俺の人生そのものだった。

 おあつらえ向きの死に場所だ。


「あっ!?」


 手をかけていた石がいきなり外れ、バランスを崩して足を滑らせた俺は井戸の底に落下した。


「ぐあっ……」


 まだかなり高さがあったらしく、足から落下したものの、倒れて激しく頭を打ちつけた。

 目を閉じても開いても同じ闇。

 頭から血が流れるのを感じていた。

 次第に手足の感覚が無くなり、どんどん身体から力が抜けていく。


 ああ……死ぬんだ。

 本当になんて意味のない人生だったんだろう。

 虚しいだけの、救いのない……。


「悔しい……なぁ…………」

 

 涙と血が顔を濡らす。

 段々と意識が遠のいていき、俺は闇と同化した。

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