第5話 現状と覚悟
「話がそれたな、ひとまずはおぬしたちに必要な情報だけ共有しよう。まずこの世界についてどれほど知っているか聞かせてくれるか」
「確実にわかっているのは、ここには人間がほとんどいない代わりに二通りの奇妙な生き物がいる、ということだけしか……」
「では予想は?」
「えーっと、例えばなんだけどあたしたちが食料をスーパーやコンビニから奪っ……拝借しても数日も経てばいつの間にか補充されている。逆に倒壊した建物はいつまで経っても修復されることはないみたい。つまり元の世界の“変化”がこちら側にバックアップされているんじゃないかな。まあ、考えたのはナリ君なんだけどね」
「ふむ、実に素晴らしいな。少なくともおぬしたちの考えに誤りはない。そこで少し補足をしようか。この世界は“裏庭”と呼ばれている。わかりやすくいうと地球と背中合わせに存在する空間なんじゃ」
「裏庭…背中合わせ……」
地球と背中合わせ……、何を軸にした背中合わせでどのように存在する世界なのか。一つの答えを得ても次から次へと新たな疑問が尽きることはない。
「地球をベースに、生物以外のほとんどが同じであるように維持されている。おぬしたちの推察通り地球での“変化”のみが裏庭に反映される仕組みでな」
「でもさ、裏庭にも生物はいるよね?あの影たちは生物かどうかも怪しいけど」
「うむ、地球でいうところの動物にあたるこの世界固有にして数少ない生物、まとめて“原生生物”と呼ばれている。そしておぬしたちが影と呼ぶ“写し人”の二種類が基本的な生命体になる」
つまり、クラゲの化け物が原生生物で兵隊やブレザー姿の人間っぽいのが写し人であるということか。一応そもそもの数が多くはないのか遭遇する頻度はかなり少なめだ。5キロ歩けばどちらかには出会える程度だろう。注意していれば避けて移動もできそう。
いやそれよりも、写し人とは何なのだろうか。おそらくは自称神も写し人に含まれるのだろうが……。
「ねえ、写し人って……何?」
「さてな。元の世界の生物がバグによって歪んで反映されたのか、もしくは高次元の存在かもな」
春姉さんが僕の顔を見ながら、聞きたいことを察して質問してくれるおかげでスムーズに話が進む。
「奈糸もすべてわかるわけじゃないんだね。気になったことは都度質問してもいい?」
「うむ、もちろんじゃ。話を戻すが少年が戦ったアレも写し人に含まれる。とはいえ知性の有無でかなり強さは変わるし、そういったやつらのほとんどがこの世界における“権限”を有しておる」
「権限?写し人は組織として活動しているの?」
「いや、そうではない。ここでいう“権限”とは世界の法則に対して影響を及ぼせる権利のことをいう」
奈糸曰く権限は生物・非生物に関わらず意思を以て動くすべての存在が、最大一つまで持ちうる。権限を持つものが死ぬと権限自体が次の所有者を選定し、この世界で循環し続ける。権限自体もまた法則であるそうだ。
「おぬしたちが戦った自称神とやらもその一人なんじゃよ。彼らは総じて“有権者”と呼ばれ、この世界の上位者と呼べるだろう。ただしアレらを決して神などと認めてなるものか!」
不快感を隠そうともしない語調、なにかしらの因縁があるのかもしれないだろうが……さすがに藪蛇だろう。
「神様であろうが上位存在であろうが勝てないわけじゃない、だよね?実際ナリ君が殺せたんだからさ。一応権限に注意が必要だけど……」
「その通り、よくわかっているじゃないか」
その通り、確かにその通りだがアレを倒せたのもギリギリだった。アレが最も強いと考えるのはさすがに楽天的すぎる。今は少しでも情報が欲しい、そのために疑問のすべてを奈糸さんにぶつけたい。しかし僕たちが今後生き抜くために最優先ですべきことは………。
「奈糸、さん……お願いが、あり、ます。」
「あー、その前に」
「?」
「少年はなにかしらの縛りによって思うように会話ができなくなっているのであろう?そうであれば直接意思を伝えられるようにしようか」
意味不明なことをつぶやきながら僕の頭に手をかざす。
「よし、完璧じゃ。少年、相手に伝える意思を込めて頭に何か思い浮かべてみよ」
うーん、じゃあ。
『これは一体何をしているんだろう?』
「あれ、ナリ君の言葉が頭に流れ込んできたー」
「いわゆる“念話”というものじゃ。少年が伝えたい相手を意識して意思を込めることで会話が可能になる。何よりイメージの画像や映像も伝えられるのじゃ。さあ、少年。話の腰を折ってすまなかったな。これで会話しやすくなったことだし先ほどの続きを聞こうか」
『……はい』
目の前で起きた超能力に意識が持っていかれていた。そうだ、僕はお願いをしなければいけない。正念場だ、気を引き締めなおせ。
『お願いがあります。身に余る危険が溢れたこの世界で、自由に生き抜く術を僕たちにご教授願えないでしょうか』
僕は全力で頭を下げ、それにつられて春姉さんも頭を下げる。
「自由、自由か……」
顔だけ上げて奈糸さんの表情を盗み見る。一瞬、ほんの一瞬、気のせいかもしれないけど表情がひどく歪んだように見えた。失言?何か間違えた?と考える間もなく奈糸さんの表情はいつも通りに戻っていた。気のせい……ということはないだろうが。
「よかろう、ただしこれは取引だ。来るべき時がきたらわしの目的に協力してほしい」
「その“目的”も今は話せないの?」
「そうじゃな」
『じゃあ僕たちもできる範囲で可能な限り協力する、でもいい?』
「道理だな。とはいえおぬしたちの賛同を得られない限り無理に協力させるつもりはないし拒否権も認めるから安心なさい」
……?つまりは実質的に見返りのない取引ということ?タダより高いものはないとはよく聞くが……。
「私はこの目的を是が非でも叶えたい。取引という形を取っているがおぬしたちがわしの目的を成し遂げたのならば、一生を掛けて恩を返すとここに宣言する」
思わず気圧される。なにより空気が彼女の“覚悟”を物語っている。生唾を飲もうとして、でもこの静寂には嚥下の音すら恐れ多いと感じてしまう。ただ決意し実行することが覚悟じゃない。得られる結果に対して犠牲がどれだけ大きくとも、その先の望む未来のために併せのむこと。それは小さな宝石のために蠱毒に手を突っ込む行為だ。それ以下はせいぜい心構えに過ぎない。
平和な日本で生まれ育った僕らが長らく忘れ去っていた覚悟の重さ。おそらくは積み重ね。人間は意外と感情の出し入れがきくものだ。そういった一時の強い感情は時間経過で風化する。しかしもしそれを超える強烈な感情を長く抱き続けたら、そのたびに覚悟を改め続けていたら、それは言葉一つで空気すら震わせてしまうだろう。
「正直よくわかんないし約束もできない、だって大事なことは何も話してくれないだもん。だけど、奈糸の目的が果たされることを祈ってるしできる限り協力もする。これは本心だから」
「ありがとう。柄にもなく真剣に話してしまった。さて……」
パンッ!と強く手を叩く。それだけで重くなった空気が霧散していく。
「ここも安全ではないし、ひとまず移動しようか。帰る場所はあるのか?」
なぜか奈糸が僕のほうを見ながら聞いてくる。あ、そっか僕も会話できるようになったんだった。
『ここから自転車で半日くらいのところにある神社が拠点』
「そうか、では修行第一弾。神社まで走って帰る。制限時間は明日の21時まで。さあ早く走りださんか」
「うぇ!?マジで言ってんの!?」
「当然じゃ。体力はそのまま生存率に直結する。生きたいならまずは走り込み、さあ走らんか!」
長めに寝ていたため疲労はほとんど取れたが、長く寝すぎたせいで体が固まって逆に走りづらいんだけどなぁ……。
『仕方ない。これくらいこなせなきゃ今後の訓練にもついていけなくなる。行こう、春姉さん』
「あぁー、もう!わかったよ!走ればいいんでしょ!」
やけくそ気味な春姉さんと拠点に向かって走り出した。
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