第4話 殺意
「異邦人め、なぜこの世界で存在できているのかは知らないが、ここはお前たちがいていい場所じゃない。早く“表”に帰れ!まあ次元すら異なるここで死んだとして、元の正常な輪廻の輪に戻れるかは俺の知ったことではないがな」
声のほうを向くと、紳士然とした燕尾服に身を包み、しかしながら立ち居振る舞いは粗雑さを感じられる男が立っていた、空中に。その自称神は不愉快そうな様相で腕組みをし、真っ黒な目にひび割れたような傷のある顔でこちらを見下ろしている。
落ち着け。動揺するな、怒りに飲み込まれるな、感情という武器を使い誤るな。
血が沸き逆流するほどの激情も、焦燥感も、喪失感も今は無情。ただ高まり続ける体の熱に集中する。
人間を人間たらしめるのは感情。人間として生きるということそれすなわち喜びや悲しみ、怒りを糧とすること。感情を捨てたやり方など機械にでも任せればいい。人が強い怒りを感じた時真にやるべきは、怒りに身を任せずうまくコントロールすること。それは、理性的なままにフルで力を発揮するエネルギーの源となる。
目標は1つに絞る、欲張らない。脳の処理速度を加速度的に上げる。脳の負荷耐久性のため普段は無意識に周辺視野の情報は遮断され、予測で補われる。しかし、無意識的にかけられた制限を意識的に振り払う。世界の体感速度が遅く感じるほどに。
アレは殺す、その目的にすべてを賭けて!
自称神が忌也に対して、まるで体の一部のように手から創り出された拳銃を向け発砲する。しかし、忌也は見てから銃弾を交わした。拳銃の銃弾の速度は秒速300メートル、本来であれば銃弾の発砲を認識して脳で処理するころにはすでに死んでいる。それはまさに神業と呼べるものなのであろうが、彼自身がこの一連の動作をさも当然のように行った。そしてまた、依然として感情を感じさせない様相で、自称神の拳銃を持つ手を打ち貫く。
「なにっ!?」
何者だろうと関係ない。たとえ奴が本当の神や悪魔だったとしても、“俺”の存在意義を奪うのなら命をもって償ってもらう。
自称神は、銃弾を見てから避けられ、自身に攻撃が当たったという2つのありえない現象に戸惑っていた。
忌也自身気づいてはいないが、彼は特異体質だ。脳の演算処理能力がコンピューターに迫るほどに高く、加えて並列処理能力もずば抜けている。右目で色以外のすべての情報を認識・処理し、左目で色を補完する。複数の特異体質が組み合わさり、脳死しかねない情報量を平然と処理する。
自称神がこちらに銃口を向け発砲する。しかし、再度それを見てから躱す忌也。
通常、私たち人間は世界を遅れて認識している。情報を光として視覚から取り入れた時、脳で処理し認識するまでの時間の差異がそのまま、世界からの遅れとなる。しかしもし、その過程を大幅に短縮したら?情報処理の量とスピードにより体感時間が引き延ばされ、濃縮された世界をほかの人より一秒も二秒も先の光景を知覚できる。その相乗効果は未来予知に迫るほどの効果をもたらす。
「はあ、お前イカレてんな。さては異常者か?」
「仮にも神を自称するものが、あの集団依存症どもと同じことしか言えないのか。異常?確かに“俺”自身を正常だと思ったことはないが、集団で社会的弱者を囲い、嬲り、罪悪感の1つも感じずに平気で笑うあいつらこそ異常者だろうが」
ああ、自称神が、自分の動きが、世界の流れさえもが停滞し始める。しかし思考だけは正常なまま一秒が5倍にも10倍にも感じられる。スローモーションのようでアレの言葉が聞き取りづらいが俺を異常だと侮辱したことはわかる。いままで感じていた怒りや不満が知らずにあふれ出していた。
普段の彼からは考えられない、言葉の“毒”。まるで人格の根底から変わってしまったかのようだ。
そしてまた、彼は気づかない。激しい感情の起伏が言葉の制限を取り払っていることに。
「俺を低次元の存在で語るな。不愉快だ」
今度は目に見える怒気を浮かべ、より過密な銃撃を繰り出す。しかし、一向にあたらない。
おかしい、なぜ人間が銃を見てから躱せる?コンマ数秒で弾道を捉えないと間に合わないはず。第一なんで俺にこいつの攻撃が当たる?本来人間が俺たちに万が一にも影響を及ぼせるはずがないのに。ん?あのミサ……。
パァン!
自称神の思考はそこまでだった。忌也の、思考の隙を完璧に狙った一発に、認識できぬまま頭部を撃ち抜かれ、驚愕の表情を顔に張り付けたまま死んでいった。
泡のように空気に溶けていき、最終的には自称神の存在証明は何一つとして残らなかった。それと同時に街を覆う黒い球体の闇は晴れ、月が覗く。
フゥー、と息をつくと途端に、
「ぐぅっ!」
頭が割れるように痛い、眼球にもひどい疲労を感じる。充血した目の血管の一部が破れたのか血のにじみで視界が赤く染まる。思わず蹲ってしまったものの、こんなことをしている場合じゃない。手遅れかもしれないけど、一縷の望みに賭けて延命処置を......しなければ。
息も絶え絶えに春姉さんに近づくと、全長20㎝くらいの、和服にショートの金髪とどこかアンバランスな人形が春姉さんに触れていた。
「おい、何を、している?」
自分でも信じられないほど低い声が出た。
「……」
人形は作業に集中しているためか返答がない。
「今すぐ、手を、離せ」
「少し待っておれ」
人形が話した。幼げな見た目だが口調は老人そのもの。そこもまたアンバランスだった。
こちらに一切意識を向けないまま、作業を一向に止めない。戦闘時の高揚感の余韻か、はたまた春姉さんに対する焦燥感か少し冷静さを欠いていたかもしれない。
「そうか、わかっ、た。……殺す」
底冷えするような、明確な怒気を孕んだ殺意にさすがに無視はできなくなったのか、
「待て待て! 早まるな!」
初めてこちらに意識を向けた。すると、
「ごほっ! ごほっ!」
「!?」
胸を貫かれ、死にかけていたはずの春姉さんが息を吹き返した。よく見ると、胸の傷もふさがっている。状況を鑑みるに、人形は春姉さんを助けようとしていた…のか?
どうやら大分頭に血が上っていたらしい。人形は春姉さんを救ってくれたのに、僕は……。
「ごめん、なさい」
さっきまでの殺気は見る影もなくなり、年相応の子供のような謝罪を述べる。口調ももうすでに元通りだ。
「気にするでない。それより彼女を見てやってくれ」
僕は大きくうなずいてから春姉さんのそばに駆け寄る。起きてはいないがしっかり息をしている。強い安堵とひどい疲労が重なり、僕の意識が少しずつ曖昧になる。ここで寝るわけにはいかない、と微睡みに頭をふらつかせていた。
「仕方がないからわしが見てやる、安心して寝なさい」
そうか、もう大丈夫か。自然とそう思わせるどこか懐かしい安心感に、僕の意識は急速に落ちていくのだった。
◇◇◇◇◇
起きたらそこは見知らぬ天井だった。そして、無意識のうちに自分の胸に手を当てる。
いやいや、別に小さくないよ?標準だよ?だからワンチャン起きたら大きくなってないかなぁ~と思って毎朝触ってるわけでは決してないよ?そう!傷がないかの……。
「あれ? あたし撃たれなかった?」
「撃たれた、ではなく刺されたが正解じゃ」
「うわぁっ! え? なに、人形?」
そこには、20㎝くらいの“黒髪”和風人形があたしの目の前の高さまで浮いていた。
なんか髪色が黒すぎて怖いんだけど。一切色褪せていないのにつやはないし……。さらに言えば浮いてるし、ちっちゃいし、しゃべってるし、突っ込みどころ多すぎない?
「初対面で人形呼ばわりとは失礼だがまあ許そう。聞きたいことはたくさんあるじゃろうが、一先ず少年が起きるのを待とうか」
「少年? ナリ君のこと? そういえばあの後の記憶が……まさか、ナリ君は!?」
「落ち着け、疲れて寝ているだけじゃ。それよりもそなた自身の体はどうじゃ?胸に変な痛みがあったりしないか?」
「よかったー。それから胸のほうは少し違和感があるくらいで痛みはないよ」
「そうかそうかー」
あたしの最後の記憶は胸を撃た…刺されたことだったから、もしやナリ君になにかあったのではと思ったが、心の底から安心した。ひとまずはこの気怠さに身を任せて、もう少しだけ休ませてもらうことにした。
~二日後~
いや、こういうときってご都合展開ってやつのように、ナリ君が話している途中にちょうど起きてくるところじゃないの?
あの会話から丸二日、あたしは食料調達であったり帰る準備、寝ているナリ君の看病などそこそこ忙しくしていたが、さすがに心配に思い始めるタイミングでナリ君は起きてきた。ほんとに間がいいんだか悪いんだか。
「おはよう、ナリ君大丈夫?ずーっと寝てたけど」
「えっ、と……」
ナリ君からあたしが倒れていた間のことについて聞いた。自称神とやらにあたしは殺されかけ、それをナリ君が倒してしまうなんて。さすがだなぁ~、今回は間違いなくあたしの油断が原因でナリ君まで危険にさらしてしまった。戒めなきゃ!
「おーやっと起きてきた。まさかここまで寝坊助だとは、まあ少年が起きてきたことだし、約束通りいろいろ疑問に答えていこうではないか!」
「疑問と言われても、正直わからないことのほうが多いし……まずはナリ君と状況確認から始めたいんだけど」
「まあまあ、そこも含めてわしが話してやろう。まずはわしのことから話そうか。そうだなぁ~」
少しうんうん唸ってから
「名前は内緒、以上じゃ!」
「内緒、っていう、名前?変な、名前」
え?ナリ君がボケた?いや違うか、表情を見る感じ真剣だ。
「いやいや、名前を教えないって言ってるのその人形さんは。というか以上って何?これから人形さんの素性を話してくれる流れじゃないの?」
「よくよく考えてみると、おぬしたちに話せることはそんなに多くない。とりあえずは時期がきたらという回答で」
「えー、分かった。じゃあ何て呼べばいい?」
「特に指定はしない。好きに決めるとよい」
名づけなら任せなさい! とはいったものの、すぐには思いつかない。うーん、見た目的にはやっぱりきれいな髪に惹かれるし、なんか糸持ってるし、あ!
「じゃあ、“奈糸”は?その黒髪が夜空を彷彿とさせてきれいだから!」
「え?」
「え?」
「黒髪?金髪、じゃなくて?」
「いやいや、きれいな夜空色だよ。大体着物に金髪は合わないでしょ」
「私の髪色は見る人によって変わるようじゃな。あまり気にするな」
一応髪色は“白”が正解らしい。聞くところによると、暗闇においてもなお、その髪は翳ることのない“白”だそうだ。
「だったらさ! なおさら奈糸でいい?」
少し人形さんが後ずさる、浮いたまま。前のめりで食い気味だったか。
「まあよいぞ、わしも存外気に入った」
「やったぁー!よろしくね!奈糸!」
「……よろしく」
こうして、仲間が一人加わったのだった。
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