第3話 短い旅路

「そういえばさー、江壬岬の近くにかなり大きな神社があったよね?」

 

 急な話にひとまず首を傾げておく。確かに巨大な神社があったことは覚えているが。


「いやほら、ここもそうだけど神社って謎が多いじゃない?だったら他の神社にも何かしら現状を知るきっかけがあるかもしれないじゃん」


 現状情報不足感が否めないのは事実だが、安全を捨てるには早計過ぎやしないだろうか。


「ねぇ、行ってみよ!よくよく考えてみればあたしたちほとんどこの町から出たことないから行ってみたかったんだよ」


 春姉さんの考えも一理あるため思わず唸る。


「このまま現状維持を続けても何も変わらないんだからさ、ね?」


「わかった。行く」


「決まりね!いやーあんまり遠出したことないから少し楽しみ!万全の準備をしてから行こう!!」


 新世界の開拓者だー!とかいってテンションはMaxのようだ。

 半分ノリと勢いで決めたけど良かったのだろうか。この世界の物語に終わりがあるとするなら、江壬岬には物語を進めるピースがあるのかもしれない。元の世界に戻りたいなどとは微塵も思っていない僕にとって、その必要性は全くと言っていいほど感じない。退屈とストレスにまみれた世界で生きるより、危険はあれど自由なこの世界で春姉さんと二人で過ごすほうが億倍いい。…………なんてね。


 水や食料は基本現地調達で、体力温存のため荷物は武器等の装備と水、スマホのみに絞る。そして、移動手段として新たに自転車を調達してきた。勾配の多い沖縄では、バイクや自動車のほうがいいと思い、いっそのこと訓練して乗れるようにと試してみようとした。しかしバイクや自動車のカギを見つけられず、動かすことができなかったため今回は断念した。服装は襟の高く袖が広い、黒いミリタリーコートにストレッチ性のジーンズ、一般的な運動靴に暗めのマフラーを着用している。全身黒を基調としていて、夜闇に紛れるスタイルだ。こちらもまた一般家庭から拝借させていただいた。基本的には沖縄では、マフラーが必要なほど気温が下がることはないが、複写世界ではおそらく氷点下ギリギリまで下がっている。寒さに慣れていない僕たちは過剰気味な防寒対策を行っていた。


 かご付きのマウンテンバイクに荷物を載せ、方向を確認して出発する。スマホの機能のうちGPS機能だけがなぜかバグ表示されるため、紙の地図に頼らざるを得ない。

 走り抜ける風が、冷たく僕たちの肌を刺してくる。まるで、自由の代償とでもいうような冷たさは、むしろ僕の心を晴れやかなものに変えていく。本で読んだ主人公たちが、どんな代価を支払ってでも自由を求める意味に今なら強く共感できる。


「ねえあれ、追ってきてない?」


 右前方のほうから辛うじてクラゲに見える生物がこちらに向かってくる。ピラミッド型の身体に3本のコードのように滑らかな足。体を捻りながら足先の球体で3本脚同時に踏み込み、回転しながら前にジャンプする。まるでフィギアスケートのトリプルアクセルのような独特な移動方法だが速度はかなりのものだ。さらに、体にはかなり鋭いとげがついている。あれで突進されたら僕たちは穴だらけになってしまうだろう。


「安全地帯もないし、どうする?」


 スピードは自転車よりも1.5倍ほど速いため、いずれは追いつかれる。


「戦おう」


 まだ少し距離のあるうちに戦闘準備を整える。


 距離がだんだん縮まる。先に攻撃を仕掛けてきたのはクラゲのほうだった。フィギアスケーターのように回転しながらも正確に体のとげを僕たちの方に飛ばしてくる。とげは指くらいの長さでかなり細く、地面に刺さっていることからも鋭利さはお判りいただけるだろう。驚きはしたものの冷静に避け、僕が足のうち2本を撃ち、体制が崩れたところを春姉さんが胴体に弾丸を撃ちこみ絶命させる。会話はなくとも阿吽の呼吸でこれくらいの連携はできる。


「いやー、やっぱり実戦は緊張するね~」


 緊張感に欠ける口調はともかく、やはり実戦は難しい。現に3本目の足の狙いは外してしまった。遠距離主体の敵だったため銃を使用したが、可能なら銃弾は節約したいし何より銃声が響いて目立つ。ナイフの格闘戦で解決できればいいが危険も伴う。


「進もう」


 反省は後にして今はとにかく進まなければ、ここは決して安全ではないのだから。




「そろそろ日も暮れるし、どっかの家でも入る?」


 僕たちは万が一にも影や他の動物が入りえないような、セキュリティの強固そうな豪邸を今日の寝床に選んだ。一通り家を探索しながら食料を探して夕食を取り、風呂に入る。ひどく広い風呂は庶民の僕らにとって落ち着かなかった。高級ホテルに来たようなテンションも半ばに、拝借した布団をリビングに並べ、テレビを見ながら寝る準備をする。

 ちらほら流れるバラエティやニュース番組を見て、やはり元の世界は正常に動き続けていることを再確認する。


「今日はどこまで行ったのかなー?」


「大体、半分」


「そっかー、じゃあ明日には着けそうだね」


 他愛もない会話を続けていたが、意外と疲れていたのか春姉さんはすぐに寝息を立て始めた。

 

 僕も寝る......前にやるべきことをやっておこう。春姉さんを起こさないように、そっと起き上がって二階の子供部屋に向かう。先ほどの家探索の時はさりげなく春姉さんを追い出し黙っていたが、この部屋は薄く異臭がする。僕の嫌な予感が正しければ……。


「フゥ――――、フゥ――――」


 口を手で押さえ、呼吸が荒くなるのを全力で抑える。予想通りというべきか、それは死体だった。スーツ姿の男性の、おそらく生身の死体があった。とりあえず、意味もないが冷静を装いながら死体に群がる影らしき歪で黒いネズミを数匹殺す。影は必ずしも人型であるとは限らないようだ。


 この世界には僕ら以外にも普通の人間がいる?さらには意図して死体が隠されたようにも感じる。これが、ただ現実世界での殺人事件が死体となった“もの”を複写しただけかもしれないが、万が一違うのなら……。

 怖気が走るが、今は考えても仕方ない。ひとまずこの件は不安を煽らないため当分春姉さんには共有しないと決めて、僕も眠りにつく。



 眠気眼を擦りながら、大きく伸びをして目を覚ます。現在時刻は朝八時、寝すぎたかと思っていたが、女性とは思えないほどに大口を開けて、とても気持ちよさそうに春姉さんはまだ寝ている。僕は死体を見たせいでなかなか寝付けずにいたのに、能天気に僕より寝ている春姉さんにイラっとした。


 一応声をかけるが、どうせ起きないので鼻をつまんで起こす。大口を開けてるくせになんで呼吸は鼻でするんだろうなどと考えていると、次第に息苦しそうな声が聞こえてくる。


「ふ、ぐぅ、フゴォ、ぷはぁ――――」


「おはよう」


「はあ、はあ……おはよう。ナリ君さー、鼻つまんで起こすのやめてくれない?あれほんとに息苦しいんだからね!」


 律儀に挨拶は返してくれるが、ジト目で僕のことを睨んでくる。


「声は、かけた」


「何回?」


「1回」


「じゃあダメじゃん!せめて揺するとかにしてよ~」


「起きない、じゃん」


「うぐっ!」


 手痛い反撃を食らった!と言わんばかりの見事なリアクション芸を披露してくる。

 ひとまず昨日集めた食料でこれまた豪勢な朝食をいただき、すぐに準備を済ませて出発する。


 道中は慎重に進み、可能な限り戦闘を避け続けた。江壬町の入り口を抜けたあたりだからもうすぐだろうか。1日中夜が続くため時間の感覚が狂いそうになるが時間はすでに正午過ぎ、後は到着するのみとなった。暗さの中を走り抜けているとだんだん異様な光景が目に入る。


「黒い、球体?に覆われてるけどあそこが目的地の江壬岬、だよね?」


 それは間違いないはずなのだが……このままあそこに向かっていいものだろうか。遠くからだと気づきにくかったが江壬町の約半分を覆っている。かなりの異常事態に違いないが、果たして……。

 

 暗闇においてもなお黒い球体の目の前にたどり着く。近くで見ても中は一切覗けないほどの黒さだ。恐る恐る触れてみると予想に反して手がすり抜けた。てっきり固いものだとばかりに思っていたから、予想外の肩透かしにバランスを崩すが急いで手を引っ込める。


「どうする?せっかくここまで来たんだし、いっそのこと入ってみない?」


「いや、でも……」


 危ないからやめよう、と言いかけてやめた。あの目はだめだ。一応相談という形を取っているが抑えきれない好奇心が目からあふれ出ている。おそらく春姉さんの中ではすでに決定事項なのだろう。ああなった春姉さんを説得する労力を想像するだけでかなり億劫になる。ここは春姉さんに従うが吉だ。

 ならせめてもと安全策をいくつか用意する。まずは木の枝などを突っ込んで悪影響がないか確認し、問題がなければ腕で試す。次に顔を突っ込み呼吸と視界の確認、そこまで確認を取ったら、入った後の撤退条件や逃げ場所、などを細かく取り決める。


 一時間たっぷり使って安全検証を行い、ついに突入の準備が整う。


「よーし、いっくよー! せーのっ!」


 いざ!という勢いのもと、同時に黒い球体に足を踏み入れた、その瞬間———


 グサッ!


「……え?」


 ばたりっ! と唐突に春姉さんが仰向けに倒れる。慌てて抱きかかえたその体は徐々に力を失い脱力し、腕に感じる重さが増す。状況がまとまらない。なにがどうなっているのかさっぱりだが、僕の冷静な部分が冷酷に判断する。心臓を傷つけられた、槍や薙刀のようなもので体を貫通するほどに深く。もう数分としないうちに死んでしまうだろうと。なんでこんなことに、そんなことより延命処置をしなければ、何をどうすれば?そもそも間に合うのか?冷静な思考と混乱した思考が、まるで二つの人格のようにせめぎあい、脳の処理が延々と完結しない。しかし、上からの声に思考の渦はバッサリと切り裂かれ、首の可動域を完全に無視する勢いで振り返る。


「ここに人がいると聞いて過度に警戒しすぎたが、所詮はニンゲンか。ここは神である俺の領域だ。どんな理由があろうと、許可なく踏み入った愚か者はその命を持って償え」

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