第2話 襲撃

 夜は明けぬまま、いつもと様子が違う町に戻り、そこで奇妙な生物に追われ、挙句の果てには体の年齢が二人とも変わってしまった。とはいえ驚いて立ち止まっている暇はない、今なおあの奇妙な生物に追われているのだから。

 背中を向けて跪き、早く乗ってと合図する。春姉さんはサイズの合わなくなった服に、包まれるようにしながら背に乗り、僕はすぐさま走り始める。体は重く感じるが、自分のものではないような違和感にもだんだん慣れてきた。


 しかし、驚くべきはあの生物だ。階段を上り、路地裏に入り、人の家の庭を横断しながら視界を切り続け、何度も撒いたと思っても必ず見つけ出される。さらには、実体がないのか物を投げても一向に当たらない。まず間違いなく友好的な様子でもないし、やはり追いつかれたらまずいと思われる。一体どうすれば……。


 すると幼げで、舌足らずな口調で春姉さんが、


「なんかじんじゃをさけてるみたい」


 どうやら思考にまでは影響を与えていないみたいだ。と、そんなことより、確かに祓夜神社の付近で逃げているときのほうが、発見されるまでが遅れていたようにも感じる。神社の階段は一方通行で、周りは森に囲まれていているため入ったが最後─――、なんて可能性もある。賭けてみる価値は……あるか?いや迷っている暇はない!とにかく休息と情報収集、そして何より春姉さんが心配だ。


 急いで神社の階段に向けて走り出す。しかし何かを察したその生物が必死な様子で、まさに死に物狂いで追いかけてくる。腰に前足?腕?を伸ばして拳銃らしきものを取り出す。

 ……まさか、本物、なのか?


 パァンッ!


 乾いた音が鋭く耳を劈き、風に裂かれた頬とは反対側を弾丸が掠める。薄く裂かれた頬の傷から血が流れ、汗と混じりあって口に入る。不快な味に思わず舌打ちが出るも、状況は予断を許さない。神社までの約100mがやけに長く、一刻と距離が縮まり続ける。


 息が絶え続けながらも神社の鳥居をくぐると、薄い膜に突っ込んだような軽い抵抗を全身で感じながら走り抜ける。もう追いかけてこないだろうかと恐る恐る振り返ると、表情のないはずのその生物が不愉快な様相をまといながら、こちらに唾を吐き捨てるようにどこかにいってしまった。


「ハァ――――」


「こわかったよ――――」


 僕たちは賭けに勝ったようで、ひとまず逃げ切れた。体が必死に酸素を求めているが、時折ヒューと息がかすれ上手く呼吸できているかわからない。空を仰ぎ見ながら呼吸を繰り返し、落ち着くまでにたっぷり10分ほどかかった。


「体が戻ったよー!」


 遅れて自分の体が縮んでいることに気づく。いや、元に戻ったといったほうが正しいか。同意を示すため頷いて、体の汚れを払い落としながら立ち上がり、とりあえずは休むために神社の中に入る。この神社は町のシンボルということもあって常に清潔で、神社の中に畳の部屋が備えてある。就寝道具や調理器具など生活するための道具がある程度揃っている。


 2人そろって畳の上に大の字で寝転がり、大きく息を吐く。


「いろいろ疑問があるんだけどさー……」


 春姉さんの言葉を皮切りに、今日起きたことを振り返っていく。人がいないこと、いまだに明けない夜、あの生物のこと、体の年齢が急に変わったこと、そしてこの2つの神社のことを。疑問は尽きないけど、一方でわかることはほとんどない。ただ少なくともここが安全地帯なうえに、生活環境も整ったベストな拠点になりそうだということだ。思考がどれだけ巡ろうとも疲労は一向に回復せず、次第に訪れる微睡みに身を任せそのまま眠りについた。




 あれから1週間……、僕たちは様々なことを調べた。夜はいまだに明けないが月や星の光が過剰なほどに強く、街頭なども機能しているため行動はほとんど制限されなかった。時々神社を出て食料であったりを調達しつつ情報収集を行い続けた結果、この世界の生態系は大まかに2種類に分けられることが分かった。まずは僕たちを追いかけてきたあの生物、僕たちとの共通点は人型で顔があることくらい。こちらは単純に『影』と呼ぶことにした。

 もう一方でおそらくこの世界における“動物”を発見した。4種類ほど発見できたが、襲い掛かってくるものもいれば逃げていくものもいた。元の世界の動物のようにいろいろな種がいるのだろうが、どれも見たことがない生き物ばかりだった。

 さらに街の様子について集まった情報を整理すると、街の外は依然として人がいないのに対して、周辺環境に微塵の変化も見られないということ。例えば、なぜかいまだに電気や水道、ガスの使用に何ら問題はなく、スーパーから拝借した食料などもいつの間にか補充されていた。挙句の果てにはリアルタイムではないがテレビ番組までもが放送されている。つまりは人がいないこの場所で、インフラを含めた以前の生活水準を完全に維持できるということだ。そこで1つ仮説を立てた。この世界はそもそも裏世界で、元の世界から人以外が複写されているという説だ。加えて表の世界と過度な差が生まれないように、定期的な更新が行われている。人が行うはずの作業が滞っているはずなのに、この世界、主に人間の文化圏が正常に回っていることがいい証拠だ。


 正直に言って、状況証拠から推測に推測を重ねているだけだがひとまずの考察をまとめると、


「辻褄は合っているし正解に近いんじゃないかなー」


 と、春姉さんのお墨付きをもらった。


 そして、最も大きな成果は武器の調達と影の対処法を知ることができた点だろう。まずは武器だが、日本の警察が一般的に使用する回転式拳銃を入手した。この街唯一の警察署に赴き弾の在庫も十分だ。いつかは、米軍の基地から本格的な銃を持ってくるのもありかもしれない。ある程度扱えるように一通りの射撃訓練は行った。


 次に影についてだが、2日前に神社の鳥居をくぐる前の道で、遠くのほうから警戒した様子を浮かべる影を発見した。影は意外にも、そこら中にいる、というわけではなく時たま見かける程度だ。その怪物はブレザー姿に猫のような足で2足歩行をしている。影の姿は歪だが人型をベースに動物のパーツを継ぎ接ぎしていたりすることもあり、何かしらの衣服を着ているという共通点がある。前のように問答無用で追いかけてこないこと、そしてすぐそこに安全地帯があるためいろいろ実験してみることにした。あの怪物に銃弾は有効かどうか、そして射撃訓練も同時に行った。50メートルほどの距離から狙撃を試みるもなかなか当たらない。7発目でようやく影の脳天部分に到達したが、なぜか影はその弾丸を受けて絶命していた。またすり抜けてしまうだろうと思っていた弾が直撃したことに驚いたが、死体を確認する前にどこからともなく現れたやつらが僕ら目掛けて20体ほど迫ってきたため、やむなく撤退した。一瞬しか見えなかったが黒い液体が血の代わりに吹き出し体の内部までもが真っ黒であることがうかがえる。似たようなことを既に2回繰り返していることから確信した。影も人が死ぬのと同量のダメージを受ければ死ぬと推察できる。理由はわからないが、僕たちは影に対抗する術を手に入れたということだ。


「もしかしてだけどさー、このミサンガのおかげかな?」


「……え?」


「いやさー、急に影の対抗手段を手に入れたわけじゃない?いくらなんでも都合がよすぎると思うんだよねぇ~」


 確かに、疑問に思っていたため一度頷いて同意を示す。


「このミサンガだって気づかぬうちに身に着けていたし、急に影に攻撃が当たるようになったし、もしかしたらなーと思って」


 ないとも言い切れない、けど。んー、あ!


「まあそれはそれで都合がよすぎるとは思うけどねー」


「あってる、かも」


「え?」


 そういえば、道中いつのまにか身に着けていたミサンガをどうにか外せないか春姉さんが触っていた時、急に二人のミサンガが外れてしまった。外せるなら外してみようとは思ってはいたが、望んだタイミングじゃなかったことに少し焦ってしまった。後で直そうとポケットに入れた後、初めて出くわしたあの怪物に襲われた。そして神社に逃げ込み、寝て起きたらまたいつのまにかミサンガを着けていた。その後は一度も外さずにいたのだが、結果怪物に攻撃は通じるようになったし、体の年齢が変わることもあれ以来起きていない。無関係……とはどうしても思えない。


「思い付きでしゃべっただけなんだけどなぁ」


 春姉さんはまさか自分の意見に同意されるとは思っていなかったようで、思わずといった様子で苦笑をこぼしている。

 しかし、結局考察はあまり進まなかった。

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