裏世界は小説よりキナリ
未完
第1話 分水嶺
『
僕は施設に預けられたが、容姿や無口が原因で周囲からは浮いていた。いや、原因がそれだけではないこともわかっている。それにも関わらず、
「ねぇ、ひとり?だったらさ、あたしと一緒にあそぼっ!」
と、僕の手を引いて一緒に遊んでくれた小春を本当の姉のように慕い、同じ苗字を名乗るようになった。
これは僕が6歳、小春が8歳のころの僕たちの出会いであり、2人の運命の分水嶺もまた、せき止められていた水が流れ出すように進み始めるのだった。
沖縄県のとある市、閑静な住宅地とその周りを囲む自然にあふれ、古い建物や風習がいまだに残る田舎街だ。コンビニや大型ショッピングモールがちらほらでき始めてはいるが、目立った観光業もないため、有り余る土地を活かした広大な駐車場が満たされることはない。いつまでも停滞しているようにすら感じるこの街は退屈さに満ちている。さらには一時間も歩けば舗装されていない道が続くが、自然との一体化を感じられるのはこの街の魅力といえるのではないだろうか。
街の中心にはシンボルともいうべき大きな神社がそびえたつ。“
僕らの出会いから7年後、今は春姉さんの家に住んでいる。実は僕が引き取られた施設は孤児院兼幼稚園兼学童という県運営のかなり規模が大きい育児施設となっている。春姉さんは学童施設として利用している子どもで、結果春姉さんの両親が僕を引き取る形となった。それぞれ中学生1年と3年になったがほとんど学校には行っていない。既に中学の履修内容は二人とも終わっているため行く意味もあまりない。小学生の頃は教師と不登校に関することで揉めることが多かった。けれど今年から担任となった若い女性教師はとても柔軟に物事を判断してくれる方で、学ぶべきことのない場所に拘束するのは健全じゃないと、出席に関しての便宜を図ってくれている。そのおかげで高校の履修範囲や興味のあることの学習、スポーツに人一倍時間を費やすことができた。僕らにとって彼女は手放しで尊敬できる数少ない大人の一人だ。
12月31日、もう少しで年が明ける深夜に僕たちは地図に載っていない、名前もしれない廃れた神社に向かうべく道なき道を歩いていた。街の神社とは対照的に小さくこじんまりとしていて、ここ数十年は人が来た気配すら感じられないような、古風と呼ぶには廃れすぎている、そんな神社だ。片道2時間の舗装されていない道のりのため、車や自転車で行くわけにもいかず歩いてこの道を進む。大晦日のすでに暗い夜からわざわざこんな辺鄙なところを訪れる理由は自分でもよくわからない。ただ、ひどく曖昧な記憶と得体のしれない使命感のようなものを感じているだけだ。幸いというべきか春姉さん(小春にそう呼ぶように言われた)も同じらしく、かれこれ4年ほどは毎年通い続けている。
「ここも廃れていく一方だね………」
息も絶え絶えにたどり着いた先で、春姉さんは感慨深げな様子で物思いに耽っていた。かつては鮮やかな朱色であっただろう鳥居も、今では塗装も剥がれ落ち、くすんでいる。そもそもここは何なのだろうか。今時地図にも載っていない、名前もわからない、歴史の資料にも一切登場しない建築物があるものなのか。1つわかっていることといえば、神社、つまり神道で糸と
寂寥感を感じさせる光景を横目に階段を上っていると急に強い風が吹き出す。あまりの風に春姉さんを庇いながら目を閉じ耐えていると、思いのほかすぐに風は止んだ。枯れ葉で少し切れた頬の血を指でなぞり、何だったのかとおもむろに目を開くと、そこにあった寂れた風景の変わり様に衝撃を受ける。
「っ!?」
「なに……これ?」
そこにはあるはずのない、朱色の鳥居が立ち並ぶ階段と色鮮やかな紅葉が脇を覆っていた。それは千本鳥居で有名なかの神社を彷彿とさせるような幻想的な光景だった。
そもそもおかしいだろう。急に景色が変わることもそうだがここは沖縄。いくら温かいとはいえさすがに冬に青々と茂る木はないし、第一紅葉なんてものもない。どこをとっても異質な光景に思わず思考が飛んでしまった。
「ねぇ!……ねぇってば!」
春姉さんの強い呼びかけに対して、飛び起きるようにそちらに視線を向けてから首をかしげる。
「もう、まったく。人の話はちゃんと聞きなさい。……それで、どうする?正直な話、イマイチ状況が分からないんだけど」
うーん、と少し唸ってから指の先を階段の上、つまり神社があるはずのところへ向けて「行こう」という意味を込めて1つ頷いた。
「そうだね。とりあえず行ってみようか」
黄泉の国への道なのではと疑ってしまうほどの、どこか現実味のない景色を傍目に階段を慎重に上っていく。
煽るように吹く冷たい追い風に身を震わせながらも階段の先に着くと、廃れたはずの神社が建築当時のような綺麗さで、見る者を圧倒する雰囲気を漂わせる。普段さび付いて開かなかった神社の扉が開いていて隙間から光がこぼれている。しかしそんなことはどうでもよくなるほどの、強い既視感(デジャヴ)に襲われる。固く閉じた古い記憶が無理やり開かれるような頭痛に、2人して気絶してしまった。
◇◇◇◇◇
体を強く揺さぶられる。というかなんか息苦しい。遅刻するっ!と勢いよく目が覚めるが周りを見回して困惑、10秒の思考停止の後、脳が働き始めゆっくり状況を思い出す。
「あれ? 戻った?」
忌也は微妙な表情を浮かべた。つまり、戻ったはずだけど何か違和感があるということなのだろう。
「あれ? 髪色が灰色っぽくなってたり所々白かったり、変なの~」
彼は頷いて同意を示す。そしてどうやらあたしには特に変化はないようだ。ナリ君は元々の容姿が人目を引くのに、これ以上の追加要素はいらないんじゃないかな。特にそのオッドアイ。右が白、左が赤というどちらも中々いない瞳の色だ。これに加えて彼の右目、つまり白いほうは色がうまく認識できずモノクロのように映るそうだ。左右で見え方が違うと違和感がないのか尋ねたところ、彼曰く、もう慣れたらしい。まあ後は単純に容姿が整っているんだよね。
そして、皆さんお気づきでしょうか。ナリ君がまだ一言も話していないという事実に!と誰に向けているのかわからない独り言を心の中で零す。
彼は話すことができない。正確には単語だけなら大丈夫だけど、無理にたくさん話そうとすれば首を絞められたかのように苦しみだす。あたしは長年の付き合いで表情と単語から言いたいことがなんとなくわかるため問題はないのだが。
「ミサンガ」
「ん?あれ?いつのまに……」
あたしは右手、ナリ君は左手に3色で編まれたミサンガが、あたしたちの知らぬ間に身につけられていた。ひもは驚くほどあたしたちの手にぴったりで、抜けそうにはない。かといって、引きちぎっていいものかもわからないし、日常生活に影響はほとんどないだろうから、そのままにしておくのが無難だろうか。
「でもそれ以外に何かおかしいものがあるわけでもないしなー……、とりあえず帰ろっかー」
やや楽天的な考えかもとは思ったけどナリ君が何も言わないし大丈夫だろう。この少し気怠い状態で片道2時間の道のりを帰るのは少し億劫だったがしょうがない。あたしたちは帰路に着きながら何気ない話をした。もちろんあたしが話して彼が頷いたり表情を変えるだけ。これでも意外と会話?は弾むし、沈黙を苦痛に感じることもない。
「確かミサンガって、切れたら願い事が叶うって言われてたよね?あたしも小さいころは作ってみたけど、自然に切れるまでつけ続けたことはないんだよねー」
「あ、え?」
「あ、あれ?外れちゃった」
ミサンガが外れるのかいじっていたら、急に外れてしまった。というよりすり抜けるように手から滑り落ちてしまった。確かに外してみようとは思っていたけど、予想外のタイミングで来ると少し動揺してしまう。よくよく考えるとこのミサンガ、結び目がない。ミサンガをいじっていたのはあたしだけなのに二人同時にすべて外れたことも不可解だし...。ひとまずポケットに入れておくが、なんだか不安が拭えない。
時刻はすでに6時になり、新年の朝を迎える。しかし一向に夜は明けず、底冷えするような寒さは依然として続く。沖縄の人間にとっては10℃台でも十分に極寒であるというのに。
月明かりだけが異様に強く輝き続け、見慣れた町並みが見えはじめたというのにあたしたちの口数は減る一方だった。
「なんか、なんというか……おかしくない?」
ナリ君が頷いて同意を示す。
「人……」
「ん?あー、確かにそうだね。車どころか人っ子一人見当たらないね……」
町に着いても変わらなかった。普段の喧騒が幻のように感じる静けさは逆に落ち着かない。未だに暗い空も相まってより一層不気味に感じてしまう。
「こういうのをなんていうんだっけ?見慣れたものが、見たこともないように感じる現象……、」
「ジャ、メヴ」
「そうそれ!」
異常事態に間違いないが、誰もいない町にあたしたち二人だけというこの非日常感に酔いしれていた。
すると突然、ナリ君に強く手を引っ張られる。呆けていたあたしの意識が揺さぶられ軽く混乱してナリ君を見ると、見たことがないほどの焦りを顔に浮かべ、しきりに首を振っていた。
「うし、ろ!」
「何なに!?突然どうしたの!?後ろ?…………はぁ!?」
いやいや、いやいやいや、え?あれはおかしいでしょ!なんなの!!
兵隊のような軍服を身に着け、容姿は人間の男性のようだがまるで4足歩行の獣のようにこちらに向かって走ってくる。舌を垂らし、荒い息を繰り返しながら知性を欠片も感じない様に得体のしれない怖気が走るが、問題はそこじゃない。
なぜか顔がころころ変わっていく。男の顔に女の顔、子供の顔に老人の顔と止めどなく変化し続ける。時に違う、そうじゃないと言いたげに顔が歪んで真っ黒に塗りつぶされ、そしてまた顔の変化が始まる。
というかこの静けさの中で全然追ってきてることに気づかなかった!そもそも足音が全くしてなくない!?
さらに不運は重なり、事態は思いもよらない方向に傾きだす。
「キャッ! 痛っ!」
何もないところで転んじゃった。なんでいつも迷惑をかけちゃうんだろう、なんて自己嫌悪は後にしなければと急いで立ち上がる。しかしそこには170㎝以上に伸びた姿のナリ君が、こちらに驚愕の表情を向けている。
慌てて自分の手と体を見下ろし気づく、明らかに体が小さくなっている。さらに自分を俯瞰して見てみると、おそらく4歳くらいの体のサイズになってしまっていた。
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