第3話 救いの手
はぁ…はぁ…つ、疲れた……」
カーシャさんとミアさんのボディチェックから逃げることに成功した俺は門から少し離れた広場で大きく息を吸う。石で出来た道を走るのはとても痛かったが今はその痛みすら忘れるほどに肺と心臓が酸素を欲していた。運動が得意じゃない俺にとってこの仕打ちは酷である、どこかで座って休憩がしたい……。
身体検査は必要だと思うが彼女らの触り方はどう考えても検査するための物ではなかった。手を握ってきたり、まるでくすぐるときのような手つきで体を触ってきたり。
太ももを執拗に触って来た段階でまずいと思い、全力で逃げだしたのは賢明な判断だったと言えるだろう。あのまま好き放題させていたらどうなっていたことやら……考えるだけでも恐ろしい。
「よいしょっと……はぁ、ようやく座れる……」
俺は広場にあった噴水の淵に腰掛ける。このまま噴水の水を飲もうかとも思ったが、衛生的によろしくないため我慢する。喉が潤いを欲して暴れているが、もう少しだけ我慢してもらうとしよう。
「……視線がすごいなぁ」
街行く女性が俺のことを華麗な二度見を披露した後、じーっと凝視してくる。ショッピングモールに置いてある椅子に座っているだけで通行人全てから見られることを想像してもらえれば、俺がどれだけ居た堪れないかを想像してもらえることだろう。お願いだからこっちを見ないで欲しい。
「はぁ……やっぱりこの世界はおかしいよ」
この世界は地球と比べてとっっってもおかしい。確かに文明レベルが低い時点でおかしいのはおかしいのだが、それ以上に地球と異なる部分がある。もちろん確定したわけではない。が、99%俺の予想は当たっていると思う。
この世界……貞操観念が逆転しているのではないだろうか?
先ほどの一件、門番という役職だからまだ許されているがやっていることは完全に変態のそれである。身体検査とか言ってねちっこく触って来るとか中々にひどい。
そして今この状況、ただ座っているだけなのに下心がありありと感じられる視線を向けられているのは俺の疑問を裏付けるのに十分すぎる。数人の視線が、という話ならまだ疑問のままで済んだのだがこの量の視線を浴びれば嫌でも分かってしまう。
……今すぐこの場を離れた方が良いかもしれない。第六感とも言うべきか、脳内で警鐘が鳴り響く。このままここに居たら面倒なことに巻き込まれてしまう気がして仕方がない。行く当てはないけどとりあえずこの場を離れ──────
「ねぇ君、今一人?」
お、遅かったーーー!!
足にぐっと力を入れた次の瞬間、3人の女性が俺の方へと近づいてきたのだ。彼女らは剣や弓などの武器を携え、全身ではないが体の各所を鎧で包んだ冒険者らしき人達だ。
そんな彼女らが俺の前に立ちはだかる。周りの女性達は勇者が現れたと言った驚きや、抜け駆けをするなんてずるいと言った嫉妬の籠った視線を俺と冒険者に向けている。
さ、最悪だ……。寄りにもよってフィジカルじゃ絶対に勝てないような相手が来てしまった。まぁほとんどの相手に対してフィジカルでは勝てないんだけれども。それでも武器を持った人に声を掛けられるとか……な、なんて返事すればいいんだろう。
「お母さんとかはいないのか?というかいくつだい?」
「えっと……16です」
「「「16!?」」」
子ども扱いされるのも嫌だったため正直に答えたところ、まるでギャグマンガのよろしく3人同時に驚きの声を上げる。
彼女らの驚いたときの声は大きかったのでもちろん観衆の皆にも俺の年齢が伝わる。すると奇跡を見たと言わんばかりの動揺と衝撃が広がる。その広がり方は水の中に墨汁を入れた時の様に瞬く間に広がっていった。
「この見た目で成人済みとか……やばすぎるだろ……」
「ぐへへ……ぐへへへへ」
「……ごくり」
冒険者達の目の色が変わる。どうやらこの世界では15もしくは16が成人となる年齢らしい。得物を捉えた肉食動物の様に彼女らの瞳から存在した少量の優しさと理性は無くなり、なんとしてでも俺のことを仕留めると言った目つきへと変貌する。
や、やばいやばいやばい!!普通に13とかって嘘つけばよかった!!どうしてここで変なプライド出ちゃうかなぁ!?
「私達これからギルドで酒飲みに行くんだけど、ちょっと付き合ってくれないかい?なぁに、代金は全部私達が持つからさ」
「え、遠慮しておきます」
「そんな固い事言わないでよ。私達に任せてくれれば気持ちよくしてあげられるだからさぁ?」
どすんと俺の隣に座り込み、ずいっと距離を詰めてくる女冒険者。ち、近いんですけど!体当たってるんですけど!!
俺は距離を取るために横へずれようとするが、それを読んでいると言わんばかりにもう一人の冒険者が俺を挟むようにして腰を下ろし、俺の逃げ場は完全に無くなってしまう。さ、さっきも似たような光景見たんですけど……?
「さぁ、少年。私達と熱い夜を過ごそうじゃないか」
まだ日は出ているというのに完全にスイッチが入ってしまっている女性冒険者たち。だ、誰か助けて!この人達に襲われる!!
周囲を見てみるが周りの女性たちはとても羨ましそうにしている人が半分、女性冒険者達と同じように興奮している人が半分といった地獄が広がっていた。この世界に救いは無いんですか??
「ほら、早速行こうじゃないか」
「あっ」
手首をグイっと引っ張られ、俺のおしりは簡単に噴水の淵から離れてしまう。ぐっと力を込めて何とか抜け出せないか試みるものの、ピクリとも動かない。俺の異世界ライフはここで終わりなのか……?
「おい、お前らその少年の手を離したまえ」
冒険者を静止したのは同じく冒険者らしき女性だった。日本では中々見られない鮮やかな赤色の長髪と髪色に負けない凛々しく綺麗に整った顔立ち、そして異性同性関わらず見惚れるほどの体型。世界が違えば間違いなく女優やアイドルになっていただろう。
「そ、その声は……ティオ!?」
下心を感じない彼女の瞳に俺は大きな感動を覚える。俺の異世界生活と貞操はまだ耐えれるみたいだ。
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