第2話 この世界、何かがおかしい

 異世界に巻き込まれてしまったのは分かったが、俺は一体どうしたらいいのだろうか。街を見つけたは良いものの、このまま向かえば十中八九衛兵に止められてしまう。異世界に来て早々捕まるとか前代未聞、転生したら牢獄生活が始まった件とかいう最悪の転生物になっちゃうよ。


「というか俺の言葉ってこの世界の人達に伝わるのかな……?」


 もしこれが巻き込まれたものではなく神様による異世界転生であれば、最初にチュートリアルがある。そこでステータスの見方とかこの世界の説明とか色々されるのが定番だ。が、しかし俺には一切チュートリアルがない。この世界に来て俺が初めて聞いた音は鹿の叫び声なのだ、あれがチュートリアルだったら神様は仕事が出来なさすぎる方なのか或いは俺のことがめちゃくちゃ嫌いかのどちらかである。


「でもこのまま森の中に居ても危ないし……喉乾いたし……」


 言語の心配はあるがこのまま森に居たらふっつうに危ないのである。先ほどは草食動物だったが肉食動物と遭遇する可能性も十分ある。さらに運動が得意じゃない俺が森に居たところで出来ることは先ほど同様土の上で寝るか、木にもたれかかって寝るかのどちらかしかできない。


 であれば多少のリスクを背負ってでも街へ向かった方が良いのだ。幸いなことに俺は身長が小さく裸足で足が汚れている。服装がちょっとこの世界にそぐわない事以外は頑張って街までたどり着いた少年の様にしか見えないはず。


「身長が低いのはコンプレックスだったけど……使えるものは使わないとだね」


 俺は意を決して街の方へと歩き出す。頼むから捕まらないでくれよ……。






 整備された道に沿って歩くと街と外界を繋ぐ門へとたどり着く。そこには鎧を身に纏い、身長よりも大きい槍を持った二人の兵士が立っていた。しかし予想外なことにその兵士は男性ではなく女性だった。


 この世界の文化レベルはおそらく中世付近、俺のにわか知識からすれば騎士のほとんどは男性のはず。とはいえ女性騎士がいなかったわけではない、じゃあこの街に女性の騎士が多くいるとかだろうか?


「女性の騎士……話しかけるのは嫌だけど……行くしかないか」


 俺は深呼吸を数回してから門の方へ近づく。もちろん騎士たちは俺の行く手を阻むように槍を構えるが、彼女たちは俺の顔を見るや否やまるで電池が切れたかのように固まってしまう。ぐっと握られていた槍もするりと手から抜け落ちてしまうほどに。


「え…と……あの!」


 俺は乾いた喉で大きな声を絞り出す。なんで二人とも固まっちゃうのさ!俺の服は確かに珍しいかもだけどそこまでかなぁ!?


「ど、どうした少年!私はアンファの門番を務めているカーシャだ!趣味は狩りで一応料理もできる!彼氏は絶賛募集中だ!」


「な!抜け駆けはずるいですよ!私はアンファの門番を務めているミアです!これといった趣味はありませんがこれからあなたと一緒に見つけられたらと思います!私も彼氏はいません!!」


「えっと……えぇ……?」


 俺の声に我を取り戻したかと思えばいきなり姿勢を正し、自己紹介を始める騎士の人達に俺は困惑の声を上げる。別に俺はあなたたちの情報を知りたいわけじゃないんですけど?というかいきなり自己紹介されても困るんですけど?後一応言葉は通じるみたいだ、良かった……。


「っ!少年、靴を履いていないじゃないか!」


 栗毛色の長髪を揺らし俺の足を驚いた表情を浮かべながら見つめるカーシャ。俺の足は土で汚れ、所々が赤くなったり切れていたりと結構痛々しく見える。


「こんな綺麗な足が汚れているなんて……不肖、このミアが丁寧に洗わせていただきます!心配はいりません、私が隅々まで綺麗にしてあげますから!」


 短くまとめられた橙色の髪を小さく揺らし、こちらに身を乗り出してくるミアに反応するようにして俺は一歩後ろへ後ずさる。


「なっ!ミア、抜け駆けはずるいぞ!私だって少年の足を洗いたい!」


「先に抜け駆けしたのはそっちじゃないですか!」


「……えぇ??」


 20秒ぶり、2度目の困惑。自己紹介を始めたかと思えば今度は俺の汚れた足を見てその足を洗う権利について争い始める門番の二人。門番の仕事をして欲しい、というか足洗わせてって普通に気持ち悪いんですけど……。


「あのー……街に入りたいんですけど……」


 このまま二人の争いを放っておいたら彼女らに連行されそうな気がしたため、俺は話題を変えるべく街に入りたいという意思を伝える。すると言い争っていた2人はすぐに距離を取りこちらに向き直る。


「んんっ……街に入るには身分証か通行料が必要なのだが……少年、身分証は持っているか?」


「えと……それがお金も身分証もなくて……」


 やはり街に入るには身分証ないしはお金が必要らしい。異世界の街と言えばこういうの必要になって来るよなぁ……ど、どうしよう。このまま街に入れなかったら割と詰むんだけど……。


「君、名前は何ていうんですか?」


「お……僕は乃蒼って言います」


 出来るだけ印象を良くするために俺は一人称を僕へと変え、出来るだけ身寄りのない可哀そうな子供を演出する。


「ぐふっ!!か、可愛い……じゃなくてノアくんは一人なんですか?」


 どうやら僕と名乗ったのが功を奏したのか俺のことを完全に子供だと思っているらしい。年齢的には確かにまだ子供だが一応16歳、こんなにも子ども扱いされるのは嬉しい事じゃないが今はこの場を乗り切るために我慢しよう。


「そうです」


「少年……じゃなくてノア、家族や仲間はどうした?」


「え……と……」


 やばい、なんて答えよう。気が付いたら森の中にいました、なんて言って信用してもらえるはずも無いし、かと言って他になんて言い訳したら彼女らの信用を得られるだろうか……全く思いつかない!!詰んだ!!


「カーシャ!そんなこと聞かなくても今のノア君を見ればわかるじゃないですか!きっと魔物に襲われて何とかこの街まで逃げてきたんですよ!」


「そうか……そうだな、すまないノア。言いにくいことを聞いてしまって」


「いえ、大丈夫です……こちらこそ変に気を遣わせてしまってすみません……」


 なんと身寄りのない子供作戦が成功したみたいだ、まるでお葬式に並んだ人の様に悲しそうな表情を浮かべる二人、これなら何とか街に入ることが出来そうだ。二人の同情を利用するのは心苦しいけど背に腹は代えられない状況だから今回だけは許して欲しい。


「本来であればお金が必要だが、今回は私たちの権限で免除しよう」 


「本当ですか!?カーシャさん、ミアさん、ありがとうございます!!」


「ぐはっ……こんな美少年に感謝される日が来るとは……門番やっててよかったぁ!」


「……この子今すぐ持ち帰っちゃ駄目ですかね……?」


 満面の笑みで感謝を告げる。ただ感謝をしただけなのに二人の反応がおかしい……というかこの場を乗り切ることに必死だったからあれだけど、終始俺への反応おかしかったよねこの人達……。い、今すぐにでもこの場を離れた方が良い気がしてきたのは俺だけかな……?


「あ、ノア君。街に入る前にやらなければいけないことがあるんですけど協力してもらっても良いですか?」


「は、はい。もちろんです」


 俺の身体が蛇に睨まれた蛙の様に硬直する。いやな予感というものは往々にして当たる、先ほどまで優しそうだったカーシャとミアの顔は変態のそれと何ら変わりない笑顔をこちらへ向けていたのである。


「何か危険なものをを持ってないか、ちょーっとだけ調べさせてもらいますねー?」


「そうだな、持っていないにしても何か危ないものが着いている可能性だってある。門番としてしっかり調査させてもらうぞノア」


「え……あ、あの……か、顔が怖いんですけど……!!??」


 手をワキワキとさせながらにじり寄ってくる二人に俺は恐怖の色を滲ませる。しかし、捕食者に対して恐怖の感情を抱くことは相手の嗜虐心をくすぐってしまうだけなのだ。


「大丈夫だノア、痛くはしないからな」


「そうですよノア君、私たちに身を委ねてくれれば気持ちよくなれますからねー」


「ちょ、まっ!!」


 俺はこの時にようやく気が付いた。





 この世界、何かがおかしい。

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