第4話 ティオ
赤い悪魔と恐れられている冒険者がこの街……アンファに滞在している。彼女の名はティオ、弱冠18歳にしてF~Sランクまである冒険者ランクの中でAと高いランクに位置している冒険者だ。Sランク冒険者が二桁も存在していない所を考えると彼女の社会的地位はかなり高いものである。
彼女の鮮やかな赤い髪を揺らし、鋭く大きな大剣で魔獣をばっさばっさとなぎ倒すソロ冒険者。彼女にかかればドラゴンだって一人で倒せてしまうのではないかと世間は彼女を囃し立てている。
名誉、武力、財産、ほとんどの物を手にしている赤い悪魔ことティオだが彼女には一つの問題があった。
「はぁ……今日も周りは男だ男だとうるさいな……街の男どもにそんな魅力があるか…?」
そう……彼女は超が何個も付くほどの面食いなのである!!!
冒険者という仕事は否が応でも危険が付いて回る。得物が壊れる、魔力が尽きてしまう、魔獣の不意打ちに合うなど命が落ちる原因は数知れず。怪我をして冒険者稼業を続けられなくなった人や命を落としてしまう人をこれまで数多くと現れた。
そんな死と隣り合わせにある職業柄か彼女の同業者はとても欲に……特に性欲に忠実だった。男冒険者を囲ってハーレムを形成したり、風俗街に金をばら撒いたり、街のあちこちでナンパしてみたりと理性が本当に機能しているのかと疑ってしまうほど彼女らは男の事しか考えていない。
もちろんティオだって女だ、男の一人や二人欲しいと思ったことはある。しかし、しかしだ……
彼女はこれまでどの男を見ても全くと言って良いほどムラムラしなかったのである!!
冒険者ギルドの中で一番の人気を誇る受付嬢(♂)も風俗街でNo.1の人気を誇る男も彼女にとってはただの普通の男にしか見えないのである。何故なら彼女は超超超超超面食いだから、彼女にとっては街の人気者すらただの一般的な男にしか見えないのである。
男を抱いてみたい気持ちはあるが、そこら辺の男には全く持って興奮しないという最大の悩みを抱えながら生きてきた彼女。しかしある日、ティオは奇跡を目の当たりにする。
「ん?何やら騒がしいな……喧嘩でも起こったのか?」
お祭りも何もない平日にこんな多くの人が集まるなんて珍しい。大方冒険者と街の人間が喧嘩をし始め、それが割といい勝負になっているのだろう。
「はぁ……面倒なものだな」
「お前にしか頼めない」というギルドマスターからお願いをされて以来、私は冒険者同士の喧嘩の仲裁役をしている。冒険者同士の喧嘩はギルド内の秩序に関係するとギルドマスターはこの件を重く見ており、私にお金を払ってまで私にお願いをしてきた。
やりたいわけではない。が、ギルド内で喧嘩を止める奴が一人もおらず、逆に煽って喧嘩を盛り上げようとする奴らか賭けをする奴らのどちらかしかいないとなれば、渋々だが受けざるを得ないだろう。
「全く……喧嘩をするならせめてギルド内でやって欲しい。……いや、私の仕事が増えるからそもそも喧嘩しないで欲しい」
小さな声で愚痴を並べるが、喧嘩は無くならないし治まらない。今日も軽くひねって後はギルドマスターに任せるとしよう。
……喧嘩じゃないのか?
状況を確認するために私は騒動の中心へ向かって歩き出すが、途中でこの観客の静けさに違和感を覚える。喧嘩であれば野次の一つや二つくらい聞こえてきてもおかしくはないのだが、今回はそれが全くない。むしろ式典でも行われているのではないかと思えるほどの静けさが広がっていた。
「一体どうしたと言う……ん……だ……」
この時、ティオに今世紀最大の衝撃が走る。彼女の脳が、心臓が、手から足にかけての全ての細胞が、鉄よりも重い鈍器で殴られたように揺れ、1kmを全速力で走ったかのように暴れ、覚醒したかのようにふるふると震え始める。
彼女の広い視界がまるで肉食動物の様に狭くなる。狭まった彼女の赤い瞳に映る物……いや映る者は漆黒の髪と瞳を持ち合わせた天使であった。
か、がわいいいいいいいいいいいいいい!!!!????
この世界では黒髪は非常に珍しい存在だ。東の果てに黒髪が多い国があると言うのは有名だが、実際に行ってみた人曰く黒というよりも灰色に近いらしく、真っ黒な髪色と言うのはお伽話的存在であることが証明された。
しかしどうだろう、あの少年の髪色と瞳は。濁りの無い黒、灰色とは違う艶のある漆黒!!そして程よく低い身長と体型、何よりあのあまりにも可愛すぎる顔!天使は……いや神は本当に実在したんだ!!可愛い、あまりにも可愛すぎる!今すぐこねくり回したいくらいに可愛い!!
「なっ!冒険者に絡まれている……しかもあいつらあんなに距離を詰めて…!!」
許せないぞ、私の天使にナンパをするなんて……分をわきまえろ!!どうせお前たちは私よりも冒険者ランクが低いだろう!なら私に譲るのが普通だろう!!
「ほら、早速行こうじゃないか」
「あっ」
女冒険者の一人が黒髪天使の手首を掴む。
っ!?天使の手首を強引につかむとは何て羨ま……じゃなくて下賤なことを!!待っていてくれ、今すぐに私が解放してあげるから!!
私は素早く女冒険者達の所へと移動し、天使の手首を掴んでいる冒険者の肩にポンと手を置く。
「おい、お前らその少年の手を離したまえ」
「そ、その声は……ティオ!?」
驚きの声を上げる冒険者と、同じように私を見つめる黒髪の天使。うひょ……ま、間近で見るとより可愛い……!!
この時何とか表情を崩さず、凛々しい態度を貫いたことは乃蒼の信頼を勝ち取ることに繋がった超ファインプレーだと言えるだろう。ただまぁ後に乃蒼の彼女に対する評価が大きく変化してしまうことになるのだが……
はぁ……はぁ……うへ、うへへへへへ。可愛い……あまりにも可愛すぎる……
今の彼女にそんなことを考える余裕はないらしい。
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