第14話-回想編ver.1-
「ごめん、赤橋くん。今大丈夫?」
「うん、大丈夫だけど。どうしたの?声色が悪いけど、まさか何かあったの?」
ぐちゃぐちゃに泣き崩れている柚葉を誰もいないであろう屋上階段に連れ出し、私は頼みの綱である相棒に電話をかけていた。
「半分正解。今どこにいるの?」
「悪い、今バイト先に向かってるところなんだ」
「そう、じゃあ手短に。暁月くん、やっぱりダメだったみたい」
「そうか。二年も経ったけど、二年しか経ってないもんな」
「聞かせてくれるわよね、暁月くんが二年次後半の時期に相当な虐めにあっていた理由。私たちには知る権利、いや義務があるわ」
「はぁぁぁ…。長くなるぞ」
「覚悟してるわ」
「これは二年次前半の頃の話だ」
*
「結芽ちゃん、すまんな。今日の奏詩の試合、仕事で行けなくなってしまった」
「仕方ないわ、大事な商談なのでしょう?しっかり録画しておいてあげるから」
その日は曇天だった。ドンヨリとした天気、湿度も高くて人が過ごすにはあまりにも気持ちの悪い日だった。今日は奏詩にとって運命の日、中学バスケの西東京大会の本戦の日だった。
「お兄ちゃん。お父さん、仕事で来れないって」
「仕方ないさ。会社の中枢にいる人だから、どうしたって当日来れない日もある」
決戦の日、初戦は俺たち虹ヶ丘中と何度も練習試合をしてきた菖蒲ヶ原中だ。
「狭間、調子はどうだ?」
「悪くないな。良い緊張感もあって、全体の士気も高いようだ。これなら俺たちのバスケもしやすい」
狭間と俺は二年生ながらもスタメン入りを果たした即戦力の点取り屋だ。
「黒埼、菖蒲ヶ原のセンターは手強いぞ。中一ながら身長百七十を超えてくるアメリカハーフのデカブツだ。手が長いせいかリバウンド範囲も広い、気をつけろよ」
「いやいやトオルっち。その台詞、そっくりそのまま返すよ」
他のスタメンは全員三年生だ。センターの高城透先輩とパワーフォワードの黒埼賢剛先輩、そして。
「各学校の出場メンバーを発表します。一番ポイントガード、牛寅武治選手」
「押忍!」
地区本戦でもメンバー紹介をする地区もある。体育館に集まる選手それぞれが主役のチームによる戦いが始まる。想いだけでも力だけでも運だけでも勝てないのがバスケだ。そこに発生するドラマを見るために、子供たちを応援するために観客は声を張り上げるのだ。
「続きまして二番シューティングガード、狭間達也選手」
「お、押忍っ!」
狭間はどうやら緊張しているようだ。無理もない。俺たちは挑戦者だ。何度もこの舞台に立って本気の想い同士がぶつかり合う戦いをしてきたわけではない。次は俺の番だ。緊張はしているが同時にワクワクもしている。
「三番スモールフォワード、暁月奏詩選手」
「押忍!」
掛け声と共にコート前に立ち、一礼をする。戦場に入る際には挨拶をする。これはあらゆるスポーツにおける礼儀作法だ。俺もそれに倣ってコートのベースラインを跨いだ。
「暁月、これが選ばれし者に与えられた特権だ。この熱気と喝采はここに立てる者にしか浴びることが許されない」
「そうだな。俺たちはこの中で想いの強さを、そして練習の成果を見せつけなきゃいけないんだ」
「以上、虹ヶ丘中学の出場メンバーです!そして虹ヶ丘中学代表、武藤義信監督!そして茜谷七海コーチです!」
二人の大人代表が頭を下げると、二階席が大いに湧き上がる。地区戦だというのにこの盛り上がり、落ち着かない気持ちになるのも無理はない。
「どうした暁月、震えているぞ」
「これは武者震いだ。狭間こそ、腕が震えてるぞ?」
「ふん。これは、準備運動だ。俺は緊張などしていない」
「以上、菖蒲ヶ原中学の出場メンバーでした!そして菖蒲ヶ原中学代表、織田信弥監督と松本大和コーチです!」
菖蒲ヶ原のメンバーも揃ったようだ。相手方も程よい緊張感を持っているようで、どんなプレーを見せてくれるのか楽しみだ。いざ尋常に、勝負といこうか!
「それではジャンプボールを行います。各チームの代表選手はセンターサークルへ」
二〇X八年六月八日、私立開星高校第一体育館。本戦大会第一試合の火蓋が切り落とされようとしていた。
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