第10話-二人の心は 露に濡れゆく-

「お待たせ、紅茶持ってきました!え、あれ、お姉ちゃんがまた何かやらかしちゃいました…?」

「え、なんでそう思ったの?」

「だって奏詩くん、顔色悪いですよ?」


 え、今俺ってそんなにまずい状態なのか。気持ちを切り替えて勉強モードに入ったはずなのに。


「えっ。別に何もないよ?」

「私、ちょっとまた空けますね。先に紅茶飲んでていいから待っててください」


 柚葉の手に持っていたトレイがミシミシと悲鳴をあげながらも、彼女は部屋を出て行った。力強くドアが閉まり、僕は唖然としながら言われた通りに紅茶を嗜みながら教科書を開いた。時が過ぎること数刻、突然少女の怒鳴り声が響いた。


「お姉ちゃん、また何かやったの!何やったのよ、私の奏詩くんに何吹き込んだの!!!」

「あはは、別になにも〜? ただいつでも相談してねって、そう言っただけだよ」

「嘘、お姉ちゃんはいつも何か裏があるって知ってるんだから」


 暫くの後、重たい空気を切り替えるようにヤカンの沸騰する音が響き渡る。


「ほら、奏詩くんにお茶持っていくんじゃないの?」

「ふん、次何かしたら本当に怒るからね」

「お姉ちゃん、大事な妹ちゃんにわざわざ花嫁修行つけてあげたのにそんな言い方するんだ」

「それとこれとは話が違うから」


 少女の怒鳴り声が止み、再び静寂が訪れた。柚葉ってちゃんと怒れる人なんだ。そういえば、乃愛さんは『私もそうだった』と言っていた。それってどういうことなんだろうか。考えながら紅茶を飲んでいると、静かにドアが開かれ、また新しいお茶を持ってきた柚葉が部屋に戻ってきた。


「ハーブティを淹れてきました。ハーブにはリラックス効果があるから、落ち着くと思います」

「う、うん。ありがとう」


 ありがたくハーブティを口に含むと、優しい味が気持ちを穏やかにしてくれる。柚葉の温かい優しさに、緊張していた心が和らいでいった。


「ごめんなさい。お姉ちゃん、ああいう人だから傷つけちゃったかもしれません」

「大丈夫、大丈夫。心配してくれてるだけだろうから」

「でも、この一件のせいで気まずくなって破局とかになったら嫌です」

「そんなことはない、絶対に!俺を選んでくれたこと、俺のために努力をしたその姿に俺は尊敬してるんだ。だから、そんなこと言うなよ」

「わかりました。奏詩くんのその言葉、信じます」


 少し涙を浮かべていた柚葉は、顔をハンカチで拭った後、笑顔を浮かべた。


「よし、じゃあ宿題終わらせちゃいましょう!」

「そうだな、ここの問題だったよな」


 気持ちを切り替え、ようやく課題に手をつけ始めるのだった。



 その日の夜、湯船に浸かりながら考え事をしている少女がいた。


「お姉ちゃん、何をするかわかったもんじゃないからこれから私の奏詩くんにちょっかいかけられないよう警戒しよう。でもどうやって?」


 柚葉の悩みの種は姉のことである。姉から自分の大切な人にちょっかいを出されないようにする一番簡単な方法、それは家に奏詩くんを誘わなければいいのだ。しかし、それではおうちデートができなくなってしまう。それだけは避けたい。


「本当、どうしよう。お姉ちゃんはいつ一人暮らしをするの?はあ、頭痛い」


 お風呂にあるスピーカーのボタンを押し、曲を変更する。アップテンポの爽やかなロックナンバーが流れ始める。お気に入りの曲で気分が高揚する。


「悩んでても仕方ない、明日誘ってみよっと!」


『えいえいむん!』と気合いを入れる。お姉ちゃんに借りた乙女ゲームのように、私だって好きな人を攻略してやるんだから!

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