第6話-浮世に何か 久しかるべき-
二人で学校を出て坂を下っている最中、会話は特になかった。何を話したらいいのか分からず、変に意識すると動きが硬くなってしまうことがよくあるから、そう自己肯定して不安を紛らわせていた。
「あ、あの暁月さん」
「お、おう、七草さん」
不意に声をかけられ、体が跳ねてしまう。振り向くと、鞄を引っ張り、視線を落としてもじもじしている七草さんがいた。何かを言うのに自信がなく、小さくなっている姿を見ると、一ヶ月で性格が変わるわけではないことを実感した。
「あのね、暁月さん。苗字で呼び合うの、やめにしない?」
「そ、そうだな。でも、いきなり名前呼びにするのは恥ずかしいな」
「そ、そうですよね。すみません、変なこと言っちゃって」
「わりぃ、ちょっと待って」
不意にスマホが鳴り響き、確認すると啓太からのメッセージが届いていた。
『馬鹿野郎!名前呼びにしろ!二人だけの秘密ってやつだ!』
お前、どこから見てるんだと辺りをキョロキョロしてみると、街路樹の裏に隠れているのが見えた。これが、お前の策略か。よし、明日絞めよう。
「やっぱ、名前呼びにしよう。二人だけの秘密ってやつ。どう?」
「えっ、えっ、良いんですか?」
七草さんが目をキラキラさせていた。
「ふふっ、良いよ」
「えへへ、えっと奏詩くんっ!」
不意に口を抑え、柚葉から目線を外す。心の声が漏れないように口を抑えていたが、耐え切れずにポロリと漏れてしまった。
「・・・本当に可愛いな」
「奏詩くん?どうしたの?」
「な、何でもないよ、七草さん」
「ぷいっ」
少女は露骨に不機嫌になる。また俺は何かやらかしたのかと脳をフル回転させる。不機嫌そうな顔を横目に考え始めること十数秒、自分の過ちにようやく気づく。ついさっき約束したばかりのことを忘れてしまうとは、人間失格だな。
「ごめん、柚葉」
体が妙に熱い。今までの人生でこんなに胸が熱くなることは初めてだった。これがきっと恋の味なんだろうな。
「ううん、大丈夫だよ。それに、こういう時はありがとうって言うんだよ?」
「そうだね。ありがとう、柚葉」
名前呼びをすると、柚葉は極端にモジモジし始めた。照れているのが丸わかりだ。側から見たら惚気ているのが明白で、リア充爆発しろという妬みが聞こえてくるようだった。
「こほん、それ以外に決めといた方がいいことってありますか?」
「あ、やべえ、忘れてた。柚葉、スマホ持ってるよね?」
「え、はい、持ってますけど、何をするんですか?」
バッグからスマートフォンを取り出してくれた。そう、最初にやるべきことをしていなかったのだ。
「LINKの登録をしないと、いつでも連絡できないから」
「それもそうですね、連絡とかチャットって最近LINKが主流になってきてますもんね」
IDコードを表示してお互いにフレンドになり、これでようやく柚葉と連絡を取ることができる。
「試しに送ってみるね」
LINKのトーク欄にメッセージが表示されました。
『初めてのLINK記念☆』
「ぷっ、あはははっ! まるでGⅠレースのタイトルみたいじゃないか!」
「もう、何そのGⅠレースって…!私だってちゃんと考えて…」
「違う違う! バカにしたわけじゃないんだ。ただ、なんか可愛らしいなって思ってさ」
「本当に? 変だとか思ってないですか?」
「思ってないよ、事実を言ったまでだよ」
「もう! 奏詩くんの意地悪!」
顔を真っ赤にしてプンプンしている姿が非常に愛くるしい。こんな可愛らしい子に好意を持ってもらえるなんて、俺は幸せ者だな。
「着きましたよ、奏詩くん! ロゼ・セクエンツァです!」
「外観が綺麗だな。昼にしては客足も悪くない。良さそうだな」
虹ヶ丘駅徒歩二分の駅近のレストランだ。若者に人気の街、渋谷から一本で来れるため、繁盛しているようだ。
「よし、じゃあ入ろう」
「はいっ、楽しみですね!」
ドアを開け、俺たちは中へ入っていくのだった。
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