十一 帰還

閻魔えんまが運ばれて一時間がたった。


柘榴ざくろとともに閻宮えんきゅうに戻ると、すでに睡蓮すいれんによって呼びかけられたであろう医療班が閻魔のことを待ち構えていた。


閻魔は彼らによって治療室へと運ばれていき、残されためいは柘榴とともに治療室の前でただ待っている。

自らの血にまみれ、今にも意識を失いかけている彼を思い出す。そのたびに、心臓をぎゅっと鷲掴みにされているような感覚に襲われる。



「おい、あんた大丈夫かよ?」



ふと、目の前の青年に顔をのぞき込まれ、冥は思わずぎょっとした。



「っ!?ざ、柘榴…」


「あーあーあー。顔が真っ青だぜ。」


柘榴は呆れたように冥の顔を見るやいなや、その頬を引っ張った。


「い、いひゃい。あにふるのよ!」


「ふはははははは!ぶっさいくだぜ、あんた!」


腹を抱えてこれでもかと大笑いする彼を冥は睨んだ。


離された頬がまだじんじんと痛む。



すると、ひとしきり笑い終えたかと思うと今度は真剣な面持ちで柘榴はこちらをみていた。


「な、なに…?」


彼の意図がわからず、怪訝そうに見つめ返した冥に柘榴はゆっくりと口を開く。



「あの人のことなら、心配いらないぜ。

俺がいくら殺そうとしても、全部失敗に終わったからな。」



「え…?」



(柘榴が閻魔様を殺そうとした…?)



聞き捨てならない言葉にこちらも言葉が詰まる。



確かに柘榴の閻魔への対応はとてもじゃないが、戒や睡蓮のように主君に対するものではないように思える。それは皆と出会ってまだほんの少しの冥ですらわかる。


だがしかし、少なからず閻魔は柘榴のことを可愛がっているように、冥にはみてとれた。


疑問ばかりが浮かび、そんな冥の訝しげな表情を汲み取ったかのように柘榴は口を開いた。


「俺が不死鳥に姿を変えられるのは一つの罰なんだよ。」


「罰?」


「ああ。

俺も元はあんたみたいに現世を生きる人間だった。けどまあ、いろいろあってな。ふかこうりょく?ってやつで、自分の両親を殺した。」


語る柘榴の表情からは何が読み取れるというわけでもなく、発せられる話の内容に似つかわしくなく、ただただ落ち着いているようだ。



「そのあともまあ色々あって、結局俺も死んだ。

人は死ねば、必ずこの冥界に来る。俺も例外じゃなく、閻魔様に裁きを受けた。まあ、自分の親を殺してる訳だし、俺自身も自分が極楽へ行けるだなんて思っちゃいなかったさ。

けど、閻魔様は何が気に入ったのやら俺を地獄行きにするようなことはなく、この冥界にとどめた。

その代わりの罰みたいなもんなんだろうよ、俺が不死鳥になれるのはな。

これは、俺が生まれ持った力でもなんでもなく、閻魔大王の術によって備わっているモンだからな。」


柘榴は自らの腕をこちらに差し出す。


そこにはまだ完全に人の肌に直せていない、美しい毛並みの残る部分があった。


「まだ、俺も自分じゃ完全にこの力をコントロールできてるわけじゃねえけど、当初、俺はそれが許せなくて、あの人に反抗してばかりだった。

地獄行きでもなんでもいいから、さっさと俺という存在を消してほしかったんだ。

生きていた頃の記憶も消してしまいたかったから…。」




どこか遠くを見つめるように思い出す柘榴は、なぜだかとても小さな子供のように見えた。


柘榴が既に死人であるという事実に冥は驚いたが、この冥界には色々な境遇の者がいると聞く。柘榴のように既に亡くなっている者や、元よりこの冥界にて生を授かった者。それはそもそも生まれてきたといえるのだろうか、とも思うがこの世界の仕組みはまだまだ来たばかりの冥にはわからない。


そもそも、冥はまだ死んではいないけれどこのように冥界に来ることができているのだから。




「だからさ、あの人を怒らせれば俺をさっさと地獄行きにしてもらえるんじゃないかって、あのときは閻魔様を何度殺そうとしたことか。」



柘榴はなんでもないように言うが、おおよそふつうの人間の思考回路とはかけ離れていると、冥は思う。


(閻魔様もなかなかにぶっ飛んでる人だとは思ってたけど、あの閻魔様を殺そう!ってなる柘榴も柘榴でかなりぶっ飛んでるんじゃ…。)


なんだかんだ似たもの同士のような二人のやりとりを思い出し、冥は苦笑した。




「結局、何をしてもあの人は殺せなくて俺の方が先に根をあげて、今に至るんだけどな。

だからさ、その、さっきあんたと睡蓮の会話ちらっと聞こえたけどあんたがそんなに思い詰めることないんだぜ。」




「柘榴…。」


「さっきの会話」というのは、閻魔とともにこちらへ戻ってくることを冥が一度拒否してしまったときのことだろう。

わかりやすく表情を曇らせてしまった冥をみて、柘榴は慌てて付け足した。


「睡蓮や戒はさ、あー、なんていうんだ。その、閻魔様やこの冥界に懸ける想いが俺なんかよりよっぽど強いんだよな。アイツらの境遇と俺とじゃ、またちょっと違うからな。だからちょっとばかし厳しく聞こえたかもしれねーけど、睡蓮だってあんたを責めたいわけじゃ無いと思うぜ。

あんたが自分のせいだって、自分を責めたくなる気持ちはわかるよ。でも、あんただってあのとき、逆のことしてたろ?

あの瞬間にあんたと閻魔様に何が起こったかは知らねーが、閻魔様を庇って前に出た。あのとき逆にあんたが大怪我を負ってたら、あの人も自分を責めただろうぜ。だからさ、冥サンもそんな顔してんなよな。

閻魔様、心底あんたに惚れてるみたいだし命懸けて守った好いてる女にそんな顔されてちゃ、あの人の立場も無えってもんだぜ。」


一息に言い終えて、ニッと笑う柘榴の気遣いに冥の気持ちも幾分か軽くなったように思えた。



まだ、完全に自分を許せたわけではない。

けれど、今は一刻も早く閻魔の顔が見たいと思った。そして、自分を守ってくれてありがとう、そう伝えたい。



「うん、ありがとう柘榴。早く閻魔様に会って、私なりにお礼を言わなくちゃね。」


先ほどよりも明るくなった冥の表情を目にした柘榴は心底ほっとしたような顔をした。




「一つ貸しだぜ、閻魔様。」




「ん?柘榴なにか言った?」


「いーや、なにも。」



すると、治療室の扉が開き中から医師が顔を出した。



「決して、浅い傷ではありませんでしたが無事に治療は終わりました。このまま安静にされていれば、閻魔様の治癒力ですと二週間もすればもう問題はないでしょう。閻魔様は自室におられますよ。さて、ご案内いたします。」


医師の話を聞き、柘榴へ目をやると彼はついてくる気が無いのか「早く行ってやれ」とでもいうように顎で示した。








「どう?そっちは。」


「閻魔様は無事だよ。

冥サンも少しは吹っ切れたのか、治療の終わった閻魔様の部屋に向かったぜ。」


柘榴は宮殿の屋根から冥界全体を見渡し、睡蓮の飼っている小鳥へ向けて語る。


「そう。

こっちは今、俺と戒で破壊された場所の復旧に取りかかっている。」


その言葉通り、睡蓮の周りからは無線ごしでもわかるように民や指示を出す戒の大声が聞こえてくる。


「へーえ。そりゃご苦労なこって。」


「お前もそんなところで高みの見物してないで、手伝いなよ。」


街の中心部、ここからでもかろうじて見える場所から殺気に似たような鋭い視線を感じ、柘榴はゾクッとする感覚に襲われた。


「ひぃー。相変わらずこえーよな、あんた。」


柘榴の表情は、そう言いつつも笑っていた。

そして、青年は美しい不死鳥へと姿を変えるとこちらを射貫いている視線目掛けて飛び立つのであった。













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