十 守りたいもの

「この俺に傷を負わせたこと、この地獄を滅茶苦茶にしてくれたこと死んで償え。」


「終いだ。」



閻魔えんまの放つ一際大きく燃え上がる炎が、悪鬼あっきへ放たれる。悪鬼はすぐにでも避けようとするが、その炎は今までのものとは決定的に違う。


悪鬼がいくら炎を避けようとも、それは消滅することなくどこまでも悪鬼を追いかける。

段々と速さを増していき、ついに紅蓮の炎は悪鬼を飲み込んだ。


「うぐあああああ!!!!ああああああああ!!」


耳をつんざくような呻き声と共に、炎は容赦なく悪鬼の身を焦がしてゆく。


「ふん、耳障りなものだ。穢らわしい声をあげよって。」



段々と呻き声は遠のいてゆく。そして、炎が燃焼する頃悪鬼は跡形もなく消滅していた。


「終わったの……?」


座り込んだままのめいの髪色はいつの間にか本来の色に戻っていた。金色に輝いていた瞳も、今は元の色に戻っている。



閻魔の容姿も本来のものへと戻っており、悪鬼が消滅したのをみるやいなや膝から崩れ落ちてしまった。


「っ、!閻魔様……!!!!!」


急いで駆け寄ると、彼は口から多量の血を吐き出し咳き込んでいる。


「げほっ、かはっ……!!っ、冥……無事で良かった……。」


「閻魔様、喋っちゃ駄目です……!!!はやく、はやく手当をしないと…!」


(手当てっていっても、こんなに血を流してるんじゃ…!すぐにでも血を止めないと、このままじゃ閻魔様が……!!どうしよう、誰か!!)


神にも縋るような思いで、辺りを見回していると、急な強風と共に一羽の不死鳥が舞い降りた。


柘榴ざくろ!?」


「おひいさん!!!!無事か……!!」


続いてかい睡蓮すいれんが駆け寄ってくる。


「え、閻魔様……!!!!!」


おびただしい量の血を流し、膝をついている。今にも意識を失くし、倒れそうな閻魔の姿をみるやいなや戒は我を失ったように取り乱す。


「っ、戒!!今は一刻も早く閻魔様を手当しなくては!見るからに出血量が多い。このままだといくら閻魔様だろうと、危ないよ。」


「くっそ…!!俺がついていながら、閻魔様に怪我を負わせるなど」と、悔しそうに打ちひしがれている戒に、一際冷静に声をかける睡蓮の姿は兄そのものだ。


「ざっくん、すぐに閻魔様を乗せて宮殿へ戻れ。医療班を呼んでおくから閻魔様のことを頼むよ。」


戒同様に傷ついた閻魔を目にし、硬直していた柘榴は睡蓮の声掛けによって我を取り戻したように慌てて背に、閻魔を乗せる。


「冥。貴女に閻魔様のことをお願いしたい。正直、今は危ない状態だけど貴女が傍にいれば、閻魔様も少しは安心されると思う。」


睡蓮の瞳はじっと冥を捕らえている。

艶めかしい垂れ気味の目が、今は真剣にこちらを射抜いていた。


「で、でも……。私のせいで、私が連れて行って欲しいなんて頼んだから…!だから、閻魔様は…こんな……。」


自分のせいで閻魔が傷ついてしまった。

あのとき、閻魔の言いつけ通り閻宮で待っていればよかったのだ。そうすれば、こんな風に閻魔が傷つくことはなかった。足でまといになることはなかったのだ。


「貴女は閻魔様のご判断が誤っていた、といいたいのか?」


「え……?」


睡蓮は戒と同じくした翡翠色の瞳を鋭くし、冥を睨んだ。


「確かに、連れて行ってくれと頼んだのは貴女の意思だ。けれど、その貴女の意思、心意気を大切に汲んだ閻魔様のお気持ちはどうなる。

貴女の勝手な後悔で蔑ろにされるの?閻魔様は閻魔様の信念のために貴女を守ったんだ。それが本望だから。あの方のためを思うなら、冥。貴女は後悔している場合じゃないはずだ。貴女が近くにいて、無事だって姿を見せることが今の閻魔様にとってこの上ない喜びだよ。」


言い終わると、睡蓮は柘榴の背に乗せられた閻魔を指さす。


「時は刻一刻を争う事態。ほら、行きなよ。それとも、貴女を守った優しいあの方を亡くしたいの?」


閻魔は荒くも浅い呼吸を繰り返し、苦しそうに傷口を押さえている。その姿をみて、冥は突き動かされるように今にも飛び立とうとする柘榴の元へ走った。



「そう。最初から貴女はそうしていたらいいんだよ。冥、貴女の存在はやさしくて強いあの方の何よりも力になれる。」



睡蓮のつぶやきは冥には届くことなく、未だ混乱している周りの喧騒にかき消された。


そして、冥と閻魔を乗せた美しい不死鳥は、閻宮を目指して飛び立って行った。



「閻魔様、どうかご無事で。」


「戒。閻魔様が負傷されている今、この冥界は混乱している。俺たちで事態を収集する必要があるよ。」


唇を噛み締め、俯いたままの弟の背を叩く。


戒はフランクで、外向的な性格だ。慎重でどちらかといえば内気な自分とは反対の性分をしている。


それでも、この冥界を思う気持ち。

何より、閻魔大王に忠誠を誓う気持ちは互いに確かめるほどのこともない。だからこそ、「自分がついていながら」と、悔やむ戒の気持ちが痛いほどわかる。


この身を粉にしてまで守りたいと、生かしたいと思う絶対的な存在。


それが自分たち兄弟にとっての閻魔大王様なのだから。


「おい、いつまでそうやってメソメソしてんの?あの方はこの程度で死ぬような人じゃない。お前もわかってるでしょ。閻魔様が万全になられたとき、この世界が未だ混乱に陥っていたらそれこそあの方にとっては一大事だ。わかったら、下向いてないで避難させた民たちと破壊された建物の復旧に向かうよ。」


「……わかってんだよ、んなこと。ただ、俺は「わかってる。」は?」


睡蓮は丁寧に戒の方へ向き直った。


「俺だって、同じだよ。俺がいながらって、思ってる。あの方の強さに甘えてた。悪鬼は最終的に俺たちがとどめを刺すことはできない。でも、今思えば助太刀したり、援護することはできたはずだ。それは俺たちの落ち度だよね。大丈夫、俺も同じ気持ちだから。だからこそ、次はない。もっと鍛錬して、あの方に全てを背負わせることは絶対にしない。」


自分のことで精一杯であった戒だが、見ると睡蓮も悔しそうに唇を噛み締めていた。


「……はは。そうだな、次はない。

絶対に遅れはとらねえ。悪い、周りが見えてなかった。ありがとな。助かった。」


「あぁ。一応お前の兄だからね。」


吹っ切れた、とでもいうように戒は大きく伸びをして喝入れのように自身の頬を叩いた。



「とりあえず、避難させた民たちの元へ行こう。結界を解いて、皆に悪鬼が消滅したことを知らせるんだ。」


「あぁ!そんでもって、この辺一体派手に暴れられたからなー。民たち

にも呼びかけて、復旧作業に取り掛かろうぜ。」


再び前を向いて歩き出した弟の背を、睡蓮は静かに追った。










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