八 紅の輝き

七七依ななえに勧められたドレスと閻魔えんまから与えられた靴を身に付けためいは大きな鏡の前に立っていた。


「わあ……!とっっっても、素敵ですわ冥様!やはり、この色になさって正解ですわね!今の姿で閻魔様のお隣に並ばれたら、それはそれはお似合いなおふたりですわ!」



七七依は目を輝かせてキャッキャと盛り上がっている。ドレスも靴もとても高価で素敵なものだ。まさか自分が似合っているなどと自分では思わないが、一国の姫のようにきらびやかな衣装に身を包まれ冥自身も幾分か気分が上がる。



「ありがとう七七依…。ドレスもとっても素敵だけど……」



今、自分が履いているパンプスに目をやる。



それこそ、この靴自体が宝石のようにキラキラと輝いている。ルビーのように紅く輝く美しい靴はより一層冥の気分をたかぶらせた。


「本当に綺麗な靴……。私が貰って良かったのかな。」


「まあ!何を仰っているのですか!?

冥様にとてもよくお似合いですわ!

それこそ、閻魔様が冥様のことを思い浮かべて選んだ品だと伺っております。大丈夫ですよ、とても綺麗です。自信をお持ちになってくださいまし。」


七七依の励ましにとても心が暖かくなるのを感じる。


この美しく豪華絢爛なドレスや装飾を目にしたとき、自分には着こなせないのではないか、と心配していたが、閻魔がくれたこの靴をみていると少しだが自信がついたような気がした。


その後、七七依はもう一度冥をドレッサーへと座らせると器用に髪を結い上げていく。手際よく綺麗に編み込まれたハーフアップには、金色に光る簪がさされ、髪は丁寧に巻かれていく。



「さあ、これで本当に完璧ですわ!」



七七依に手を引かれ、冥はまたもや大きな鏡の前に立つ。


烈火のごとく燃え盛る彼の、閻魔の瞳のようにくれないに統一された美しい装束を身にまとい、シンプルだけれど存在感のある簪が揺れ、自分のために用意された靴が紅く輝く。


「きれい……。」


小さく感嘆の声を漏らし、鏡越しに釘付けな冥に七七依はとても嬉しそうに笑った。



「ええ!すごくお綺麗ですよ、奥様!」



「うん、ありがとう…。……って、え!?い、今なんて!!」



どさくさに紛れてとんでもない呼び方をされた気がする。

冥が慌てて問い詰めると、七七依はいたずらっ子のように笑った。


「あら!!これは失礼いたしました…!あまりにも、閻魔大王様とお似合いな淑女がお見えでしたので、つい。」


ふふ、と笑う七七依。無意識に顔が赤くなるのを感じ、冥はぷいっ、と背を向ける。


わかりやすく照れた様子をみせた冥の反応を楽しんでいるのか、七七依はさらに追い打ちをかけた。



「ふふ、想像なさりました?」


「なっ!してない!してないから!!!」


「あら、残念…!

さて、そろそろご夕食のお時間ですわ!」


からかった冥のことなどさして気にする様子もなく、七七依はせっせと後片付けに取り掛かっている。


(ほんっとうに冥界の人たちって、私の話を聞かない…!!!)







「こんなに広いんじゃ、この閻宮の中ですら迷っちゃうかも……。」


七七依に連れられ、冥は今閻宮の長い長い廊下を歩いている。赤と金で統一されたこの宮殿。それらに漏れることなく、この廊下も豪華なカーテンに大きな窓。


どれもこれも新鮮なものばかりで、無意識にきょろきょろしてしまう。


「そうですわね……でもきっとすぐに慣れますわ!もしもこの宮殿内で迷ってしまわれたら、遠慮なく近くを通る者にお声かけくださいね。皆、冥様のことをとても歓迎しておりますから、快く道案内いたしますわ!」


七七依の明るく、優しい気遣いにとても嬉しくなった。他愛もないおしゃべりをしているうちに、夕食の会場に着いたのだろう。


美しいステンドグラスの一際目を引く大きな扉。

七七依が丁寧に両方の扉を開け放つ。


「美しいですよ、冥様。きっと閻魔様もイチコロですわ。ごゆっくりと、お食事をお楽しみください。」



室内はとても広く、先程の廊下よりも大きな窓ガラスからは冥界がこれでもかと言うほど一望できる。冥にあてがわれた部屋の窓から見える冥界も綺麗であったが、今はそろそろ帳が落ちるのか外には夕闇か広がっている。


まだ完全に落ちきっていない陽の光と、闇に備えて所々灯されている提灯の明かりのアンバランスさが幻想的だ。


部屋を見渡すと、大きな円形のテーブルと椅子に腰掛けた閻魔が待っていた。


「冥……!?」


立ち上がった閻魔は冥を見つけるやいなや目を見開いて固まってしまった。


(え!?なに……!!やっぱり、この服が駄目だったのかな…!?閻魔様ってば、動かないし!)


勢い良く立ち上がったまま固まってしまった閻魔が心配になり、すぐに駆け寄る。


「え、閻魔様……!?大丈夫ですか!?やっぱり、この服が、「っ、かわいい……。」……は?」


目の前まで駆け寄った冥の肩を勢い良くガシッと掴んできた彼はとてつもない顔をしていた。


元より白い陶器のような肌を赤く染め、悩ましげに眉を寄せている。

耐えるように色っぽく吐かれた息の暖かさをすぐ傍に感じ、ドキリとした。


「あ、あの……閻魔様、その、ち、近いです…!」


これ以上はこちらが倒れてしまいそうで、すぐにでも距離をとろうと閻魔の腕を掴む。常は穏やかで優しい閻魔だが、彼も男なのだ。強い力で掴まれた肩から冥の力では手が外れることはない。すると、今度は思い切り抱きしめられた。今まで手を引かれたときに感じた体温とは異なり、幾分か熱い閻魔の体温が直に伝わる。とくとく、と速い心音はどちらのものかすらわからなくなりそうだ。



「かわいい……。かわいい、冥……。私の装束と似通ったものを選んでくれたのだな。」


抱き締められ、顔が見えないこの状況からでもわかる嬉しそうな声色。「かわいい」と連発される言葉に、言い返す術もなくただただ顔が熱くなる。


「その靴も、とてもよく似合っている。私の見立て通りだ。御前は紅色が似合うのだな。」


閻魔から紡がれる多数の褒め言葉と未だ解かれることのない抱擁に、冥の脳はショート寸前だった。




「ゴホン。」


一つ、誰かの咳払いが聞こえたような気がする。

自分にしか聞こえなかったのだろうか。閻魔はさして気にする様子もなく、未だ「かわいい」「愛らしい」などと、ブツブツ呟いている。


「オッホン…!!!!閻魔様……!!!!」


突如、わざとらしいとも言える大きな咳払いと共に大声で閻魔を呼ぶ声で現実に引き戻される。さすがの閻魔も力強かった抱擁を解き、声の主を探した。


「おや?早かったな。もう戻ったのか、柘榴ざくろ。」


「柘榴」と、呼ばれた者の方へ目をやると冥は目を大きく見開いて驚いた。


そこには大きな不死鳥が佇んでいたのだ。上半身こそ、人の姿をしているが下半身は神話や歴史書でみるような不死鳥のそれだ。


赤く揺らめく炎のような翼は今も尚ゆっくりと羽ばたかせており、付け根にいくにつれて人間の腕になっている。


半分が人間で、半分が鳥の姿をしている。柔らかそうなミルクティー色の髪に、鋭い瞳。首の辺りには閻魔とは異なる何かしらの紋様が刻まれている。不死鳥の姿をした下半身は、両足に黄金の鎖が繋がれており、じゃらじゃらと音を立てていた。


「あんたが、そうやって好き勝手しないように早く切り上げてきたんスよ。」


心底怠そうに、その鋭い瞳を光らせて言う声はまだ幼さが残る青年だ。じゃらじゃらと鎖の音を立てて、こちらへ近付いてくるやいなや閻魔を前にすると、すとん、と腰を下ろした。大きさや形こそ全く違うが、その様はなんとも忠犬のようだ。


「はぁ、柘榴。まだ鳥の姿のままだ。そのままでは冥が驚いてしまうだろう?」


閻魔は腰を下ろした柘榴へ近寄ると、その頭上に拳を掲げた。その瞬間、首の辺りに持つ紋様が浮かび上がり、赤く光った。


あまりの眩しさに冥は咄嗟に目を瞑る。




「さあ、これで良いな。」


閻魔の声と共に固く瞑っていた目を開けると、そこには先程の姿とは異なり、漆黒の燕尾服を纏った青年が立っている。


どこかまだ幼さの残る青年は鋭くも大きな瞳で冥を見つめていた。


「あんたが冥サンか。」


「柘榴、冥のことを知っていたのか?」


「ここ来る前に庭でかいと会った…デス。」


柘榴という青年は見るからに不慣れな敬語を使い、閻魔の問いに答える。


「はは、そうか。お前たちは相変わらず仲がいいのだな。」


閻魔は柘榴の頭を撫でた。


「ちょっ、何するんだよ!俺は子供じゃねえ!」


「私からしてみればお前など、まだほんの赤子に過ぎないぞ。不死鳥よ。」


一連のやり取りを見ているに閻魔は少なからず柘榴、と呼ばれる不死鳥であり人間である青年のことを可愛がっているようだ。冥界を統べる者として、戎や睡蓮すいれんなどに厳格に接していた時とは幾分か違うように思える。


「冥、驚かせてすまないな。

紹介しよう、柘榴だ。私の秘書のような、用心棒のようなものをしてもらっている。訳あって不死鳥に姿を変えることができる。見てのとおり、普段は人間だ。まだまだ赤子のようなものだがな。」


閻魔の発言に柘榴はまたもや気に食わない、という顔を向ける。


「えっと、 柘榴…くん。天野冥です、よろしくね。」


「あんたまで俺をガキ扱いすんのかよ。俺は子供じゃねぇ。それと柘榴でいい。」


ふん、と反抗的な態度をとっている柘榴であったがすっと、手が差し出される。慌てて手を取り、握手をした。


(案外、根は良い子なのかも…。それに、きっと私と同い歳くらいだよね?)


ツンとした雰囲気に少々心配ではあったが、杞憂だったようだ。




「さて、冥。腹が空いているだろう?夕食にしよう。」


そう言って閻魔は中央にある大きな円形のテーブルに向かう。すると、何やらバタバタと廊下を駆ける音が聞こえてきた。


3人で顔を見合わせると、勢い良く扉が開く。


大きな音を立てて開かれた扉の向こうには、息を切らした睡蓮がいた。



「どうした、睡蓮。」


「はぁ、はぁ、はぁ。閻魔様…!悪鬼が出ました……!!!!」











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