七 冥界にて
『ここが
何か不備があれば、遠慮なく言ってくれ。
それと、今後私たちのように男ばかりでは御前にも負担がかかるだろう。こちらで待っていてくれ、今御前の世話係を連れてこよう。』
そういって
(さすが閻魔様の宮殿…。これじゃ、眠るにも目ちかちかしてしまいそう…。)
絨毯も同様の色合いに、明らかに高そうな質感である。
窓辺にも腰をかけられるような淵があり、他にも化粧台やクローゼットなど、どれも煌びやかなものばかりだ。
「本当に綺麗な街…。地獄とは思えない。」
空は常に茜色に染まり、暗闇のように夜は帳が落ちるそう。この地獄の街に住む人々は以前は現世に生きていた者たちやそうでない物もおり、様々な経緯を経て生活をしているという。
独り言を呟くと同時に、扉からはコンコン、と二つノック音が響く。
閻魔が戻ってきたのだろうか。
「はーい!」
冥は足早に向かい、すぐに扉を開けた。
「どうだ?部屋はお気に召しただろうか?」
「はい!どれも高価そうな装飾や家具ばかりで、なんだか落ち着かないですけど、とても素敵なお部屋をありがとうございます。」
ぺこりと小さく頭を下げ、冥がお礼を言うと閻魔はさぞ嬉しそうに目を細めた。
そして、閻魔は少しばかり横へずれるとそこには一人の女性が立っている。柔らかそうな茶髪を程よく巻き、流した前髪を金色のピンで止めている。
「紹介しよう、
この
今日より御前の身の回りの世話を担当してもらう。私に言いにくいこともあるだろう。何か困ったことがあれば、七七依に相談するといい。もちろん、私を頼ってくれるのならば、それは私が喜ばしいが。」
七七依は閻魔に促され、冥の目の前に立つと長いスカートを両手で摘み、一つ綺麗なお辞儀をした。
「お初にお目にかかります、冥様。
女中の七七依と申します。本日から誠心誠意、冥様の身の回りのお世話をさせて頂きたく思います。よろしくお願いいたしますわ。」
(綺麗な人……)
蜂蜜色の瞳が今にも零れてしまいそうに、やさしくふんわりと笑う七七依に、同性の冥ですら頬を染めてしまう。
「あ、はい!七七依さん…よろしくお願いします…!」
「あら、わたくしのことは七七依、とお呼びください。これからわたくしの主になられるのにさん付けは不要ですよ。」
勢いよく頭を下げる冥をみて七七依は「ふふ。」と笑った。
そんな二人の様子に、安心したように頷いた閻魔は、冥に向き直る。
「それでは私は少し、公務があるのでここらで一度失礼するとしよう。
七七依、後のことは頼む。冥、また夕食の際にな。何か困ったことや欲しいものがあれば、何でも言いなさい。」
美しい髪を翻し、こちらへ向けて小さく手を振る閻魔を見送る。
「冥様、長旅ゆえさぞお疲れかと思いますわ。まだご夕食まで時間もありますし、湯を準備いたしますので、一息つかれてはいかがでしょう?それに今召されているお洋服、裾が少し汚れてしまっていますわ。是非とも、冥様にお似合いの新しいものを用意させて頂きたく思います。」
たしかに七七依の指摘通り、現世にいた時から着ているスカートの裾は閻魔が迎えに来た際に驚いて尻もちをついたせいで、少々汚れてしまっていた。
「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね。」
「はい。ソファにお座りになっていてくださいまし。お腹も空かれているでしょうから、今何か甘味をお持ちいたしますわ。」
そう言って七七依が持ってきてくれたものはどれも美しく光り輝くような和菓子と琥珀糖であった。上品な彫り物が施されている湯呑みは高級感があり、中には芳しい匂いが広がるほうじ茶が注がれている。
「どれも、この閻宮の一流職人が作った品々ですわ。見た目も美しく、とても美味しいものばかりなので是非ご堪能ください。冥様が召し上がられている間に、わたくしは湯と着替えの準備をさせていただきますわ。」
キラキラと宝石のように輝くそれらは見た目だけでも心躍るものであった。
「うわあ……!素敵……ありがとう、七七依。大切に頂くね。」
喜ぶ冥の姿に七七依は顔を
部屋に付属されている浴室だというのに、とても広いもので湯は乳白色でほのかに甘い匂いがする。バスタブは高級感のある金色をしており、床のタイルには薄く彼岸花の模様が施されている。
湯に浸かると、今までのこの短時間の間に起こったことが思い出される。今でも夢なのではないか、と疑うことばかりだ。
冥は湯に口元を沈めて目を瞑るが、目を開けたとて景色は何も変わっておらずただの美しい浴室のままだ。やはり、ここへ来てしまったこと。これは夢などではないのだ。
(今頃現世は朝なのかな…。)
自分が急に姿を消して、
(閻魔様はあまり進んで現世や人間に関わっているわけではなさそうだし…)
閻魔大王という立場上、現世と強く結びついているようにはみえない。閻魔が一人、あの井戸を通じて現世へ現れたことにそれを追いかけてきた
様々な心配事があげられるが、それらを考えていると突如意識が朦朧とする。
このままではのぼせてしまう。
冥は早急に浴室を後にした。
事前に七七依から渡されていた下着とショートパンツのようなものだけに着替え、冥は恐る恐る部屋への扉を開けると、七七依が待っていた。
「お湯加減はいかがでしたか?今、髪を乾かしましょうね。」
七七依はこれまた美しい装飾で彩られたドレッサーに冥を座らせると、ドライヤーと櫛で丁寧に冥の髪を乾かしてゆく。
「それにしても、冥様はとてもスタイルが良いのですね…!髪もサラサラとしていて丁寧に手入れされているのがわかります。冥様のように美しい方のお世話ができるだなんて、わたくしもとても嬉しく思いますわ。」
「へ!?あ、ありがとう…!?でも、私からしたら七七依の方がとても綺麗だと思うの…。さっき、初めて七七依のことを見たときは女の私ですら少しドキッとしてしまったし。」
突如直球に褒められ、恥ずかしくなってしまうのを堪えるように俯きながら先程のことを思い出す。そんな、冥を見て七七依も笑った。
「まあまあ、とても嬉しいお言葉をありがとうございます。冥様はとても、可愛らしいお方ですわね。閻魔様が心待ちにされるのもわかります。」
「そ、そんな…。可愛くなんてないよ…。ところで、心待ちって…?」
冥としては認めていないが、閻魔は先程自分のことを好いているのは一目惚れだと言っていたし、冥がこの冥界へやってくるのを心待ちにしている様子はなかった。
気になったことを聞いてみたが、七七依ははっとしたように言い換えた。
「……あら、言い方が少々おかしかったですね。閻魔様が冥様のことを気になさるのも分かりますわ。さて、髪も乾きましたしお着替えをいたしましょう…!」
誤魔化すように言い換えた七七依を、少々不審に思ったがとくに気にすることもなく、クローゼットへ向かう七七依を追いかけた。
「うわぁ……!すごい……!!」
白と金で彩られたクローゼットを開けると、広々とした空間が広がっており、きらびやかなドレスや着物、見たことがない装束、様々なデザインの靴やアクセサリーが飾られている。
「うふふ。どれも閻魔様御用達の呉服屋の者たちが手ずからお作りになっていますから、生地も装飾も一流ですわ。間違いなく、冥様にお似合いになると思います。」
七七依は驚く冥をみて、とても楽しそうに話し始める。
「そうですわね、どれもとても素敵な品々ですけれどこれなんていかがでしょう?本日、閻魔様がお召になられている装束と色合いや装飾も似ていますし、きっとこれを冥様がお召になられてご夕食に行かれれば、閻魔様もお喜びになること間違いなしですわ…!」
七七依が手に取って見せたのは紅色のミニドレスであった。どこか中華風な形で高級感があり、多彩なレースと金色に輝く装飾が美しい。
「素敵……。」
思わず感嘆の声を漏らすと、それを聞いて気を良くした七七依は靴下やアクセサリーも揃えていく。
「こちらの蝶が描かれた靴下とこの牡丹の髪飾りなんかも冥様の髪に映えると思いますわ。あとは……」
七七依はクローゼットの一番奥へ向かう。そこには一際高級感のあるショーケースがあり、中では一足のパンプスがキラキラと輝いている。
深い紅色で光沢のある靴はどこか燃えるような閻魔の髪色を思い出させる。ストラップは金色で縁取られていて、誰がみても高価なものだもわかる美しい一足だ。
「こちらは閻魔様が是非とも冥様に、とご用意されたものですわ。先程のドレスにとてもお似合いになると思います。」
「閻魔様が、私に?」
「ええ。」
引き寄せられるように紅い靴を手に取る。シンプルだが、確かに存在感のあるデザインのそれはなぜだか冥はとても気に入った。
「すごく、綺麗な靴…。閻魔様が私のために…嬉しい。」
冥がこの冥界に来てからそう時間は経っていない。恐らく、限られた時間でこのように色々と手配をし、用意をしてくれたのだろう。
そんな閻魔の心遣いがとても嬉しい。
冥のつぶやきを聞いた七七依は優しく顔をほころばせる。
「さて、そうと決まれば冥様もその格好のままでは風邪を引いてしまいますわね!お手伝いいたしますわ。お着替えをしましょう……!」
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