二 六道の辻

五十鈴いすずが訪ねてきてから数日後、めいは満を持して父である篁世たかせの遺言状や遺物を求め京都の東山にある寺へ足を運んだ。



この地は昔葬送の地であった、と五十鈴は言っていた。元来京都では、人が亡くなると遺体を野ざらしにしてあの世へ見送っていたらしい。その中でも「西の化野あだしの」、「北の蓮台野れんだいの」そして此処、「東の鳥辺野とりべの」が京の三大葬地と呼ばれていたそうだ。


父の遺品について気になりはするが、あまり良い話を聞く土地ではないし、父の死が原因不明だということもあり、冥は無意識にため息をついた。



「ここかな…?って、誰もいない。」


五十鈴に貰った住所を頼りに、聞かされていたであろう寺に着いた。入口の大門には大きな石碑があり、大きく"六道の辻"と書かれている。


(なんだか独特な雰囲気。)


人が一人もいないということもあるが、元々話を聞かされていたこともあり、あまり良い雰囲気を感じない。冥自身、霊感など特別なものがあるわけではないのだけど。


(とりあえず、住職さんを探さないと。)



寺務所ではないかと思われる建物へ歩いている途中、ふと目線を右側へやると賽銭箱や社の奥から何かが覗いている。冥は好奇心にかられ、足をそちらへ向けた。


閻魔大王だ。


木造の格子の中からこちらを覗いている。

" 六道の辻 "と書かれた石碑といい、社の中から覗く閻魔大王の石像であったりと、やはり鳥辺野に位置するだけはあってそういったことにゆかりのある寺なのだろうか。


厳しい顔つきをした閻魔大王の石像に、冥はなんだか怖くなり足早に寺務所の方へ向かった。




「あの、すみません!どなたかいらっしゃいませんか!!」


数秒待ったが、返事がない。留守にしているのだろうか。ふと、辺りを見回すとインターホンが目に入る。

もしかすると、冥の声が届いていないのかもしれない。インターホンならばと思い、冥は一度それを押した。



再度、数秒待ったが人が出てくる気配はない。困ったものだ、と冥が肩を落としたときバタバタとこちらに向かってくる足音がした。


ガララと勢いよく扉が開いた。


「これはこれは、遅くなってしまって申し訳ありません。奥で部屋の整理をしていたもので、気づくのが遅れてしまいました。」


住職は深く頭を下げ、焦ったように言った。寺の住職は剃髪ばかりだと思っていたが、この住職は違う。男性にしては長めの黒髪に、触角は左右で長さが違う。お世辞にも住所とは言い難い見た目をしていた。


「いいえ、大丈夫です。あの私、天野冥といいます…!天野篁世の娘で、」


「天野…?あぁ、篁世さんの御息女でしたか。近々いらしてくれるだろう、と思っていましたよ。わざわざ御足労頂き、ありがとうございます。さあ、中へどうぞ。」


住職はにこりと人好きのする笑みを浮かべると、中へと促した。


(なんだろうこの感じ。良い人そうなはずなのに、なんだか引っかかる。胡散臭い…。)


人好きのする笑みを作ってはいるが、その実目の奥は笑っていないようにみえる。それに、冥がここへ絶対に来ると予想していたような口ぶりも気になった。冥自身、初対面にも関わらず違和感を覚えたがここまで来たのだ。父のことを何も知らないまま帰ることはできない。




寺務所の中へ入ると、お寺特有の線香や畳の匂いがする中、通された部屋は案外質素なもので、冥は辺りを見回しながら座った。住職は冥を部屋へ通すなり何やら渡すものがある、とそれを取りに行ってしまった。 父の遺品だろうか。冥はふぅ、と息をつき考える。

父が贔屓にしていた寺だと聞いていたが、この寺を見る限り父が贔屓にするのもわかる。死後の世界にゆかりのありそうな寺など、あの奇想天外な父が好みそうなものだ。



しばらくして部屋の扉が開き、いくつかの箱を抱えた住職が戻ってきた。見るからに年季の入った独特な柄の箱から、シンプルで最近のものなのだろうとみてとれるもの。住職はそれらを全て畳の上へ下ろすと、姿勢を正して冥の方へ向き直る。


「改めまして、御足労頂きありがとうございます。私はこの寺の住職をしております、躑躅つつじと申します。この寺はまあ色々と歴史がございましてね、死後の世界いわゆる冥界なんかとは深い縁のある寺なのですよ。そのようなこともあり、篁世さんにはご贔屓にして頂いておりました。篁世さんはよく、足を運んでくださっては死後研究家としてこちらで様々な研究をされていましたよ。」


相変わらずの貼り付けたような笑みを絶やすことなく、躑躅さんはこの寺や父についての説明をする。


「私個人としましても、篁世さんとは様々なお話をさせて頂きました。ですから本当に、此度の訃報に関しましては残念な思いです。ご冥福をお祈りいたします。」


父とは本当に様々な話をした仲だったのだろう。一瞬だが、先程までの作ったような笑みが崩れ瞳が揺れたのを、冥は見逃さなかった。



「ありがとうございます。五十鈴さんを通して、父の遺言書や遺品について、私に声をかけていただけたこと本当にありがたかったです。恥ずかしながら父の仕事について、何も知らないのを今になって後悔していたんです…。だから、躑躅さんや五十鈴さんからこうして父の話を聞けて、本当に嬉しいです。」


「そうでしたか。篁世さんは、貴女のこともよく自慢気にお話になられていましたよ。かわいくて賢い娘がいるんだ、とね。あまり現実味のないお仕事をされていたかとお思いでしょうが、篁世さんはこちらの界隈ではなんとも優秀な方でした。他の研究家の中にも、篁世さんに憧れているという方々を耳にしたことがあります。とても活発に活動されていた方でしたからね。それに、そんな篁世さんの遺品となると、何か有力なものなのではないかと他の死後研究家の方々の中でも欲しがる方はいらっしゃいます。それでしたらまずは御息女にと思い、五十鈴さんを通してご連絡させていただきました所存です。」


「父が、私のことを…。そうなのですね。では、そちらの箱が…」


冥は先程、躑躅が持ってきた様々な色合いの箱を指した。


「ええ。こちらにあるのが全て、篁世さんがこの寺に預けられていた品々になります。それと、遺言書なのですが単体ではこちらで探しても見つからなかったゆえ、恐らくそちらの中の箱のどれかにしまわれているのだと思います。」


ずっと疑問に思っていたことがある。遺言書があるということは、父は自分が死ぬことを予期していたのだろうか。いかんせん今回の父の死について、冥自身も引っかかることが多すぎる。


(躑躅さんなら、何か知っているかも。遺言書の話を持ち出したのも元は躑躅さんみたいだし。)


「遺言書がある、ということは父は自分が近々亡くなることをわかっていた、ということなのでしょうか。その点について、躑躅さんは何か父から伺っていませんか?それと、遺言書は単体で見つかっていないのにどうして躑躅さんは遺言書があると思ったのでしょうか?」


全て気になっていた疑問であった。冥が問うと、躑躅は予想していたかのように、うんうんと頷いてみせた。


「そのことについてもお話しようと思っていました。篁世さんは死後研究家として活動されていく中で、様々な人から話を聞き、たくさんの記事や資料を読み、この寺のようにそれらと縁のある場所にも足を運んでおりました。例えば一つ挙げるなら所謂心霊スポットと呼ばれるような場所にも足を運んでいたことがあります。」


「心霊スポット、ですか?」


「ええ。でもいらっしゃいますよ。他にも心霊スポットを訪れる死後研究家の方々は。珍しいことではありません。それに加えて、私も詳しくは存じ上げないのですが、篁世さんは霊感があったのではないかと私は思っているのです。その辺り、娘である冥さんは何か知りませんか?」


躑躅は先程までの笑みを絶やし、何かを探るように目を細めた。


ごくり、と冥は無意識に息を飲んだが実際父に霊感があったなどと言う話は父からも聞いたことがない。そもそも父は自分のことや職業について、冥に話すような人ではなかったのだから。


「父に霊感があるという話は父からも聞いたことがありません。そもそも父は自分のことや研究家としての活動のことを私に話してくれたことはほとんどなかったので…。あの、どうしてそんな話を?」


「そうですか。やはり、貴女を巻き込みたくはなかったのでしょうね。篁世さんは優しい御方です。」


躑躅は諦めたように息をつき、思い出すように遠くを見つめ話を続けた。


「そのような場所や事柄を調べていると、妖の類や祟りなんかもよく話題に上がるのですよ。それゆえか篁世さんはよく仰っていました。安全な仕事ではないゆえ、いつ自分が何かに巻き込まれても大丈夫なように貴女へ宛てた遺言書でも書いておこうかと、ね。」


驚いた。確かに縁起のいい職業ではないが、父はそこまで見越して、極端に言ってしまえば命を懸けて活動していたということだろうか。その事実が、冥には理解できなかった。父はそこまでして、この仕事をしていたかったのだろうか。確かに好奇心旺盛で、いい歳の大人だが子供さながら、という面はあったものの、冥には理解しがたいことだ。


「私も初めは冗談だと思いました。けれど、実際今篁世さんは原因不明で亡くなられている。ならば遺言書はあるのではないか、と推測したわけです。それに、一つ気になることもありましてね。」


「気になること?」


「ええ。気になることというか、これが本当であったならば今回の篁世さんの原因不明の死も少なからず辻褄が合う、というか多少は納得に値するのではないかと思うのです。

篁世さんは時たまこの寺に寝泊まりすることがありましてね、それもこの寺の庭が一望できる縁側に面した部屋に。庭にはひとつの井戸がありましてね、この寺では冥土通いの井戸、と呼ばれているのです。」


躑躅は手を顎にあて、目を細める。明るい話ではないだけに、冥は多少なりとも恐怖を感じ、またもや息を飲んだ。


「冥土通いの井戸…」


「ええ。この寺に祀られている平安時代の役人が、冥界へ通う際に使ったとされている井戸です。」


「それと、父に何の関係があるのですか…?」


「夜な夜な聞こえたのですよ。篁世さんが井戸の方へ向かってナニカと話している声が。」


冷たい汗が、こめかみを伝う。幼い頃からそういった類の話は得意ではない。父もそれを知っていたからこそ、自分がしている活動の話は冥にはしてこなかったのかもしれない。そんな冥の様子など気にもとめず、躑躅は話を続けた。


「その井戸の見える部屋はね、私が寝起きしている場所や他の者が普段使う部屋からは距離がありまして、加えて皆その部屋は使いたがらないのですよ。時たま聞こえるみたいですね、この世のものではないモノの声が。」



ひゅっと喉がなった。

刹那。


ゴロゴロゴロゴロ ドンッ



「きゃっ!?!?」


雷鳴が響き渡り、驚いて目を瞑り耳を塞いだ。



「おや?これまた凄い豪雨ですね。そういえば、今日は夕方から明日にかけて記録的な豪雨だなんて言われていましたね。」


躑躅は先程の話などさして気にした様子もなく、ザーザーと降りしきる雨の音に耳を傾け、呟いた。


「あ、あの…躑躅さん、先程の話、」


「あぁ、ふふ。そんなに怯えないでください。作り話ですよ。」


躑躅は人差し指を、唇に当てまたもや作り笑顔を浮かべた。


「な!作り話って、騙したんですか?!」


「貴女があまりにも良い反応をされるから、少々からかいたくなってしまいましてね。お許しください。

さて、お話はこの辺にして、外は豪雨がすごいですし、今日は泊まって行かれてはどうですか?まだそちらの遺品の整理も済んでおりませんし、一晩この部屋で過ごされて構いませんから。」


さらに文句をつけようとしたが、確かに外の豪雨は酷いものらしく、この部屋まで雨が打ちつける音が響いている。天気予報を見ずに、出てきたことを後悔した。


「まったく。先程のご冗談、まだ許していませんからね!とは言ってもこの豪雨ですし、お言葉に甘えさせていただきます!」


勢いよく言い放つと、躑躅はきょとんとした。けれどそれも束の間、「ふふ。」とまたもや乾いた笑みを張りつけた後「夕飯のご準備をいたします。」と、部屋を後にした。







部屋の戸を閉め、勝手場への道すがら躑躅は今にも笑い出してしまいそうな口元を隠した。


「どこからどこまでが、"作り話"なのでしょうね。」

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