地獄婚!
あまいしゃるろって
一 父、死因不明
嗅ぎ慣れた匂いがする。
決して良いものでは無い。纏わりつくような、それでいて懐かしい線香の香り。
線香の匂いが嗅ぎ慣れているだなんて、香が趣味かあるいは周りの人間が次々と亡くなるとか。
大学の教授だとか、専門家のように稀に地上波の番組に呼ばれるようなものなら良かったのだがいかんせん今日、四十九日を迎える冥の父親は自称 死後研究家なのだ。
加えて幽霊だのあやかしだの都市伝説だの、オカルト話にも首を突っ込んでいた父の死因は不明。
父の仕事柄や行っていたことなど、事柄が事柄なので原因不明の死だろうが周りや警察も突き詰める者はいなかった。
冥もその一人かもしれない。
一般的にみれば変わっている人であったがそれこそ、父はやさしい人であったし訳の分からない職業に就いていながらも家が金に困ったことは冥が生まれてこのかた一度もなかったように思う。
どのように生計を立てていたのかは知らないが、物心ついた時にはいない母の存在を感じさせぬほど男手一つで冥をよく育ててくれたものだ。
けれども、父が職業柄首を突っ込んでいた事柄のせいもあり、冥自身も何かの恨みをこの世のものではない何かからでも買ってしまい、父は亡くなっていったのではないかなどと考えている。冥自身霊力があるだとか、そちらの世界に特別詳しい訳ではない。
父が霊力の持ち主だという話も聞いたことは無い。
ただまあ、そういう人だったのだ。彼は。
本当にそちらの世界やあやかしの類の話が、純粋に好きで死後研究家なるものをやっていたのだと冥が一番よくわかっている。
ある意味殉職、という形なのであれば父自身も本望だろう、と冥は思う。
法要も終わり、それらの後片付けに取り掛かっているとバタバタと慌ててこちらへ向かってくる足音が聞こえる。
「冥ちゃん…!」
「どうしたんですか?!五十鈴さん」
息を切らして来たのは橙色の羽織と綺麗に着こなされた同色の着物がトレードマークの
なんでも父と同じように死後の世界やあやかしなどオカルト話が好きで仕事仲間だと、父の生前何度か顔を合わせたことがある。
冥の家は京都の東山に位置し、築年数こそそれなりだが昔の家の趣が残っており、何より広いということもあり、会合だなんだと父の仕事仲間がそれはそれは多く出入りしていたものだ。
「ところで、そんなに慌ててどうかしたんですか?」
「落ち着いて聞きなさい、お父様の遺言書が見つかったよ!!!」
ひゅっと喉が鳴った。
死因も不明であれば遺言書のような本人の意思表示もないと思っていた。元々この家にある父のものは少なかったが、まさか遺言書が見つかったとは!
「あの、それは本当ですか!?
この家にある父の遺品はほとんどあってないようなものです…。本来ならば仕事道具やその際の書類など、あるはずだと思うのですが、この家の父の書斎にはそのようなものもほとんど遺っておりません。
私自身、恥ずかしながら父の職業について詳しく聞かせておらず、知ろうともしませんでした。」
父が亡くなってから今日この日まで、少しづつ積もりに積もった後悔が滲み出るように捲し立てた。
世間一般的にみたのなら、滑稽な職を名乗っていた父のことを自分はほとんど知ることはなかったし、知ろうともしなかったのだ。
死後研究家というものについてもだ。
実際、どのような戦果を挙げていたのか、や父はどんな活動をしていたのかなど、自分は自分の父親について知ることを怠っていた。当たり前の存在に甘えていた。
当たり前など、それこそ死後の世界や幽霊なんかよりもっともっと存在しないものでありながら。
「……それなのに、いざ父が亡くなったらこの家には何も遺されていないことを知って、それで、もっとお父さんのこと、知っておけば良かったって。」
「冥ちゃん…。君のことはなんていうか、そうさなあ、良く言えば切り替えが早く、割り切ることができる子。
悪くいうなら、ちょっとばかし非情な子だと思っていたんだ。ははは、怒らないでくれよ?
誰しも人が亡くなって、後悔しない者はいないよ。もっと話をすればよかった、もっと会っておけばよかったと、厳しいことを言うようだけど死とはそういうものだよ。
ほら、遺言書について説明しよう。生憎と手短に終わる話ではないのでね。済まないが、場所を変えようか。なに、大丈夫さ。この家にはなくとも、きっと冥ちゃんにとって吉報のはずだ。ね?」
五十鈴は俯く冥の肩をやさしくぽんっ、と叩いた。
*
「どうぞ。」
「あぁ、わざわざ申し訳ない。ありがとう。」
ことん、と前に置かれた茶を一口飲んだ五十鈴は口を開いた。
「それでははじめようか。
まず、その遺言書のことなのだがね、東山にある君のお父さん、もとい
「東山…ですか。父はそちらのお寺を拠点として活動していた、ということですか?」
疑問に思ったことを口に出すと、五十鈴はうぅ〜んと唸るような声をあげた。
「難しいのだけど、拠点というわけではないかな。
私たちは寺や神社を拠点にして活動する訳では無いからね。それだと、その寺社を利用する人や管理されている方々にも迷惑をかけてしまうし。
その寺のとある場所が、死後の世界と繋がっている、なんていう逸話があるんだ。いや、正確には残っている、かな。もう本当に昔の話だからね。確か、飛鳥だとか、その辺りの時代の話なんだ。やはり逸話と言うやつだ。
でもそうさなあ、いかんせん篁世さんは私からみても謎の多い御仁だったからね。 暇さえあればそちらの寺に出入りしていたそうだよ。
これは死後研究家界隈の中でも有名な話しさ。その寺自体、私たちの世界でも有名な寺なんだ。冥界への入口、なんて呼ばれているしその類の話は死後研究家ならば食いつくものだからね。」
「そうなのですね。あの、そちらのお寺の住職さんが私に?」
「あぁ、君は先程父である篁世さんの活動や彼自身について何も知らないし、知ることをしなかったと言っていたが、篁世さんからしてみればそれはとても願ったり叶ったりなことだったのではないかな。
死後研究家という仕事は、楽しいものではないから。
自分の娘には興味を持って欲しくない、活動していく中での少なからず巻き込まれるであろう祟りやあやかしの類から君を守りたいと思っていたのならこの家に遺品は少なく、贔屓にしていた寺に遺言書やそれらの品が預けられていても何らおかしいことはない。」
確かに、父はそれこそ口が達者な人で明るく、破天荒な人であったが冥のことはいつだって一番に考えて行動してくれていたように思う。
物心ついた時から、母親のいない冥であったがそれで不満を持ったことはないし、寂しい思いをしたことはなかった。
「私はいつだって父に守られていたんですね。
五十鈴さん、ありがとうございます。
せっかく父について教えていただいたことですし、私そのお寺に行ってみようと思います!」
「あぁ、それがいいね。
君も何も知らない今のままでは思うところがあるだろうしね。ただ、1つ気をつけて欲しいことがあるんだ。」
五十鈴は残った茶を飲み干し、真剣な顔で冥の顔をじっとみた。
「なんでしょう?気をつけることって。」
「先程言った、東山にあるそのお寺なのだがね。
その辺り一帯は昔、葬送の地であってね。
今でもその周辺は六道の辻と言われているんだ。」
「六道…?」
「六道というのは地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上この六つを指してね、この地こそ冥界への入口だと言い伝えられているんだ。
死後研究家の中でも、この地を研究する者も多くてね。
それはそうと、篁世さんの死についてもまだ原因がわかっていないからね。そういう類に巻き込まれないとも限らないから、気をつけるんだよ。」
真剣な眼差しでこちらを射抜く五十鈴の瞳に、冥は自然と背筋を伸ばし息を飲んだ。
「それでは、私はそろそろお暇させてもらおうかな。
私自身、篁世さんには良くしていただいたけれどもなんせあの人は謎の多い人だったからね。私も彼について知っていることは少ないんだ。
ただ、とても明るい人で知り合いは多いようだったから詳しいことは寺の住職さんに聞いたら良いかもしれないな。懇意にしていたという話だよ。」
立ち上がり、着物を直しつつ五十鈴は言った。
「大丈夫。
きっと、なにかわかることがあるはずだよ。私も篁世さんについては調べてみるから、あまり気を落とさずにね。」
「はい。ありがとうございました。とても助かりました。」
五十鈴はにこりと笑って、居間から出ていった。
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