第2話 無表情幼なじみ

 不本意ながら、世界をカスみたいな催淫魔法から救うために、魔法少女になってしまった僕。けれど、その前途は全くもって明るくなかった。なにせ、TS変身したまま戻らなくなってしまったのだから。


 このままだと、家なき子となった上に、競泳水着じみたハイレグで町中を闊歩する痴女として警察のお世話になるしかなくなる。どう考えても悪いのは、お供にしたくないマスコットNo.1のエロ犬の筈なのに。


すず、助けて。緊急事態なんだ』


『こころ、どうかした?』


 このまま座して補導されるよりはと思い、最近疎遠気味になっていた女子の幼馴染、音坂おとさかすずへとSNSで連絡をした。男友達に連絡するのは、そこのエロ犬の事例からして怖すぎるから。幸いにも、鈴は手が空いていたみたいで直ぐに返事をくれた。


『このままだと僕、痴女として逮捕されそうなんだけど』


『こころは男子』


『そうなんだけど、おかしなことに女子になってしまったんだ』


『あたま大丈夫?』


 あんまりにもあんまりな言い様だけど、字面を追うと否定できない。僕は狂って無くて、おかしいのは世界のはずなのに。人生って理不尽の連続すぎる。


『僕も不安に思っているところ』


『心配になってきた、迎えに行く』


 長年の付き合いで知ってたけど、何だかんだで鈴は面倒見が良い。本当に優しい、その優しさついでにお願い事を追記する。流石の鈴でも、この格好で隣は歩いてくれなさそうだったから。


『ありがとうございます鈴様!

 ついでにジャージを持ってきてくれると嬉しいです!』


『どうするの?』


『着ます』


『へんたい』


『はい』


『どこ?』


『公園』


『待ってて』


『待ってる』


 連絡終了、ホッとしてその場にへたり込んだ。後は、到着した鈴に僕が夏空こころ本人だと認めさせるだけ。……何気に、それが一番難しそうな事かもしれなかった。


「ところで君、自己紹介をまだしてもらってないパコが」


「エロ犬みたいな変態に名乗る名前なんてないよ」


「そうパコか、だったらマ◯子と呼ぶパコ」


「死ね!」


「嫌だったら名乗るが良いパコ」


 史上最低の脅迫、このカスは人間の尊厳を破壊するために生まれてきた生き物かもしれない。生まれ変わったら、きっと虫になるタイプの畜生だった。


「……こころ」


「いい名前パコね、どこ住みパコ? SNSとかやってるパコか?」


「本当に死んで」


「辞世の句は”い、逝くっ”にする予定パコ」


「早く死んで」


「そんなに絶頂をせがまれると、本気で照れちゃうパコね」


 どうしてだか、エロ犬は中々死ぬ気配が無かった。前世では、インパール作戦の指揮を取っていたのだろうか? 少なくとも、自害しなさそうなタイプの変態だ。


 憎まれっ子世に憚る、そう言いたいけど異世界側だとこれが良心サイドなのが遣る瀬無い。永遠にゾーニングされてれば良かったのに。



 そうして、エロ犬と僕は端っこの茂みに隠れながら、公園の入口をジッと見つめて。一人の女の子の姿が見えた時、ドキドキしながら彼女に呼び掛けた。信じてくれるかなって、不安を纏いながら。


「おーいっ、鈴、ここだよ!」


「……誰?」


「僕だよ!」


「……ボクボク詐欺?」


 鈴の姿が公園の入り口に見えて手を振る。駆け寄ってきた鈴は、僕を見るなり知らないやつに話しかけられた、みたいな顔をしていた。幼馴染の絆があっても、姿が変わるとやっぱり一目では分からなくなるみたいだ。


「君みたいな青髪ショートヘアの女の子なんて知らない。綾波のクローンなの?」


「私が死んでも代わりはいるもの」


「そのボケ方……本当に綾波?」


「こころだよ!」


「そのツッコミ方は、間違いなくこころ」


 僕の目の前にいる鈴は、相変わらずで安心した。


 黒色のショートボブに、僕と同じくらいの背。落ち着いた緑の瞳が印象的で、ジッと見つめられると嘘がつけなくなる。


 無表情で淡々と喋るけど、結構多弁。昔からそうだったのではなくて、エヴァにハマった時に綾波系女子になるという決意のもと訓練した結果のもの。


 シン・エヴァンゲリオンを見に行って、綾波を卒業することにしたらしいけど、まだまだ無表情のまま。相変わらず、微妙におかしくて安心する。鈴が鈴だから、ワンチャン信じて貰えそうと思えた。それくらい、鈴は独特な女の子だった。


「……でも、本当にこころ?」


 そんな鈴だが、マジマジとこちらを見つめて首を傾げた。


 そう、今の僕はTSした上に、角度が怪しいハイレグを着ている。一目で、お前は夏空こころだと断定されれば、それこそ普段の僕が変態みたいですごく嫌だ。


 だから、疑われるのは大丈夫。幸いにも、半分くらいは信じてくれてるみたいだし。


「証明するにはどうすれば良いかな?」


「じゃあ問題、私と疎遠になった理由は?」


「一時期、笑えば良いと思うよをひたすら言い続けさせられて、渾名がシンジくんになったから」


「私は綾波だったし、お似合いだったね」


「僕は恥ずかしくて仕方なかったよ」


「今の格好の方が、よっぽど恥ずかしい」


 まさに正論で、言葉も出ない。やっばり、この格好からしておかしかった。魔法少女を名乗るには、そもそも際ど過ぎるし。


「鈴、聞いて。これは世界的な陰謀に対抗するために、仕方のないことなんだよ」


「仕方のない露出ってこと?」


「仕方のない変身!」


 言い訳するみたいに訂正すると、鈴はウンウンと頷いて。


「うん、このリズム感はこころな気がする」


 そんなフワッとした理由で、僕を僕だと認識してくれた。いい加減だけど、そのいい加減さが鈴が鈴たる所以でもある。正直、助かる。


「ところでこころ」


「何?」


「これは?」


 鈴が指を指して尋ねたのは、今まで視界の端からも除外していたエロ犬。ずっとチンチンの格好で固まっていて、早く気がつけと視線を送ってきている。


「……野良犬、保健所に連絡して連れて行ってもらおう」


「酷いパコ!?」


「喋ってるけど?」


 純粋な問いかけ、関係あるのかと尋ねてもいる。不思議なこと同士をイコールして、関連性を見出したのだろう。それに、僕は首を振った。


「最近の犬は喋るし、ちんちんするし、二足歩行なんだ。保健所に連絡しよう?」


「ぱ、パコを保健のお姉さんと交わらせるつもりパコか?」


「お前を殺すんだよ」


「女の子にするつもりパコか!?」


「股間限定の話じゃないから」


「股間のついでに命まで取ろうなんて、人間じゃないパコ!!」


 人間じゃない奴に人でなし呼ばわりされながら、僕は保健所に電話を掛けた。電話口に出たお姉さんに、早速伝える。


「近場の公園で二足歩行のキモい人語を話す犬がいるんですけど、引き取ってもらえませんか?」


『イタズラ電話はしないでください!』


 ガチャンとワン切り、爆速の早技だった。残念ながらこのエロ犬は物怪の類なのか、全く取り合ってもらえる余地すらなかった。


「残念なことに、お前の命日は今日じゃないらしいよ」


「聖キガクルーウからおち◯ちんランドを救いにきたパコに、なんて扱いを! この世界の人間は、話しかけると直ぐ逃げたり通報したりするパコ。礼儀を弁えているのなら、今すぐに開チンか開マンして満腔の感謝を述べて然るべきパコに!」


「そういうところだよ」


 喋っている内容の、二割も理解できない。二割わかるだけでも、本当に最低だし最悪すぎるけど。


「それで、これは関係あるの?」


「関係なかったことにしたい……」


 もし時間が巻き戻るなら、遠回りしながら帰るのに。今からでも、素知らぬ振りをしたかった。そうしたら、欲情怪電波で色々と終わってしまうけど。


「お初にお目に掛かるパコ。パコはパコリイヌ、オチ◯チン=オマ◯マン二重帝国の騎乗院議員を務める38歳男性パコ」


 これの自己紹介を聞くのは二度目だけど、何度聞いても意味がわからない。せめて、ここでは日本語を喋ってほしい。けど、意外なことに鈴は感心している風で。


「凄い、ハメドリくんのパチモノ」


 言われてみれば、確かに大人気YouTuberのハメドリくんに言動とキモさが似ていた。もっと言えば二番煎じみたいな輩だ、害獣な点も一致してるし。いっそのこと、パクリイヌに改名しても良いと思う。


「パコの様なナイスガイが、既にこの世界にいるパコか!?」


「どっちも特定外来生物だけどね」


 鈴は無表情なくせに目を輝かせて、キモいキモいと言いながらエロ犬をペタペタ触っていた。時折聞こえてくる、んほぉというエロ犬の声があまりにもノイズ過ぎる。くたばれば良いのに。


「ふぅ、心地よい手淫だったパコ。オチ◯チン=オマ◯マン二重帝国に来てくれたら、一級愛撫絶頂師の資格だって取れると思うパコよ」


「いらない」


「イックー愛撫絶頂師の方が良かったパコか?」


「いらない」


「国家資格パコよ?」


「いらない」


「残念パコ」


 終わってる会話をしつつ、鈴はエロ犬を抱き上げていた。今の終わっている会話で、何か共感性が一ミリでもあったんだろうか? もしそうなら、今すぐに病院に連れて行ってあげないといけない。鈴まで謎の言語で話し始めたら、頭がおかしくなるだろうし。


「鈴?」


「こころ、私の家に行こう。ずっとここで話してるより、多分恥ずかしくない」


「それは?」


「持って帰る」


 不思議なことに、鈴は素面でエロ犬を持って帰ろうとしていた。


「なんで?」


「キモかわいい」


「そ、そっか」


 鈴の感性は、もしかしたら何かおかしいのかもしれない。でも、ちょっと変じゃないと僕のことも分からなかっただろうし、何か複雑な気持ちだ。


「行こ、こころ」


「うん……ありがとう、鈴」


「急に何?」


「信じてくれて、助けてくれてのが凄い嬉しかったから」


 持ってきてくれたジャージを着込んで、鈴の横に並ぶ。ちょっと懐かしい感覚、昔は大体一緒に下校してたっけ。思えば、こうして一緒に帰るのも久しぶりな気がする。


 家だって近いのに、最近そうしてなかったのは、鈴と一緒にいると揶揄われることが増えたから。お前ら付き合ってるんだって言われるの、結構鬱陶しくて。自然と、適切な距離を探してベッタリじゃなくなっていた。


 でも、今の僕は女の子で、なんの気負いもなく隣を歩ける。その気楽さが、今だけは悪くないかなって思えた。鈴もそう思ってくれてたら、ちょっと嬉しい。


「こころ、笑ってる?」


「ちょっとね」


「そっか」


 こんな状況の中だけど、少し安心できた。それから、これから大変だけど、なんとかしなくちゃって気持ちも少しだけ湧いてくる。少なくとも、僕の当たり前の日常くらいは守りたい。


「鈴、ありがとう」


 だから、もう一回お礼を言って。


「? 変なの」


 キョトンとしてる鈴のためにも、頑張ろうって思えた。


 疎遠だった幼馴染と、よく分からない間に出来ていた空白が埋まったひと時。この瞬間が、僕が本当の意味で魔法少女になった時なのかもしれなかった。




「ところでね、こころ。男の子には戻れないの?」


「残念なことに……」


「ずっとこのまま?」


「それは困る」


「うん、困るね」


「でも、条件がね……」


「どうすれば良いの?」


「……好きな人を作る必要があるんだって」


「え?」


「好きな人がいないと、元に戻れないらしいんだ」


「キス、とか?」


「まぁ……似た様なものかもね」


「ロマンチックな魔法」


「僕、魔法少女にされてるけど?」


「それもロマン」


「嫌なロマン」


「でも、なんで魔法少女に?」


「わ、悪い奴らと戦う必要があるから」


「どんな人たち?」


「えっと……」


「NTR推進委員会だパコ」


「え?」


「世界中の人々の好きという感情を性欲に痴漢して、誰かれ構わずパコパコする魔法を使おうとする奴らだパコ」


「……へんたい」


「そういう訳で、魔法少女として頑張らないといけないんだ」


「色々と間違ってるパコからね、何としても阻止してもらわないとパコ」


「こころ、頑張って。絶対に負けないで」


「うん、頑張るよ」


 久しぶりに、無表情以外の鈴の顔を見た。驚いた様な、困った様な、そんな顔。……もしかして、好きな人とかいたりするのかな?

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