第3話 錬成の魔女
「『シャルル・ジャンクウッド』の名の下に、実の女の子を助けさせてもらいますよっ!!」
赤髪の青年は、黒い外套をたなびかせて堂々と宣言した。
革製の手袋をはめた両の拳を合わせ、抵抗の意思を示す。
背後に
「前代未聞である! 魔女は人類にとっての脅威であり、殲滅しなければならない敵! そんな害悪の存在を庇う貴様らも人類の敵である! 『女神様の加護』によって、貴様らを断罪する!」
ジャンボ神父は怒り心頭だ。
人類の敵である魔女の処刑、職務の遂行を妨害されたのだから当然といえよう。
彼は懐から、無色透明な液体が入った手のひらサイズの小瓶を取り出す。
コルクを乱暴に外すと、中身を空中に散布した。
すると、液体は空中で球体の形状を成し、神父の周囲を旋回し始めた。
また、水球のサイズは徐々に肥大化し、人の頭二つ分くらいにまで膨張した。
物理法則を無視した挙動に、シャルルは思わず目を丸くした。
「おいおい、何で水が宙に浮いてんスか?!」
「これただの水ではない。女神様の加護を受けた『聖なる水』である。手品のような小細工ではない、正真正銘の『奇跡』である!」
奇怪な光景に目を奪われていたシャルルだが、ふと、背後の少女が怯えていることに気づく。
身体を小刻みに振るわせ、『師匠』と呼ばれた幼女の赤頭巾をギュッと握りしめている。
恐怖していた、空飛ぶ水を。
「あの水について何を知っている? 話せ」
「……神父様の水は……触ると、まるで炎に触れたように焼け爛れるんです……」
「然り! 『聖なる水』は魔女の身体を浄化する! 焼け爛れるのは、その身が魔女に堕ちた証明である! 魔女を助ける貴様らも、聖なる力で浄化されるがいい!!」
ジャンボ神父が腕を振り下ろすと、呼応して水球が、猛スピードでシャルルに飛来する。
触れれば肉を焼き焦がす聖水、だがシャルルの笑顔は尽きなかった。
「加減できない」と前置きし、右手のグローブを引き剥がす。
バリッと渇いた音と共に露わになった右手は、漆黒で、白い霞がかかっていた。
飛来した聖水に触れた瞬間、パキリと軽い音が響き、凍てついた氷となってボトリと地面に落下した。
「…………は? なにが、起こったのだ?」
ジャンボ神父は言葉を失った。
眼前で聖水が、一瞬のうちに凍りついた。
大罪人を焼き焦がす液体が、あっという間に無力化された。
何故?
理由は一つしかあり得ない。
「貴様……貴様も魔女の一派だったということか! おぞましい魔法を使ったのだな!!」
「う〜ん、少し惜しいッスねぇ。俺の『右手』は師匠の特別製なんスよ。触れたものを一瞬で凍らせる、魔法みたいな『秘密道具』ッス」
白煙が立ち上る右手を開閉する。
指の関節部が動くたびに、ギシギシと鋼の擦れる音がする。
ガントレットの類だろうか、ならばグローブの上から装着するハズだ。
残された可能性は一つ。
「ワケあって右手を失いましてね。この腕は、無くした腕の代わりに、師匠が作ってくれた『義肢』なんスよ」
駆動音と共に、右手の指で器用にウェーブを表現する。
ジャンボ神父も知識として義手や義足は知っていた。
しかし彼の知るそれらは、木で鉄で作られた、悪く言えばつっかえ棒程度の役割しか持てない装飾品だ。
だがシャルルの義手は、腕の造形から指先に至るまで精巧に造られており、精密な動作まで可能な代物だ。
ましてや、触れた物を瞬間冷却する技術など、オーバーテクノロジーも甚だしい。
「ありえん、ありえんぞ! そんな超技術……それこそ、魔法でも使わん限り……」
「分かんねぇジジィだなぁ! シャルルが言ってんだろう? 『師匠』が作ってくれたってな」
赤頭巾の幼女が苛立ちを露わに唸る。
咥えていた飴をボリボリと噛み砕き、棒部分を吐き出す。
頭巾を脱ぎ、金髪をたなびかせながら、保護していた少女の隣に立つ。
凛々しい表情はまるで、この地に舞い降りた女神のようだった。
「一つしか可能性がねぇなら、それが真実だ。魔法でしか生み出せないなら、それが魔法で生み出されたってことだ」
「魔法で生み出すだと……そんなことが出来るのは、あの『魔女』しかいない。しかし、見た目が手配書と違いすぎる……子供の姿ではないか!」
神父は答えに辿り着いたようだ。
しかし、認めたくないという思いが、彼の思考を邪魔しているのだろう。
幼女は告げる、自身の名を、冠する名を。
「『メイジー・ロックハート』。アタシが本当の【錬成の魔女】だ。断じて、こっちの田舎娘の方じゃねぇ。網膜に焼き付けとけ、節穴ヤロウ!」
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