第2話 処刑

 山麓の小さな村を、白い朝日が照らし出していく。

 早朝にも関わらず、村の中心の広場には、ほぼ全ての村人が集まっていた。

 老人や子供が多く、決して人口の多くない小さな村だ。

 村人たちは、広場に聳え立つ『台』を中心に、円を描くように集っている。

 その群衆をかき分けるように、漆黒の衣を纏った二人の屈強な男たちと、ボロ切れのような服を纏った少女が、ゆっくりと歩いていく。

 身だしなみを整えた男たちとは異なり、少女の全身は、血と泥で塗れていた。

 至る所にアザが生じており、麻縄で縛られた両手を引かれて歩く。

 小麦のようなブロンドヘアの隙間から周囲の様子を伺いつつ、少女は弱々しくも思う。



 ……どうして、こうなってしまったのだろうか……



 少女は、産まれてからの15年、罪に手を染めることなく、品行方正に暮らしてきた。

 数日前まで、祖父の経営する食事処で、評判の看板娘だったハズだった。

 無益な殺生は勿論のこと、盗みも詐欺も、淫行の類いと無関係だった。

 毎日の祈りも欠かさなかった、敬虔な信徒だったと自負している。


 ならば、どうして彼女は、両手を荒縄で縛られているのだろう。

 どうして彼女は、非道な拷問や辱めを受けねばならなかったのだろう。

 どうして彼女は、衆人環視の中、『邢台』に向かって歩かされねばならないのだろう。

 どうして彼女は、『火刑』という残虐な処罰を受けねばならないのだろう。

 どうして、『魔女』として、処刑されねばならないのだろう。

 どうして──。


 そんな思いが、グルグルと頭の中で渦を巻く。

 けれど、無駄なのだ。

『魔女』として告発された時点で、少女の未来は決してしまったのだ。

 赦されるのは、『自分は魔女である』という自認のみ、否定すれは自白をするまで拷問される。

 しかし、認めたとしても、待つのは『処刑台』だ。

 即ち、彼女は『死ぬ』ことしか出来ないのだ。

 ただ単に、それが『火刑』か、拷問の末の『衰弱死』か程度の違いしかないのだ。

 少女の命を握るのは、村で唯一の神父だ。

 頭部が薄く、肥満体型の中年の男、とても聖職者とは思えない。

 足元に藁が積まれた棒状の処刑台に少女が拘束されたことを確認すると、男は村人全員に告げた。


「ジャンボ神父である! 酒場の看板娘の『アンジュ・カタリーナ』は、自らが村に災いをもたらす『魔女』であることを告白した!」


 周囲からは小さな悲鳴や、神へ祈りを捧げる声が聞こえる。

 そんな中、ジャンボ神父は少女の赤毛を掴んで叫ぶ。


「如何なる理由があれど、魔女に慈悲を与えてはならない! 全ての魔女は、この世から根絶せねばならない! さもなくば、再び人類が滅亡の危機に瀕するからだ!」


 唾が飛ぶほどの至近距離で叫ばれ、少女は酷く怯えてしまう。

 否、もう彼女の中では、神父は恐怖の対象でしかないのだろう。

 神父が従者に合図を送ると、炎が上がる松明が用意された。

 神父は松明を片手に、再度少女に詰問する。


「さぁ、その穢れた口で紡ぐのだ! 世に混沌をもたらした魔女は『7人』! 貴様の冠する名は何だ! 貴様は何の魔女なのだ?!」


 これは儀式の一環であり、自白を促す誘導でもある。

 少女は濡れ衣を着せられただけの一般人だ。

 こんなことを聞かれても、答えられる名など無い。

 だけど、この苦痛から解放されるならば、嘘でも魔女と名乗った方がマシだ。

 だから少女は口にした。

 記憶の中に唯一あった魔女の名を。

 偶然、手配書で見かけただけの、魔女の名を。


「……『錬成』……『錬成の魔女』…………それが、私の……」

「諸君! しかと聞いたな?! この女が『魔女』である揺るがぬ証拠が示された!」


 興奮気味に神父は叫ぶ。

 同時に、パニックが村人の間を伝播して広がる。

 こうなってしまっては、もう収まらない。

 処刑は、満場一致で遂行される。


「我らが女神よ、これより一つの魂を御身の元へ還します。罪深き魔女に裁きを与え給え。今を生きる我らに、幸福と繁栄を与えたまえ。ジャンボ神父の名の下に、『錬成の魔女』の処刑を執行する!」


 処刑台に松明が放り投げられる。

 藁に火が移り、次第に勢いを増していく。

 少女の足元から、次第に熱気が昇り始める。

 死ねばラクになれると考えていた少女だったが、それがリアルに、目前に迫った途端、思考は反転した。

 拘束された身体を揺すって脱出を試みる。

 煙に咽せながら、迫り来る炎から逃れようとする。

 やっぱり、まだ死にたくない──無実の罪で死にたくない。


「……死にたくない……死にたくない! 助けて! タスケテ……神さまっ!!!」


 瞬間、邢台の足元の藁が勢いよく爆ぜた。

 轟音と共に、少女が括られた処刑台が破壊された。

 炎が飛散し、広場全体へと広がる。

 村人たちは炎から逃げ、神父たちは何が起こったのか、事態の把握に努めようとしている。

 誰かが、刑の執行を阻止しようとしたのだ。

 誰が?

 答えはすぐに判明した。


 邢台から少女を解放しようと動く、二つの人影があった。

 1人は煤けたような、黒く擦り切れたの外套を纏った青年だ。

 太陽のような赤毛の中に、白のメッシュの前髪が目を引く。

 やや強気そうな笑顔が、少女に安心感を抱かせた。

 もう1人は10歳にも満たないであろう幼女だった。

 絹のように美しい黄金の髪が、血のように真っ赤な頭布の端から覗かせている。

 口元には、棒付きの飴と思しきものを咥えていた。

 まるで人形のような美しさの、現実離れをした容姿だった。

 青年は、少女の縄を解くと、炎から離れた場所に寝かせる。

 すると今度は、幼女の小さい手が、ペタペタと少女の顔を弄った。

 まるで何かを鑑定するように、大きな瑠璃色の瞳で、少女の全身を見渡していく。

 やがて幼女は飴を口から出すと、小さく舌打ちをした。


「……この怯え切ったガキが、『錬成の魔女』様だとさ? おい、『シャルル』! お前にもコイツが『魔女』に見えるか?」

「う〜ん、『師匠』みたいに綺麗な髪はしてますけど、ちょっとばかし『魔力』が強いだけの一般人ッスね」

「クソが……『魔女』との区別もつかねぇんなら、神父を名乗るんじゃあねぇよ三下風情が」


 悪態を吐く幼女の姿に、助け出された少女は面食らってしまう。

 可愛らしい人形のような小さい口から、神父や村人への罵詈雑言が飛び出していく。

 それを、『シャルル』と呼ばれた青年が宥めていった。


「きっ、貴様ら! 処刑の邪魔立てをするなど言語道断! 『魔女』を庇うことは死罪と同罪と知っての狼藉か?!」

「お前がココを仕切ってたのか、クソ神父。幼気な無実の女の子を助けることの、何が罪なのか言ってみろよ?」

「その女は自白したのだ! 自分自身が『魔女』であると!」

「それは拷問で無理矢理言わせただけだろうが。テメェの方がよっぽど罪深いな」

「私は正式に、『魔女を処刑する権限』を持った審問官ですぞ! 私の決定に異議を申し立てる輩は、即刻『死罪』!!!」


 神父は顔を真っ赤に沸騰させながら怒りを爆発させる。

 それとは対照的に、幼女も静かな怒りを沸々と煮えたぎらせているようだ。

 飴を咥え直すと青年に合図を送る。


「シャルル、あの勘違い野郎に身の程を解らせてこい」

「師匠、本当にいいんスか? 多分、手加減とか出来ないッスけど?」

「アイツの口振り的に、恐らく『黒』だ。テキトーにやってこい」

「よっしゃあああっ! 久々に本気で暴れられるぜぇ!!」


 青年はグローブを嵌めた両手を擦り合わせ、喜びを露わにする。

 歪な二人組の来訪者に助け出された少女は、既に不思議な『確信』を得ていた。

『この二人が、自分を守ってくれる』という、無責任な確信を。


「我らが女神よ、これより三つの魂を御身の元へ還します。ジャンボ神父の名の下に、魔女と、それ幇助する二人の大罪人の処刑を執行する!」

「名乗り口上? カッコいいねぇ〜! じゃあ俺、『シャルル・ジャンクウッド』の名の下に、無実の女の子を助けさせてもらいますよっ!!」

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