第1話 奇妙な二人組

「おい、聞いたか? 狩人のグランが森でバケモノに襲われたらしいぞ?」

「またかよ……今月でもう3件目だぞ?」

「きっとコレも『魔女』の仕業に違いない……嗚呼、女神様、どうかこの村をお守りくださいぃ……」


 山中に位置する小さな村にある、たった一軒の食事処の一角で、そんな会話がなされていた。

 数人の村人が安酒を片手に、互いに不安を吐露しているようだ。

 頬は紅潮していたので、きっと不安を紛らわせるために飲んでいたのだろう。

 すると、少し離れたカウンターで食事をしていた青年が、何かを納得したように頷いた。


「なるほどなぁ〜。狩人がいるから、こんな山奥の辺鄙な村の居酒屋にも肉が用意されてるんだな」

「ただし、クマやシカみたいな、ケモノ臭い肉ばかりだ。よくこんな飯が食えるな」

「そうッスかぁ〜? アクセントがあって美味いと思うけどなぁ〜?」


 青年が夢中で肉を頬張っていると、隣に座っていた人物からそんな指摘が入る。

 気にせず食事を続けていると、カウンターの対面に、厳つい顔の老人がやって来る。

 筋肉質な巨躯にエプロンを纏っているので、恐らく店主であろう。


「ケモノ臭い料理で悪かったな、クソガキ。ケチつけるなら金払って出てってくれ」

「もしかして、店主さん? 俺の連れがスンマセンね。『彼女』、偏食家なもので、テキトーに聞き流してください。あ、このクマ肉のステーキおかわりで!」

「お前さんたち……見ない顔だが、何者だ?」

「見て分からないッスか? ただの二人組の旅人なんスけど……」

「ここは、一番近い街から3日はかかる、山間の辺鄙な村だ。観光するようなブツもない。そんな秘境に旅人が……ましてやこんな『子供』を連れて来るヤツはいないんだよ」


 老店主はカウンターにちょこんと座る、10歳にも満たない『幼女』を指差した。

 鮮やかな赤い頭布を被り、そこから黄金のように煌びやかな金髪がのぞいている。

 瞳はサファイアのように紺碧で、柔肌は白磁気のような美しさだ。

 まるで、上品な人形が動いているかのような女の子という表現がピッタリだ。

 対称的に青年は、ボロボロに擦り切れた、黒の外套を纏っている。

 歳は10代後半、身長はやや高く、老店主ほどではないが、鍛えている様子が窺える。

 最も目を引くのは、太陽のような赤毛と、一房だけある雪のような白い前髪だ。

 やや奇妙な髪色だが、笑顔を絶やさない、そんな形容し難い不安感を抱かせる青年だ。


 客観的に見ると、草臥れた青年と美しい幼女という異色の組み合わせだ。

 不審という言葉が衣服を纏ったようなコンビ、容姿は似ても似つかないので兄妹ではないだろう。

 誰が見たとて、訝しみたくもなろう。


「コレはッスねぇ、話せば長〜くなる事情がありましてぇ……」

「そんな昔話してるヒマはねぇ。店主、私たちは『人探し』をしてんだ。聞きてぇことかある、答えてもらうぞ?」

「じょ、嬢ちゃん……?」


 幼女は麗しい見た目に反した荒々しい口調で言った。

 幼女が厳つい老人を、低い視線から睨み上げている。

 滑稽な様子だが、幼女の鋭い眼力が、殺伐とした雰囲気を醸し出していた。

 困惑気味の店主に、店の壁に貼られた手配書を指差して問う。


「アソコに7枚の手配書が貼ってるだろ? アレ、全部『魔女』の手配書だよな?」

「まさかお嬢ちゃんたち……魔女を探してるんじゃあねぇだろうな?」

「その『まさか』だったらどうすんだ? 教会の審問官様にでもチクるか?」


 幼女と老人が、互いに額がぶつかりそうな近距離で睨み合っている。

 周囲は喧騒に包まれる中、3人の間だけは沈黙が降りていた。

 しばらくして、老人の方が折れたようで、深いため息を吐き出して教えてくれた。


「……この村じゃあな、もう何人もの人間が、『魔女』の疑いをかけられて処刑されているんだよ。今年に入って、もう5人だ。7人の手配書に対して、5人も死んでるんだ」

「この村の審問官様は、随分と仕事熱心ッスねぇ……」

「……明朝、また一人の『魔女』が公開処刑される…………ワシの孫娘が、『魔女』と自白したばかりに……」

「アンタのお孫さんが『魔女』だと?」


 老人の声は次第に弱々しくなっていき、ついには顔を覆って崩れ落ちてしまった。

 愛する肉親が処刑されると聞いて、冷静でいられる者の方が異常だろう。

 恐ろしい時代だ、誰かに『魔女』であると密告されれば、教会から派遣された審問官に捕えられてしまうのだから。

 取調べと称した拷問にかけられ、『魔女』であることを認めるまで苦痛を与えられる。

 万が一にも『魔女』であると自白すれば、待っているのは『処刑』だ。

 現在、国の至る所で『魔女』を殲滅すべく『魔女狩り』が行われている。

 被害者は増加の一途を辿り、にも関わらず『7人の魔女』の手配書は消えない。

 国全体が、ある種のパニック状態に陥っていると言えるだろう。

 この村での被害者が、偶然にも老店主の孫娘だったことは同情するところだ。

 しかしながら、随分と残酷な話だが、旅人たちににとっては都合が良い話だった。

 青年と幼女は互いに顔を合わせると、怪しくニヤリと笑った。


「公開処刑なら様子見がてら、孫娘とやらが『何の魔女』か見定めるとするか」

「短期間にこれだけ殺してるってことは、この村の審問官は、俺たちが探してる『アイツ』かもしれないッスね」

「だとしたら一石二鳥だ。今晩中に『メンテナンス』を済ませておくぞ、『シャルル』」

「了解ッスよ、『師匠』」

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