湿った空気が吹いてきて、潮の匂いが一層強くなった。地面に黒い点が現れて、あっという間に広がっていった。

 根津は倉庫から張り出た屋根の下に逃げ込んだ。遠くの方に房緑組の武器庫に集まった警察が見える。

 ヒールをカポカポと鳴らす音が近づいてきた。振り返ると住井が慌てて駆け込んでくるところだった。彼女は屋根の下にたどり着くと根津の隣で服についた雨粒を振り払いはじめた。


「雨になっちゃったわね」


 そうつぶやく住井は、根津が横目でもわかるほど肩を落としていた。


「爆弾が外れたんだ、もっと喜べよ」

「でも、タイムリミットを過ぎても日を拝もうと言ってたじゃない」

「あれはなんだ――」


 予想外の理由を答えた住井に戸惑い、根津はうまく口が回らなかった。


「――言葉のあやだ。生きていようって言いたかったんだよ」

「アーティスティックね」

「住井こそそんなことに拘るとは思わなかったよ」

「仕事の後はスカッと晴れてほしいものよ」


 住井は雨に引っ張られたのかしみじみと言った。おいおい、根津がその静けさを破ってわざとらしく明朗な声を出した。


「まだ仕事は終わっちゃいないぜ」


 そして彼は金岡から摺った財布を出して、カード入れから歯医者の診察券を抜き、住井に渡した。診察券には歯の形をした付箋が貼ってあり、きれいな字で2日後の日付が記されていた。やるじゃない、と住井はそれを見ながら根津を肘で小突いた。

「クラーケンの慟哭、すっかり忘れてたわ」


 目を輝かせた住井だったが、すぐに顔を曇らせた。でも、と彼女はためらいがちに口を開いた。


「――顔を覚えられてないかしら?」

「その時はその時だ」

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