倉庫から少し離れたところにベージュのマーチを止めていた。住井はマーチに向かって歩きながら腕時計を確かめた。

 秒針が12を通り過ぎる。長針がびくりと震えて2を指した。その瞬間にマーチが揺れ始めた。

 住井がマーチの中を覗くと、手足を縛られた古節が暴れていた。髪は乱れ、ビシッと決めていたスーツはよれよれになっている。この短い間にどれほど暴れたのだろうか、と住井は驚いた。

 2回目のノックでようやく古節が住井に気づいた。彼女は窓を開けるようにジェスチャーすると、後ろ手で器用にボタンを押して窓を下げた。その瞬間にガムテープでふさがれた口を動かして必死に何かを訴えていた。


「騒がないでよね」


 住井は男にそう釘を刺してからガムテープをはがした。


「お前、爆弾がどうなっても……」


 古節は住井の注意を無視して騒ぎ始めた。し、と歯の隙間から息を出しながら、住井は口の前に人差し指を立てた。


「聞こえる?」


 口をつぐんだ古節に住井がささやく。古節は耳を澄ましているのか眉根を寄せてしばらく動かなかった。だがすぐに目が泳ぎ始めた。遠くから聞こえてくるサイレンの音に気づいたようだった。そう確信して住井は悪戯な笑みを浮かべた。


「武器庫に警察が踏み込んだわ。遅かれ早かれ房緑組は弱体化するでしょうね。あなたに選ばせてあげるわ。マーチに閉じ込められながらも決死の覚悟で暴力団の武器庫を探し当てた潜入捜査官になるか、斜陽の組の若頭になるか」

「それはもちろん……」


 即座に開いた古節の口の前に人差し指を立てて、住井は再び彼を黙らせた。


「前者を選べばあなたは英雄になれるわ。でも注目を浴びちゃって、もう悪いことはできないでしょうね。まあ、警察が来るまで気長に考えなさい。」


 彼女は窓から倉庫の鍵と古節の携帯を投げ入れた。


「あとこれ、ちょっと借りたの。ありがとう」

 

 古節からの返事はなかった。ふてくされて、鍵や携帯も拾う気がなさそうだった。彼女も元から期待していない。

 歩き出した彼女は振り返らずにマーチに手を振った。

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