「出入口は1つだけ。窓すらもないわ」


 22時すぎ、武器庫に使われている倉庫を一周した住井が報告した。


「なら増援が来ても、入口を固めただけで満足するだろうな」


 ニタリと笑いながら根津は工具箱を持ち上げた。

 倉庫の鍵を開けて中に入ると、長年の静寂が積もった匂いが根津の鼻を突いた。倉庫の場所は、木根が集合場所として聞き出していた。鍵は気を失っている古節から拝借した。

 倉庫一杯に並べられた棚を、根津と住井は物珍しそうに眺めている。中には拳銃以上に物騒なものも並んでいた。


「開けるなら火薬が少ない所がいいな」


 根津は思わずつぶやいた。火の気がなくても、爆発物には極力近寄りたくはなかった。


「それならこの辺が良いんじゃないかな」


 先に奥に行っていた木根が手招きした。入口から遠い壁際の棚で、「防刃ベスト」とマーカーで手書きされた段ボールなどが積んである。


「ここなら自然に逃げ込めるな」


 根津が入口からの動線を確認して言う。ここにしようか、と彼が頷き、住井が小走りで倉庫の外に出ていった。

 その間に一番下の段にあった「防弾チョッキ」と印字されたテプラが貼ってある衣装ケースを外に出した。金属製の壁が棚の奥から姿を現す。根津が耳を澄ましていると、しばらくしてヒールの音が壁の外から聞こえてきた。根津は壁を拳で叩いた。示し合わせたようにヒールの音がペースを上げて近づいて来る。根津は再び壁を叩いた。

 ガンガンガン、と3回叩き返される。肯定の意味だった。逃げ道として申し分ないという事だろう。


「ドリルを出してくれ」


 根津はそばにいた木根からドリルを受け取ると早速壁に抜け穴を作る作業を始めた。

 

 住井が壁を叩くとすぐに四角い隙間が壁に出来た。四角い部分が倒れ、人が通れるくらいの穴ができる。潮の匂いが流れて来る。その先はもう外だった。

 人が一人どうにか通れる隙間をくぐり、3人は倉庫を脱出した。木根がすぐに携帯を取り出して電話をかけだす。これも計画の内だった。

 月が浮かんでいた。波が月の光を静かに運んでいる。時折岸壁に打ち付けられて気怠そうな音を立てる。そんな雄大な海の前では、倉庫の裏から聞こえてくる、いないぞ、という声や怒号が些末なものに思えてくる。

 どこからかパトカーの音が聞こえてきた。倉庫の裏から慌てたような声が聞こえてきて、しばらくすると何台もの車が急発進するタイヤの軋みが夜の波止場に響いた。


「警察には通報しておいた」


電話を掛け終えた木根が、住井に携帯を渡した。彼女はその携帯を受け取るとその場を離れていった。


「仕事は済んだか?」


 根津が尋ねると、木根は満足げな笑みを浮かべて頷いた。


「ああ、これで房緑組は映画どころじゃなくなるだろう。それじゃあ、俺はそろそろ」


今までの騒ぎがなかったかのように、さらりと木根が言った。


「こんな時間まですまなかった。明日も仕事か?」

「言っただろ、マフィア役の依頼が来てるんだ。明日はその映画の打ち合わせ」

「それを断るためにこんなことをしたんじゃないのか」

「断りたかったのは房緑組からのゴリ押しだ。その映画は俺の意思で出るよ。どうせいつ人気がなくなるかわからないんだ。人気があるうちに出られる映画は出ておこうと思うんだ」

「別の組に弱みを握られでもしたのか」

「演じることの面白味を思い出したんだ。だから君たちには感謝してるよ」


 じゃあ、と木根は片手を挙げて歩き出した。その後ろ姿は根津が今日見てきた中で一番軽快に見えた。

 木根は不意に立ち止まり、振り返った。


「君たちの演技もよかったよ。今度エキストラにでも来てくれ。飯くらいはご馳走するからさ」


 考えておくよ、と根津は返した時にはもう木根は歩き始めていて、聞いているのかはわからなかった。

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