ジェルで髪を固めた方が住井に殴りかかる。ジェルの着ている背広がめくれ上がり、その下に携えていた短刀を根津は確かめた。住井はジェルの拳を颯爽とかわす。だがジェルはもう片方の拳をすぐに彼女に振り下ろす。

 住井は屈みこんでジェルの拳をかわした。腕と胴の隙間に入り込んだ彼女は、ジェルの鳩尾をめがけて左足を蹴り上げた。蹴りはきれいにジェルの胴に入り、彼は力なく2、3歩退いた。

 その隙に、その短刀を根津は攫う。根津はすぐにその短刀を袖の内側に隠した。

 慣れないヒールで片足だけ地面についてた状態の住井も体勢を崩してよろけた。ジェルは朦朧とする意識の中で、それを見逃さなかった。反射的にその瞬間をとらえて住井に飛びつこうとする。だがその身体は思うように前に進まなかった。

 根津が後ろからジェルのベルトを引っ張っていた。ジェルが背後の男の姿を視認した。短刀を抜かれた時の腰の違和感も頭で認識したが、ジェルは根津に掴まれた時のものと混同した。


「俺が相手だ」


 根津がジェルに高らかに宣言した。

 その首筋に寒気が走りそうなセリフを聞きながら、住井は木根の所へ向かった。木根はもう1人の、相撲取りのような体格の部下と揉み合いになっている。というより相撲取だと住井は思っていた。髪型が教科書でみた散切り頭なのだ。

 2人とも住井には気付いていない。住井は落ちていたトカレフを拾い上げ、力士の後頭部に振り下ろした。鈍い音がして、力士がうなだれる。手の力が抜けてその隙に木根が力士から逃れた。力士は呻き声を上げているが、なかなか倒れなかった。

 木根は住井に腕を掴まれて根津の方へ連れていかれた。力士の後ろを通り過ぎるとき、彼は力士の膝の裏に蹴りを入れた。

 住井は後ろの方でドサリと何かが倒れ込む音を耳にした。

 高らかな宣言とは裏腹に、根津がジェル相手に出来ることは避けることくらいだった。まっすぐ飛び込んできたジェルの拳を、間一髪かわす。耳の傍を拳が通り抜けた時、風を切る音がはっきりと聞こえてきた。根津はぞっとしながら次の拳をまたかわした。

 根津の背中に冷たい感触が当たった。どうやら棚まで追い込まれたらしい。

ジェルもそれを承知して、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。そのままジェルは自分の腰に手を伸ばした。すぐに戸惑ったようにジェルの眉根が寄せられる。


「これか」


 根津は袖に隠していた短刀の先端だけ取り出して見せた。予想外のものが視界に飛び込んできた時、人は思わず静止してしまう。いつの間にか盗まれていた短刀を見せられたジェルも例に漏れなかった。驚くには頭が目の前の光景を理解するのを待つ必要がある。根津は驚きの表情を浮かべる前のジェルの喉元に、短刀の柄を叩きつけた。

 どこからともなく腕が延びてきて、ジェルの腕を掴んだ。そしてジェルの身体がふわりと持ち上がる。ジェルの身体は叩きつけられ、棚と一緒に床に倒れ込んだ。

 根津が入口の方を振り返る。だが金岡がいたはずの場所には誰もいなかった。


「金岡さん、逃げるのは構わないが、つけっぱなしの時限爆弾をここに残していたらマズいんじゃないか?」


 根津はどこにでもなく叫んだ。それに呼応するように、唐突に首元が軽くなった。ガシャリ、と硬いものが落ちる音が2つ重なって倉庫に響いた。根津と住井の足元には、白い環状の爆弾が一か所口を開けて落ちていた。

 2日にわたり2人の命を金岡の手元に縛り付けていた首輪がようやく外された。

 住井が歓声を上げかけたそのとき、2人の間を何かがすり抜けた。

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