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根津に避ける時間は与えられていなかった。チワワの密集した鋭い牙が根津の首元を挟む。生ぬるく粘り気のある液体が彼の襟を濡らした。
一気に血を失い倒れることを予見して、根津は手を振り回して支えを探した。だがチワワの毛深い肉体に視界を塞がれてうまく探すことはできない。その間にも生ぬるい液体は襟から胸のあたりまで伝っていく。
しかし彼が思っていたような卒倒は一向にやってこなかった。ガリガリと硬質な振動に気づいた。ゆっくりと下を見る。牙は爆弾に阻まれて、首の皮膚にすら届いていなかった。
爆弾のおかげで命拾いしたらしい。根津は自身の皮肉な状況に思わず笑みをこぼす。
そのとき、首にかけていたカーディガンが床に落ちた。彼の首に巻かれている爆弾が露わになる。
最初に気づいたのは金岡の部下の1人だった。来るときに助手席に座っていた男で、部下の中では一番年上のようであった。あ、と驚きの声を上げて反射的に退いた。棚に身体が当たり大きな物音が響く。
その音に気づいた金岡が顔を上げ、そのまま腰を抜かしかけた。
「お前、あの時の……」
どうにか金岡は立ち上がり、手にしていたトカレフを構える。もちろん、その銃口は根津に向いていた。ププは危険を察したのか、根津の首から離れてどこかへ走っていった。
住井は腕時計を一瞥し、ため息をついた。まるで待ち合わせ時間に遅れた友人を待っているかのような振る舞いだった。
「早いわよ」
その様子を見て、金岡は何か気づいたように目を見開いた。そして素早く銃口を住井の方に向け変えた。
「まさかお前も……」
「ご名答」
住井は悪戯っぽく笑いながらスカーフを取り去った。爆弾が2つ金岡の目にするところとなった。金岡は混乱して根津と住井に交互に銃口を向けている。
隣にいた木根がその腕にそっと手を添えた。白黒させていた金岡の瞳が、恐れの色を浮かべてじっと木根を見た。その視線にゆっくりとした頷きで応じて、木根が口を開いた。
「おっと、発砲はやめておけ。ここをどこだと心得ているんだ?」
ここで銃撃戦を始めて、万が一保管している火薬に火がついたらたまったものではない。それにようやく気付いたのか、金岡とその部下は拳銃から手を離した。金岡に至っては恐慌に駆られてトカレフを床に落としてしまった。不用心極まりない扱いだが、根津はしては手放してくれたので満足することにした。
「お前ら、署長はどうしたんだ?」
そう尋ねる金岡の声は上擦っていた。
「見ればわかるだろ――」
根津は一度口を閉じて、広げた両手で周囲をぐるりと描いた。
「――署長はいない」
金岡は一瞬だけ戸惑いの色を浮かべると、すぐに狡猾な笑みを浮かべた。
「ならお前らの命もあと15分という所だな」
「ここがどこなのか、もう忘れたのか?」
根津がわざとらしくため息をつく。一瞬の間を置いて、金岡の笑みが引きつった。
「こいつらを連れ出せっ」
金岡が怯えた声で部下たちに号令する。2人の部下は彼が言い終える前に根津たちに襲い掛かった。
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